また、昭和初期にメタン発酵を利用したガス灯が使われていることが判明する大きな成果がありました。
山口ケーブルテレビが、随行取材をしてくれました。
放送日が決まったら案内します。
さて、別のところで書いた文章ですが、加筆訂正のうえ掲載します。
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山田風太郎著『あと千回の晩飯』 を読んで
なんでも計算して数字にして楽しむ人がいる。
山田風太郎著『あと1000回の晩飯』(朝日文庫)は、
そんな著者による本だ。
「あと3年生きるとして」と断って、夕食の回数を1000回だとしている。
それがこの本のタイトルだ。
食べる量を計算すれば、当然、排泄する量も計算したくなるらしい。
生涯ウンチ量を計算したところがある。
引用しておこう。
「また私の人体の数量計算になるが、人間が1日に排出するウンチは平均150グラムの由。すると80年では5トン近くの排出になる。
それだけ排出して、さて何をやったというより、ひょっとしたら人間の最大の事業は一生に5トンの肥料を生産したことではあるまいか、と考えたこともあったが、いつのころからみんな水洗トイレになって、この自己満足も空しくぞ失せたりける。」 p32〜33
人間は、約5トンの肥料・資源を生産することになるそうだ。
疑問に思う人は、検算するなり、自分なりの方法で計算してみてください。
ここでは、さしあたり5トンで通したい。
それは、人間の最大の事業である。
他に何をやったかは、考慮しなくても、
言ってみれば無為無策のうちに徒食の人生を終ってしまったと言われても
排泄だけは、行うわけだから、この事業を日々実行することになる。
と、これは、糞が肥料としていかされていた時代の話。
今は、水洗トイレ・下水道で(または浄化槽で)水路へ川へ海へ
流されて行くので、この自己満足にひたることもできないよ、
「この自己満足も空しくぞ失せたりける」と著者は嘆いている。
著者の言っていることを積極的なかたちで換言すれば、
肥料として使われれば、人間は生涯5トンの肥料を生産するのだから
それだけで生きている価値が十分あるよ、ということになる。
生涯生産量5トンは、どのくらいの田畑の肥料に役たつものか、
この計算は、どんな式を使うのだろう。
尿を足すともっと増えてくる。
山田風太郎や数字の好きなひとでなくても考えて見たくなるだろう。
いずれ、検討してみたい。
ここで大事なことは、水洗トイレで流してしまわないことだ。
いや、水洗トイレでもよいが、大地に還元して活用されることだ。
私も、あったか村では、大地還元のトイレをこころおきなく使っている。
このときはとても気分がよい。
普段住んでいる宇部市では、下水道へ流している。
使える資源を流しているのだから、心が落ち着かない。
私は、「村のトイレ屋」である。
農山村のトイレに「肥溜めと畑の関係」は最適だと思っている。
また里山再生、田舎暮らしのトイレには、とてもよいと思っている。
でも、「生涯5トン」の排泄量=生産量を都市住民もいかそうと思えば、
現行システムに取って代わる考え方と技術と担い手が必要であろう。
それも、はっきり射程に入れて、研究していきたい。
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