2014年09月27日

山口がもっとも燃える日、11月16日(日)。周南市で集団的自衛権行使反対の集会とデモ

友人と話していて、最近、
「安倍晋三本人というよりも向こうには、戦術をうまい具合に操る軍師がいるよねえ」

という会話に落ち着くことが多くなった。

集団的自衛権行使の閣議決定前後には、あれほどのマスコミあげての喧騒だったのに閣議決定をすませてしまうと何事もなかったかのように、統一地方選対策を、「女性閣僚」「地方創世」(=地方への金のバラマキと取り込み)で乗り切り、そのあとに再び集団的自衛権の法整備、戦争のできる国への体制づくりをやろうとしている。単調な戦術でなくて、野球でいえば緩急があるピッチングという感じだ。

そして、残念なことに、それに「ころっと」多くの国民、運動側が負けているのだ。
秘密保護法のときも徐々に声が小さくなり、今、集団的自衛権行使の反対行動も減っている。
みんなそれぞれの分野をもっている。
政治的なことばっかりかまけているわけにはいかない。
で、ちょっと目を話した隙に、思うようにことが運ばれていく。

こんなことではいけないと思う。
だれか、声を持続的にあげてくれないか?
そう思っていたとき、周南で動きがはじまった。

以下は、直接、以下のホームページをみてほしい。
泥さんって、どんな人?という人は、ネットで検索してほしい。
すごい人に来てもらえることになったものだ。

この春、上関原発を建てさせない全県民集会には山口市維新公園に7000人が集まった。
上関原発を止め、新設増設など口に出させない大きな力になっている。おいそれと動けないことの表現が、県知事による「さらに判断延長」だ。

安倍政権の地元・山口県、なんでも勝手にできると思うのは大間違いだ。
岩国基地の東洋一の基地への強化など誰も許していない。
まして、全国民を戦争に引きずり込む集団的自衛権の行使容認、実質的な憲法破壊を認めていない。
安倍ー高村コンビがテレビに出て来る度に、山口県民は全国に申し訳ない思いでいっぱいだったのだ。
山口県から声をあげたい・・・それが11月16日に始まる。
ぜひ、多くの困難を乗り越えて参加してほしい。

一緒に賛同人に加わってほしい。意志あるところを示そうではありませんか。
「ささやき」でも集まれば世論は形成できます。
一人ひとりは、微力でも無力では決してありません。

NorWarやまぐち
http://nowaryamaguchi.blog.fc2.com/blog-category-0.html

アクションC NOWARやまぐち周南集会(目標1000人)
 11月16日(日曜日)13時〜16時(小雨決行)
  13時〜14時 マルシェ、一言発言、ライブ
  14時〜15時 メインスピーチ:泥憲和
   「元陸上自衛隊三等陸曹。退官後平和活動に携わっている。
   「戦争をする国づくりストップ!はりま共同センター」代表」
  15時〜16時 市内をデモ行進
 場所:児玉公園(山口銀行徳山支店東となり、徳山小学校西となり)




posted by 村のトイレ屋 at 23:45| 山口 ☀| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10月1日「慰霊の日の集い」瑠璃光寺で。磯野恭子さんのコラム。岩波新書小川津根子「祖国よ」

今朝の毎日新聞の山口版コラム

磯野恭子さんのコラムで言及されている。

磯野恭子さん毎日.jpg


今年も、10月1日瑠璃光寺で「慰霊の集い」が行われる。
県立大学で勉強していたときに、たまたまこの集いのことを知った。
以来、毎年寄せてもらっているが、毎年、申し訳ない思いで参加する。
というのは、これほど大切な行事はなかろうと思うのに、世間にあまり知られず、しかも関係者の高齢化はどんどん進む。山口県と山口市の儀礼的な挨拶以外は、県議会議員の佐々木あけみさんの心の篭った挨拶文紹介があるだけだ。
私にしても、いつも一年かけて大きく宣伝したいと思いつつ、その日を迎えてしまう。
今年は、一人だけ、新参加者を得て、彼とは、今後も日中、日韓の近現代史、東アジア民衆史の勉強会をやろうと話している。それだけが、1年間の進歩だから無力感にさいなまれる。

中国、韓国への安倍政権の距離の取り方は、異常だ。
世界中を訪問するのに、近隣2国に行かない。
こんな外交はありえないだろう。それ自体で喧嘩をうっているようなものだ。
この点からも、「慰霊の日集い」の意味は、大きいと思う。

もう一つ、福島との関連だ。
いずれどなたか詳論するだろうが、「中国残留婦人」の問題の中には、日本政府の伝統的な棄民政策が凝縮されている。国策として推進する。しかし、その無残な破綻と民衆の犠牲には何一つ考慮を払わない。責任をとろうとしない。福島と原発。「満州」と「残留婦人」。まったく同じ構図の棄民政策がある。

小川根津子著『祖国よ〜「中国残留婦人」の半生記〜』には、「残留」という言葉は、自分の意志で残ったような印象を与え誤解を招くと指摘している。棄民として見捨てられた現実をごまかすものと書かれている。福島では放射能安全神話がばらまかれ、自分の意志で残ったかのように被曝の責任逃れが始まっている。放射能汚染と対峙する福島県民、とくに子どもたちは1日もはやく疎開(避難移住)すべきなのだ。

祖国よ.jpg


アマゾン 
http://goo.gl/2nUaHn

高齢化の波は、どこにも押し寄せる。
でも、こんな貴重な歴史の証言とそれを残そうという人々の思いまで流しさっていいわけがない。
世話人代表の磯野恭子さんをはじめ、みなさまの努力に感謝しつつ、今年も参させていただきたいと思う。


〜〜〜〜〜〜〜
とき:10月1日(水) 13:30〜16:00
ところ:瑠璃光寺本堂 
     (奥の墓地にある「慰霊の碑」の参拝は各自でとのことです)
主催:中国残留婦人交流の会(世話人代表 磯野 恭子) 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

昨年の記事
http://atta-an.seesaa.net/article/374564045.html



posted by 村のトイレ屋 at 14:03| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月13日

ことば)お互い理解しあう努力 松本保平・光明学校校長。児童疎開に関連して。

201409松本保平.JPG


55分頃から
「そうそう、矛盾といえば、今まで人間が戦争という名前でお互い同士、殺しあう大きな努力はかくかくとなされていたが、お互い理解し合う努力は、これに比べてほとんどなされていない気もします。」




“戦闘配置”されず〜肢体不自由児たちの学童疎開〜 投稿者 gataro-clone


福島〜山口いのちの会では、今度、福島の子どもたちの放射能汚染からの集団疎開を求めて、疎開裁判を支援することにしている。放射線管理区域に等しくレントゲン室状態と小出裕章さんがいうように、子どもたちが暮らせる生活環境にないからだ。1日も早い脱出・疎開が必要なのだ。

疎開ということばがでるとき、誰彼となく、言う言葉がある。
「戦前の軍部独裁のときだって、子どものいのちを第一に考えて疎開の措置をとったのに、今の政府はそれすらやらない。本当にひどい国だ。人権感覚が最低だ」というものだ。

NHKの番組をみて、疎開の実際を知ることができた。
人権意識から子どもたちの疎開をすすめたのではなかった。
将来の兵士要員として、空襲で殺されて兵員が減るのは困るから、東京から長野や新潟の田舎に移したというのだ。疎開も戦闘配置の一環だというのだ。タイトルにある「戦闘配置されず」とは、将来の兵隊のために一時避難させる戦略だという意味だ。
銃を握れず戦場に行けない肢体不自由児は、将来も戦闘要員でないから疎開させる必要なしという判断と措置がくだされる。ここでは、私たちが考えていたような人権感覚、子供のいのちを愛おしむ感覚から発想されているのではなくて、軍事的に問題がたてられるいる。日本で初めてつくられた肢体不自由児の学校の校長、松本保平の苦闘がここからはじまる。最初は、学校に自宅からわせずに学校で寝泊まりし、防空壕をつくり「現地疎開」とし、そこで集団生活をする。それでも、1945年年3月の東京大空襲を契機に、危険はさけられないと判断し、自力でルートを探し長野県に移住する。移って10日後に学校も破壊される空襲を受け、命拾いをする。

東京から長野への引っ越しも、障害者の移動の大変さ(列車貸し切りへの乗客の非難など)に加え、医療器具の多さが問題になる。このとき、松本校長は「肢体不自由児がいて足手まといになって、かえって軍備をむだに費やしてしまう」という詭弁まがいの機転で軍部を説得し、軍用車で機材を運んでもらうエピソードが挿入されている。それほど、障害者は戦争に役に立たないから邪魔という思想が強くあったことになる。

この番組は、戦時中の実写フィルムが使われていて興味ふかい。それと、イラストが効果的に使われている。そのひとつが、東京での苦心の「現地疎開」の様子を大勢の学校教師が視察にきて、帰りに松本校長にいう場面だ。円い人垣のなかで校長が指差され、弾劾されている。「こんな立派な施設を障害者のためにつくって使うのはもったいない、戦争に役立たせなさい、非国民だ」と言われるのだ。これには、松本校長は、強いショックを受けたようだと教え子のみなさんが回顧している。ここにも戦争には障害者は役にたたないから切り捨てよという思想がある。

さて、こういう戦時下を経て、障害児教育に取組んできたことを前提に、冒頭の言葉をもう一度考えてみよう。
「そうそう、矛盾といえば、今まで人間が戦争という名前でお互い同士、殺しあう大きな努力はかくかくとなされていたが、お互い理解し合う努力は、これに比べてほとんどなされていない気もします。」

ついでにという感じで軽く語り始めているが、日頃、戦争について考えてきたものであることを感じる。

「理解しあう」ということに更に、人として「支えあう」という言葉を追加して、ことを障害児教育と結びつけてみると、とても深く心にずしりとくる。1時間という長い番組だが、戦争と人権、戦争と障害児教育、さらに戦時下と戦後で価値観・信念に揺るぎがない、こういう人がいたという人物ドキュメントとしても、この作品はすばらしいと思った。
今、松本保平校長と同じように、福島・東日本では、放射能汚染下、子どもたちのことを思って多くの大人が子どもたちの疎開の実現に向かって苦闘している。そのこともあわせて考えた。児童疎開という言葉を、正しく復活させたいものだ。



posted by 村のトイレ屋 at 00:40| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月07日

梅雨空に『九条守れ』の女性デモ  さいたま市の公民館の俳句掲載基準についての会話


こんな会話をシルバーふれあいセンターで二人の高齢者がしているのを聞いたのでメモしておく。
シルバーなんてついた建物にはあまり行きたくないのだけれどよく会合で使うので行く。行くと喫茶室で隣の囲碁室から出てきた人が暇そうに話している。
昨日は、昼にサンドイッチを注文して待つ間に、こんな会話を聞いた。
ちなみに、働いている人もシルバー世代なので注文してから出てくるまでの時間もゆったりしているので、二人の会話をゆっくり聞くことができた。
毎日新聞の読者の声の投稿をめぐってであることが、途中でわかった。
後ろに掲載しておきます。

京大俳句事件については、私も知らなかったので今度調べようと思う。

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「この俳句は、公民館だよりにふさわしくないんだって、それで、俳句サークルは選んだのに公民館だよりには載せられないで、騒ぎになっているんだって」

「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ この句のなにが悪いの?・・・というか、選んだものを大体、載せているんではないの、検閲のようなものがあるの?」

「さあ、どうだろうね、ヘイトスピーチのようなことがあるから、公民館がチェックしているんではないの」

「公民館って、市役所の管轄なのはわかるが、市役所の職員が管理して、発行物をチェックしているの?」

「記事には、市の職員が掲載しない理由を説明したとなっているから、市の判断なんだろうね」

「僕はねえ、いつも思うんだけど、この中立という言い方ね、疑問なのよ、というか、憲法問題に役所は中立ではいけないのではないか、と思っているわけよ」

「どういうこと?」

「だって、憲法でしょう。変更されるまでは変更されて発効されるギリギリまでは、憲法に忠実なのが、役所のあり方でしょうが・・・すべての役所は、法律に基礎づけられているわけよね、法律に存在の根拠があるんだよ。公務員の一挙手一投足は、勤務時間の間はだよ、法律に規定されて動きが決められているのよ。そして、その大本になるのが、憲法なんだよ」

「それは、よくわかる。日本は法治国家だというときに、説明されるよね、公務員試験でもそういう説明してそういう回答を書かないと落ちるだろうね」

「僕の聞いた話では、警察官は、胸に手をあてて憲法に忠誠を誓います、と就職するときに宣誓すると言っていたよ。それくらい憲法が中心だろう」

「まあ、そうだね」

「なら、その憲法に変更したいとか自分の解釈はこうだとかいう意見は当然あっていいと思うけれど、変更されるまでは、順守するのが、役所なり公務員の当然の態度であるはずだよね」

「そらそうだ、そうでなければ、憲法の位置がなんだかどうでもいいものにされてしまうよね」

「そうだろう、だったら、9条守れという市民の意見があったら、俳句のような間接的なものでなくて、もっとストレートなものであっても、その通りですね、憲法に忠実には私たちの姿勢でもあります、喜んで掲載します、となるのではないのかあ、ということなんだよね。デモもどんどんやってください、一緒に守りましょうというのは言いすぎだとしても、それでも論理的にはおかしくないよ」

「ああ、なるほど。でも、多くのところで憲法9条の会の主催する集まりや憲法9条を守れという学習会なども、中立でないからと市はの後援などもをしないそうだね。」

「そうなんだよ、おかしいと思わない?」

「そうなんだけれど、役所の肩をもつわけではないが、憲法9条は政治的な課題となってしまって、市民に意見が割れていて、どこかに味方することができないから、中立と言っているんではないかなあ」

「ふ〜ん、それでは意見が分かれれば、憲法には忠実でなくて、簡単に守る立場を捨てていいの?」

「いやあ、そうではないけれど、本音としては、役所の人間は、憲法9条を守るほうが少ないと思っていて、抗議の声が少ないと思って、中立と言っているのではないかなあ、分からないけれど、想像だよ・・」

「議会の力関係で、中立の姿勢をとらないと議会多数派から抗議されるとか他のことで協力されなかったり、するという意味かい?」

「それもあるかなあ。」

「それもでもおかしいよね、憲法が改憲されているわけでないから、改憲されるまでは護憲の立場が行政の立場だろう」

「う〜ん、そうだよね、・・・でも、たとえば市長とか町長が9条の変えたいという立場にたって強くリーダーシップを発揮したら・・・職員は顔色をうかがうだろう」

「さいたま市の場合は、そんなケースなの?」

「いや、わからない」

「でも、それもおかしいよね、首長だって憲法に忠実でなければいけないだろう」

「そうだよね、でもこれは仮定の話なんだけれど、憲法9条と憲法をほとんど全部を変えようと公約して、1例として、自民党の改憲案を掲げて、それ一本で当選した市長がいたとするよね、その場合、その市はどうなるんだろうね、日本国憲法とどういう関係にたつんだろうね。」

「その場合については僕も遊びで考えたことがあるけれど、わりかし簡単なんだよ。自民党の改憲案は地方自治が制限されるから、地方が単独で何かできるようにならないんだよ、また、そんなことが起こったとしても日本からの一種の独立みたいなものだからむつかしいんではないの?井上やすしの吉里吉里共和国の改憲派版だね」

「ふーん、そうなの。でも、今の自治体が、別に憲法を変えたわけでもないのに、中立と言いつつ、護憲派の意見を載せなかったり、俳句に目くじらを立てたりするのは、実質、勝手に日本から独立しているみたいじゃあないかなあ。改憲を掲げて当選しているわけでもないのに憲法に忠実でなくて中立というのは、それはおかしいよ。」

「おや、君も同じ疑問をもってくれるわけだね」

「いやあ、君とは同じかどうかはわからないよ、でも、正式に憲法が変更されているわけでもないのに独立したのと同じような扱いしているのは、おかしいと言っているんだよ。僕の場合は純粋に形式論だよ。君の場合は、9条への思い入れがあって、おかしいと言っているんだろう。僕はちょっと違う」

「ふ〜ん、まあ僕の疑問に近いと思うけれど・・・でも、正しさが転倒していることは間違いないよね」

「そうだよね、ところでここに京大俳句事件てあるけれど、これ知っている?」

「いやあ、知らない。初めて聞いた。なんだろうねえ」


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投稿:みんなの広場:俳句の掲載中止に「恐れ入る」
http://mainichi.jp/shimen/news/みんなの広場:俳句の掲載中止に「恐れ入る」=無職・植木國夫・73
毎日新聞 2014年09月07日 東京朝刊
 (福島市)
 さいたま市の公民館が「公民館だより」の俳句コーナーに、サークルが選んだ俳句の掲載をとりやめたという。その句は「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」で、「世論が大きく分かれる問題で一方の意見だけ載せられない」からだとか。
 俳壇の大御所、金子兜太氏は「社会の一事象と言えるほどの動きを柔らかく優しく書きとめた俳句に、大の男が大騒ぎするとは恐れ入った」と評し、「九条の緑陰の国台風来」と詠んでいる。

 私は原発事故の実相を知ってもらいたいとの願いを込めて、原発の句を作っては投稿している。私がそう思っていても、原発再稼働をしたがる勢力からすれば「世論が分かれる」。そう言ってしまえば、社会の多くの出来事はその範囲に入ってしまう。

 西東三鬼という俳人の「昇降機しづかに雷の夜を昇る」の句が共産主義思想を高揚するとした「京大俳句事件」が想起される。身の回りに起こる怪しい出来事に敏感にならねばと思う。


記事:公民館月報:「9条守れ」俳句、次号以降も不掲載 さいたま市が方針 /埼玉
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20140709ddlk11040265000c.html



posted by 村のトイレ屋 at 12:08| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月27日

岩国から、すごいことが始まった!井原さん平岡さんの政策協定の文書。

友人がかなり興奮した声で電話をくれた。

「岩国の人がうらやましいよ、二人も修羅場をくぐった政治家がいて」と言っていた。
「宇部や下関にはいないから、なめられているんだよ」とも言っていた。

図。井原平岡協定.JPG


一読して、原発で上関建設中止と明言していることがうれしかった。
当たり前と思うだろうけれど、今年10月の岩国市議選を控えた政策協定だから、岩国で上関を問うということだ。
こういうことは、「地域では、地域の課題中心」とか何とか言って、言を左右してなかなか明言しないものなのだ。

3・8上関原発を建てさせない全県民集会で7000人集まった。
でも、その私たちの高揚感とは別に、県知事も県議会も、まったく冷ややかしに無視した。
私はその直後の県議会を傍聴して、県議の佐々木明美さんが3・8集会に触れた時、自民党席からの冷やかしの野次を聞いてしまった。
ああ、こういうものなのか。
もちろん、私は民主主義の何であるかを社会見学として勉強にきた中学生ではないから、全身うぶなまま、議会で、県民の声の集まりの多さとそれへのよい反応を期待したわけではなかったが、少しは考えてみようという雰囲気などあってもいいのではないか、淡い期待を持っていたことも事実だ。
ざっくり傷つきましたね、あのときは。
やっぱり、あんたらそんなレベルの感度なんか。

そのことを友人たちに報告すると
「そんなもんよ」
と私の甘さを責められるありさまで、閉塞感は深まるばかりだった。

さて、沖縄・辺野古の連日の攻防は目を離せない。
ず〜とネットで追っている。
今の日本で福島のことと並んで、これほど大切なことはあるまい。
沖縄のみなさんの運命が決まるばかりでなく、本土の私たちの暮らしも決まる。
新しい軍地基地を沖縄に認めて、戦争への準備をさらにすることになる。
集団的自衛権行使の実際の姿だ。
だから海上保安庁を前面にたてて違法な身柄拘束を強引に行ってくるのだ。

「今までの法律を政府が自ら破りだしたら戦争の始まりだ」と中学校のときに教えてもらったことを最近、思いだしている。
政府にとって都合の悪いことがいっぱいできるからだ。民意を潰して無理矢理にでも通さなければならないことができるからだ。そのことは、社会科の先生も国語の先生も言っていた。ふたりとも日教組だったのだろうか。いや、私たちの中学校時代はほとんどが日教組だろうから、私たちは「日教組の申し子」と言っていいだろう。
今、戦争が近づく時代への感覚を教えてくれたことに深く感謝している。

(もう一つは、汚職が増えることも兆候だと教わった。その理由は戦争利権で足の引っ張り合いが起こるからだということだった。また別のときに書きたい)

その沖縄の動きを見ながら、映画『標的の村』の三上智恵監督が言っていたことを思い出した。
2012年、オスプレー配備の抗議を行って、普天間基地前を封鎖した沖縄のみなさんの映像を示しながら、
「このとき、山口県岩国から大規模な阻止行動なり、抗議の大きな声がほしかった」と言っていたのだ。

今度の井原さんと平岡さんの政策協定は、沖縄への岩国からの答えになる、少なくともその始まりだと思う。

「山口県、とりわけ岩国地域では、基地の強化が際限なく続き、一方では、住民の負担はますます増加し、人口の減少は止まらない。このままでは、地域全体が衰退に向かうことは必至である。」という指摘は、すでに沖縄では確認されてきたことだ。岩国もその只中にある。ここから「岩国は負けない」という声を上げることは大変なことだが、二人の協定文書は、はっきりとその決意を市民に伝えている。訴えている。

山口県は保守王国と何度も言われている。耳にタコができてしまう。
よく考えれば、沖縄のように体を張って抗議行動の先頭にたつ国会議員がひとりもいないのだ。
このことを友人と一緒に愚痴っても仕方ないことは、もう十分にわかっているので、泣き言はもうやめて、この協定文書を知り合いに配ろうと思う。

読んで、良かったら周辺5〜6人でも回してください。
周りの5〜6人が変われば世の中が変わると誰かが言っている。
私は友人の電話でずいぶん気が軽くなった。
まあ、試してください。閉塞感が少しは減るものかどうか。


PDFファイルを添付します。

20140826井原平岡協定.pdf

posted by 村のトイレ屋 at 12:46| 山口 ☀| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月22日

No War サイレントウォーク)周南市で集団的自衛権反対の声

今日、私たちは県庁広場アピールを行います。
http://blog.goo.ne.jp/nonukes2013/e/332ba03cb574f0bba22dea5ce9d3d99e



周南市では、集団的自衛権反対のサイレントウォークが行われます。

             記
  1. 日時 平成26年8月22日 午後6時より 1時間程度
  2. 場所 児玉公園(徳山小学校となり)に集合、
       市役所前〜郵便局横〜徳山駅〜商店街〜高村事務所
    

 

「どこかでアピールしたかったのよ!」

これは、みなさんの率直な気持ちだと思います。

宇部市、山陽小野田市、そして下関市では、原発ゼロ・再稼働反対、上関原発を建てさせないウォークアピールが行われています。テーマは違っても通底するものは、同じだと思います。

チラシ1 7月18日に配布されたもの

周南チラシ01.JPG


集団的自衛権改周南チラシ1.pdf

チラシ2(本日、配布予定とのことです)

周南チラシ02.JPG

集団的自衛権改周南チラシ2.pdf


(仮)NoWarやまぐち
http://nowaryamaguchi.blog.fc2.com/
「集団的自衛権行使容認に反対する集会とデモ in しゅうなん」へ参加しませんか?
   〜今声を上げなければいつ上げるのか、多くの人の結集を〜




参考
戸倉多香子さんのブログ
http://ttokura2.exblog.jp/22499978

参考 IWJ
2014/07/18 【山口】集団的自衛権閣議決定に反対するサイレントデモ(動画)
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/154713
posted by 村のトイレ屋 at 10:53| 山口 ☔| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月21日

69年目の8月15日。


森住卓さんのフォットブログ。
http://mphoto.sblo.jp/article/102426760.html

上 ↑

まだ見ていない方は、是非ごらんください。

これが、今年の8月15日です。
終戦記念日とごまかしたり、敗戦記念日といったりしていますが、
ようは、もう2度と戦争をしないと国民が反省し平和を誓う日です。
「主権在民」「基本的人権」「平和主義」
よりによって、その日に、沖縄県民の意志を海上保安庁の暴力で踏みにじって、新軍事基地をつくろうとしています。

侵略戦争は、他国の人々を殺すことですが、その前に、あるいは同時に、自国の民の声と意志をを押しつぶして始まります。一方で暴力と他方で買収がその方法です。

今は、どんな時代なのか?
今年の8月15日に回答があります。
船長が確保される写真を目に焼き付けておこうと思います。

是非、森住卓さんの写真をごらんください。
http://mphoto.sblo.jp/article/102426760.html





posted by 村のトイレ屋 at 09:45| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月19日

8月15日という日に沖縄辺野古で行われたこと。 、

TBS
20140815TBS辺野古.JPG






こういうことだったのか?
集団的自衛権の行使容認の閣議決定を急いだ、何の議論なくすすめてききた。解釈改憲で戦争できる国にしようとしている。

福島県では、「放射能は安全」を繰り返して、「除染」すらできないまま住民を帰還させようとしている。

山口県では、上関原発の埋立て延長を「正当な理由が今はないから、できるまで判断を先送りする」と違法状態を続けている。7000人の史上初めての県民世論は知事に無視された。

そして、沖縄。
日本国民が、終戦記念日ととして「戦争への反省」をする日、8月15日を選ぶかのように、沖縄に新基地をつくるため県民の反対を暴力で抑えこんで、宝の海を壊そうとしている。

民主主義も、その手続すらも、世論・民意の尊重というポーズすらも脱ぎ捨てて、すべて力づくで強行する。

沖縄で現れたことが、本質だ。正体がここにある。

「多くの問題は、根っこでつながっている」とは、事ある度に言われてきた。

『標的の村』の山口市上映会で、また祝島の公民館で、三谷監督が、口を酸っぱくして語っていた。
「根っこがおなじでぶつかる相手も同じだから、大きな共通の柱を建てたい、その鍵は沖縄が握っていると思う」とも語っていた。
今、その言葉を噛み締めている。

そして
「力で物事を押し潰す政治は、その政治そのものが潰れると思う」ということを現実のものにしたいと思う。



参考
琉球新報の今朝の社説
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-230351-storytopic-11.html
沖縄側が無力感にとらわれる必要はない。沖縄に対し日米両政府が取っている姿勢は近代以前の専制君主的反民主主義だ。沖縄は民主主義的手段で民意をはっきり示し、国際社会に堂々と訴えればよい。国際社会の良識がどちらを支持するかは火を見るより明らかだ。
 沖縄の海に穴をうがつか否か、沖縄の土地に軍隊を置くか否か、決めるのはウチナーンチュである。


毎日新聞 2014/08/19
http://mainichi.jp/shimen/news/20140819ddm041010089000c.html
午前中いた約100人に加え、正午ごろには、県内の政財界関係者らが県内移設断念を求めて7月に結成した「島ぐるみ会議」のメンバーらが大型バス2台で駆け付け、最多の約400人に膨れ上がった。沖縄平和運動センターの山城博治議長は言った。「11月には知事選がある。あきらめず抵抗を続ける」
 抗議の輪は広がりつつある。辺野古移設に反対する沖縄県選出の国会議員や県議会の野党会派は18日、キャンプ・シュワブのゲート前で23日に反対集会を開くことを決めた。1000?2000人を集めるという。仲宗根悟県議(社民・護憲ネット)は「県民の7割以上が反対しているのに工事がどんどん強行されている。新基地は絶対に造らせない」。

posted by 村のトイレ屋 at 09:17| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月10日

「戦争は戦争を呼ぶ」城臺さんの平和への誓い

福島の原発事故のことに触れたところは、とりわけすばらしいと思った。

20140809被爆者代表.JPG






2014/08/12追記
東京新聞に載った全文をコピーします。
知っている人、知らない人、会った人にとりあえず1日10枚をいつも持っていて配ろうと思います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

         被爆者代表 「平和への誓い」
              2014年(平成26年) 8月9日
            被爆者代表 城臺 美彌子
 

 1945年6月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。
 8月9日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。
 「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から2・4キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。
 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。

 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。

 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。

 今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。
                        
                                 (東京新聞から)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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2014年08月03日

「家を出て、パソコンを閉じて・・・身振り手振りで人に伝えよう」ブルドーザーデモの発言




ブルデモ「家を出てパソコンを閉じて・・」.JPG



若い人たちが、声をあげはじめた。

2分45秒あたりからの若者の発言が心に残った。

ブルドーザーは、いいなあ。
歩くスピードに合わせやすい。
トラクターとか軽トラもいいかもしれない。

しかし、若い人は出来るだけはやく放射能汚染の心配な首都圏を離れて、デモも名古屋、京都、大阪で大きくやってもらいたい。

もちろん、山口県でもだ。

レイバーネットから動画を転載しました。
www.labornetjp.org
渋谷を席巻した「怒りのブルドーザーデモ」〜「安倍やめろ」のコールやまず
http://bit.ly/1nXXHus

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2014年07月27日

命令者の本音)鍬野さんのコメント

戦後70年に向けて:いま靖国から/40 生き永らえた命令者
毎日新聞 2014年07月26日 東京朝刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20140726ddm002010189000c.html

鍬野さんのコメントをフェースブックから転載します。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100004668780551&fref=ts



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

自爆テロ元祖の如き、陸軍特攻隊の数多くの犠牲者達。
彼らの尊い犠牲が今も語り継がれているが、それを命じた第6航空軍司令官が天寿を全うし、特攻生還者達を収容した寮で「なぜ死なない」と責め続けた寮の責任者も天寿を全うしたという。
寮の責任者は戦後、報復を恐れ80歳まで実弾入り拳銃を持ち歩いていたという。
その人物が送り出した側の本音を林えいだいに語った。
少年達を洗脳し、国のために死なすのは簡単だったと。

今もまた教育制度を改悪し、過去の侵略への反省を「自虐史観」と否定する歴史認識を持つソーリが暴走する。
戦争出来る国をつくり、それを命じても責任を取らなくても済んだ人々の列に並ぶつもりだろうか?
フクシマ過酷事故も原発を推進した人物の誰一人として責任を取らないこの国では再稼働だ、輸出だと軽々しく無責任な言葉がソーリから発せられる。

国民を洗脳するのは簡単だとでも言う如く。
国民は馬鹿でないことを示したい。

~~~~~~~~~~~~
201407鍬野靖国.jpg


posted by 村のトイレ屋 at 22:24| 山口 ☀| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月21日

私たちの壁・・・あたらしい運動のために

7月25日(金)は、午後5時から6時まで定例の第4金曜日、県庁前広場のアピールを行います。
また午後6時半から山口市白石地域交流センターで第1回の「新しい運動のための立ち上げ討論会」を行います。


昨日は、さよなら島根原発の集会に参加してきた。
集会の全内容は、IWJに収録されている。
http://urx.nu/aiZn

神田香織さんの言葉は、しばらく日本中に広がるだろう。
「うそをつくことを公認された職業の講談師が、嘘つき総理の登場で仕事があがったりになってしまって、本当のことを言って全国を飛び回っている」というのだ。
うそつき総理だけではない、多くの政治家が政治家とは詐欺師のことだ、というレベルまで日本の政治と民主主義を貶めているのだ。

昨日、一番ショックだったのは、島根原発周辺の風景だった。
休止中の島根原発は、ひっそりとすぐそこにあった。原子力館の駐車場からよく見える位置で「石を投げても届く」といえば講談師のような嘘になってしまうが、でも近いことは間違いない。建物も「原子力発電所だゾ」と威張っている迫力は何もなくて、ひっそりと存在している風情だ。

私が、ショックを受けたのは、そんな原発への途中の風景だ。
役場支所と思われる建物、小学校、中学校、広大な運動公園、立派な目を見張るドーム型の温泉プール。おそらく、病院や高齢者用の施設なども立派なものがあるのだろう。
そして、そこの駐車場には、まあまあ車が停まっており、ごく普通に日常生活が営まれていることだ。

バスの中で、誰かが、
「テレビで見た風景だね、・・・福島の原発近くの・・・事故以前の・・・」と言った。
また別の人が
「慣れるのだろうね、近くにいると。毎日のことで、もう福島のことを考えたりしなくなってしまうのだろうね」

「でも、今の私には、子どもたちが逃げ惑い散り散りバラバラになってしまう風景しか思い浮かばない」
「こんなに簡単に、忘れたり、騙されたり、買収されてしまっていいのだろうか。慣れとはおそろしい」

そんな感想が続く。

私自身は、この風景に恐怖を感じた。
こうやって、原発体制は支えられているのだ。
多くの抵抗しない人たち、騙されているのか、自身をだましているのか、買収されているのか、買収されていなくても、「ここで生活する以外にない」と思わされているのか。
道を歩く人びとに、重い鎖が見えないがつけられているのだ。

全国の原発立地地帯でいままでそうだったのだ。
今もそうなのだ。

そして、原発の枠だけでなく、憲法や戦争準備の視点からみても、多くの人が沈黙して従っている。それによって、不合理が支えられている。破局のときにやっと正体を表す。
変えなければいけない壁のひとつは、ここにあると強く感じた。


新しい動きがはじまっている。
昨日の島根の取り組みも次を呼び起こすだろう。
鹿児島では、次のような動きがはじまった。

今日は、山口県祝島で
「みんな海」の集いがある。




参考:日経新聞
川内原発再稼働「反乱」の真相 姶良市議会議長に聞く
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFB1702M_X10C14A7000000/
――姶良市議会は7月11日に、再稼働に反対し廃炉まで求める意見書を大差で可決しました。

 「私たちが最も言いたいのは、国が私たち市民を原発事故が起きた場合、どう守ってくれるのかという点だ。原子力規制委は安全審査に『合格』は出しても、『事故がゼロになる』とはいっていない。たとえ原発の新しい安全神話を語られても、東京電力福島第1原発事故の状況を見た後では信じられない。私たちが知りたいのは、今回の安全審査で原発のリスクがどこまで減らせたのかだ。それについて国から説明が全くない。それが大きな不満だ。国への不信感が今回の再稼働に反対する意見書の可決につながった」



posted by 村のトイレ屋 at 06:39| 山口 ☀| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月20日

有馬実成師がご存命ならば、・・・新しい運動のために。

最近、私の周りで、有馬実成師が度々登場する。

今朝の毎日新聞山口版に紹介されている、シャンティ山口の佐伯昭夫さんが有馬さんとの出会いから今の活動を始めたことを語っている。
先日、お話を聞く機会を得た私の好きな歌い手・李陽雨さんも、有馬さんから大きな生きる励ましをもらったと語っていた。
他にも、ひょんなことから有馬さんのお名前がでてきて、「え〜、あなたもですか?」と互いに驚くことがふたつほどあった。

私が、考えるのは、「今有馬さんが生きておられて東日本大震災と福島の原発事故後の日本の現実をご覧になったら、どう対処されただろうか?」ということだ。
飯舘村をはじめ、放射能汚染地域の現実とそこから自主避難しているいわば「国内難民」という以外にない人々に対して、どう対処策をだして、私たちに指示をだすだろうか?ということだ。

もとより、こういう考え方は、愚問という他ないのであって、なにより有馬さんは今生きて現実を見ておられないのであって、さらに、何事も人の指示だけを頼りに行動するというのは、ボランティアの初歩の間違いであろう、自分の頭で、体で感じたことを判断の第一の基準に据えなさいと言われるに決まっているのであって、そう考える自分を笑ってはいるのだ。「3年間も現場で考えていれば解決策は自ずと出てくるよ」という現場主義が思い浮かぶのである。

でも、そういうふうに考える基準になる人、(私の場合は、有馬さんを知る人からの伝聞、及び著書『地球寂静』)がいることは、心の安定をもたらすことができて、それで十分なのである。有馬さんにいまやっていることを肯定してもらおうとも、批判的コメントをもらおうとも思わない。トイレの穴から世界が見え、トイレの穴から世界につながる。そのような道を教えてくれた、それが今の私になっていることを確認することで十分だ。

なんだか人に見せる文章としては、わかりづらいものになったかもしれない。

参考に、私の論文から該当箇所をコピーしておきます。
宗教や政治や市民運動が、その枠を越えて新しい運動をつくりだしていく一助になればと思います。
山口のことを悪くいう人は多いし、侵略の歴史の中で、実際その通りだと思いますが、有馬さんのような民間の傑物も山口県には、いたのだということは、知っていてほしいと思います。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
参考1:毎日新聞山口版
ひと人:タイの少数民族を支援するNPO法人「シャンティ山口」事務局長・佐伯昭夫さん /山口
 ◇放っておけない苦難の人を 佐伯昭夫さん(69)
http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/m20140720ddlk35070238000c.html

参考2:書いた私自身が忘れないために
山口県立大学大学院 国際文化学研究科 2010年度修士論文
タイ農山村地帯における衛生環境事業の実践から見える未来型社会
   〜糞尿の資源活用と持続可能な社会のために〜

第3章 NPO法人シャンティ山口の理念と活動
第5節 有馬実成師の思想と行動の残したもの


 私は有馬実成師に一度もお会いしていない。
 2000年に亡くなっておられる。すでに書いたが、2002年になってNPO法人シャンティ山口を知った私は、有馬氏のことをまったく存じあげなかった。新聞やテレビや話の端々から耳に入ってもおかしくないと思うのだが、水処理の普及に視野が狭くなっていたとしか考えられない。こんなひとが身近なところにいたのだという驚きとじっくり直接お話を聞くことができなかったことを悔やんでいる。今は、多くの人が断片的に語るエピソードとその著書『地球寂静』を通して知るのみである。
 有馬師の本質は、行動者・実践者として人びとをまとめあげていく卓越した組織能力にある。有馬師は、日本のボランティア活動の創成期にあって、カンボジア難民支援活動と、NGOの創成に貢献し、「ボランティア元年」といわれる阪神淡路大震災時には、陣頭指揮をとり、その後のボランティア活動の発展の道を開いた。
 以下、その思想と現実的な模索、さらに行動指針を残された著書(有馬,2003)に探ってみたい。

地球市民について
 「地球市民」という思想は、有馬師の思想の根幹にある。それは、NGO(非政府組織)論と重なっている。地球市民をマザーテレサに触れて、次のように規定している。少し長いが引用する。
   (
マザーテレサとちがって、普通の人は)弱い、だらしない生き方しかできません。でも、現代という時代は病み、苦しみ、人は襲いかかってくる疎外感や、社会がもたらす構造的な苦労に喘いでいます。それは、絶対的な貧困だったり、民族の対立だったり、地雷であったり、民族差別であったり、さまざまな衣装を着て目の前に現れます。どれも解決が困難な問題です。私たちは、そのことに気づいてしまいました。自分の問題として受け止めなければならないと考えるようになってしまいました。もはやこれらの問題に背を向け、逃げ出すことはできません。何故なら逃避は、自分の存在そのものを否定することになるからです。そして、人々は、同じ問題意識を持つ人同士で手を繋ぎ、協同して問題の解決に当たろうとする動きをつくりました。それがNGOなのです。NGOとは、問題解決の意思を持った人たちのネットワーク、連携網です。(中略)そのことを通して、自分も社会の中で主体者として生きている存在の一人であることを認識し、自分の存在理由を見出そうとする人たちの集合です。そんな人たちを「地球市民」と呼びます。地球上に存在しているから、「地球市民」なのではありません。海外の国の情報を数多く持ち、外国語を駆使でき、海外を歩くことが好きだから、「地球市民」なのではありません(同書195〜196頁)。

 有馬師は、やがて住職になる自身の寺で朝鮮人の遺骨の問題に遭遇する。1945年5月、徳山で同じ米軍の空襲を受けたのに日本人とちがって埋葬されず放置されていることに疑問をもつ。「あれは朝鮮人じゃけんのう」という死者まで差別する発言に怒りを覚える。朝鮮民族には、死んだら父祖の地に埋葬されてこそ魂はやすらぐ本貫という習慣のあることを知り、1970年に各寺に残された遺骨500体を集めて、韓国への返還運動を行う。自らの国を奪われた朝鮮韓国の人々のアイデンティティとそれを奪った日本の戦争と植民地政策の歴史、自分のかかわりが「いつも気になっていた」という。師の地球市民論の原点がここにある。
 世界の南北間の経済格差や富の分配の不平等、直接の暴力ではないが南北間によこたわる「構造的な暴力」があるという指摘は、ここに根ざしている。地球市民の理念をどのように実現していくか。「地球市民教育」のプログラムも構想されていることは、注目しておきたい。
 
どのようにネットワークをつくっていくか
 さらに、著書の中で形をかえて繰り返されている言葉がある。縁起とアジールだ。縁起は単純に「つながり」と説明されたり、独立と相互依存の人の関係を仏教用語で説明されたりしている。アジールは、避難場所と説明される。
 僧侶・叡尊の活動が語られる。奈良の般若野のハンセン病者への布施会の文殊菩薩との遭遇のエピソードである(同書,171頁)。師自身、元気を失ったとき、この場に立つと力を回復させられる場所であると語っている。さらに、そのような宗教的な感懐とは別に運動論的な「場所の機能の確保」の示唆がある。叡尊が、時の権力者・北条秀頼が言い出した寄付を喉から手が出るほど欲しかったが、あえて断ったことそのことを、「自分の活動のフィールド、場所を、政治権力や公権力などと無縁な場所、民や民衆のためのみに開かれている場所、権力の介入を拒否する治外法権的な場所として考えていました」と共感をこめて語っている。(同書:177頁)。また、NGOは、政府や企業のメッセンジャーになってはならず、財政の少なくとも60%は自前の資金で賄うべきことを訴えている(同)。
 さらに、重源の「別所」つくりについての言及では、この考えはもっと具体的になる。別所とは、重源が奈良の大仏を再建するにあたって各地につくった作業拠点である。それは、「総合福祉センター、職業センター、斡旋所、技術者集団のターミナル」の役割をはたすものであり、「重源に惹かれるのは一大建設工事をなし終えた人という点にあるのではなく、その建設のプロジェクト、事業の裏にあるネットワークの面白さにあります。各地に別所を造ったといいましたが、この別所こそ重源の本当にやりたかった仕事であったのではないかと思えるのです。」とまで評価している(同書:181頁)。
 今は聞くこともできないが、これらの言及を読むと、師が、運動拠点を「人の集まる場」「介入されない民衆自治の場」「困った人の駆け込み寺」とするような何らかの構想を有していたのではないかと推察される。

「わき道」「じゃり道」「けもの道」さらに「ウジ虫になって這おう」論
 道についての言及は、NGOの活動は、平坦で舗装された歩きやすい道路ではなく、これからつくっていく未知の領域が多いことを後進に訴えている(同書:290頁)。また、ボランティアは、主人公として表面に立つのではなく「触媒」として働くことの大切さも常に説いている。
 欧米のNGOの大きさ、一定の完成した像に対して、師は「学び、追いつきたい」という志向と、他方、「仏教的な、あるいはアジア的な別の道もあるのではないか」と考えていた。とくに、「たしかに組織が強力になればなるほど組織の論理や組織の力学が働き始め、中にいる人間の主体性を疎外し始めていくのも事実です(同書:179頁)。という指摘が、ある種のもどかしさを表明していることは否めない。初期の清新な初心を忘れ、組織を守り大きくすることを自己目的にすることへの警告でもある。
 氏は、どこまでも現場にあって行動する人であった。
 初代、(社)シャンティ国際ボランティア会の会長をつとめ共に活動をされてきた松永然道氏は、ブラジルで曹洞宗の布教活動を行っていたが、カンボジア難民支援活動に誘われた。そのときに言われた言葉をはっきり覚えているという。それは「糞の中を這い回るウジ虫に一緒になってほしい。何も保証されているわけではないし、人からは汚いと蔑まされるかもしれないが、糞まみれの地面を這いずり回ることが人の世の明日をつくる」と言ったという。そこまで言うのならばと行動を共にするようになったと語っている。現場でもっとも困っていること、本当に必要とされていることはなにか、それを考え地道に実行する。「3年間も悩んでおればいつかは解決するよ」と本で語っているが、モン族の村の支援の中で現われた衛生環境事業、どんな便所のシステムがいいかという問題は、師の残した思想、行動、組織風土を引き継いだNPO法人シャンティ山口と現地の人々によって解決されていくことになる。そこに秘密があるのだろうと思う。

posted by 村のトイレ屋 at 06:21| 山口 ☀| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月19日

反対だけで、いいこともあるのではないか。

反戦コラム

いつの頃から言われだしたのか、誰が言い出したのか、定かではないが、運動周辺の批評家的な人からよく聞く言葉に
「反対ばかりではダメなのよ、提案的な積極性がなければいけないよ」
とか
「反対はマイナスイメージで反対を叫ぶ運動からは何も生まれないのでやらない」
という声が聞こえてきて、積極的対案のないものはダメだという風潮が出てきたように思う。

もっともだ、と思う場面はあるけれど、逆に考えるとそれで失ってきたものもずいぶんあるのではないか、とくに戦争をすすめる動きに対して、止めようとする運動は、「ただ反対」「嫌だ」というその一言だけで十分であって、(そのために批判的な分析などはもちろん必要だろうが)対案など考える必要も義務もないのではないか、と思う。

さらにいえば、「反対だけで肯定的なことがらのないものは声を出すべきではない」という心理的な呪縛を加えることで、反対運動を小さくし国民の意志の表明を抑えているのではないか、と思う。

原発は駄目だ。
放射能汚染に子どもをさらすな。
戦争は嫌だ。
憲法を壊すのは許せない。

こういうシンプルな事柄を根幹に強く据えて、声を広げていくことが、民主主義というものではないか、少なくともこの声に制約を加える呪縛は解く必要があると思う。

posted by 村のトイレ屋 at 14:05| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月18日

武器輸出禁止3原則も閣議決定で壊されている!


認めない.png

画像は、「脱戦争ポスター展」から転載させていただきました。
http://renounce-war.org/image/91119528883



ある会話

「ちょっと心配なことがあるんだけれど、聞いてくれる?」

「へぇ〜、呑気な顔をして君にも心配事があったんだ。」

「そのセリフ、君にだけは言われたくないけどね、でもさあ、僕のような人間が心配で夜もおちおち寝れないんだから世も末だね。」

「へぇ〜、それで、昨日は何時間寝た?」

「う〜んとね、7時間。」

「な〜んだ、ちゃんと寝てるやんけ、じゃあ心配していることもたいしたことではないねえ、」

「まあ、そうかもしれないねえ、考え過ぎだといいのだけれど・・・」

「で、なになの?借金?奥さんの家出?」

「いいや、借金はもうなんとか払い終わったらもういいんだよ。うちのかみさんが家出するわけないだろ、出て行くなら僕のほうさ、」

「ああそうだね、君が出て行くとか言ってこの間、車に寝るスペースを作っていたもんね。」

「そうだよ、あれでいつ家出してもいいと思って気がずいぶん楽になったよ、まだ出ていないけれどね。君もいつでもおいでよ。・・・おいおい、なんの話をしているんや・・・心配なのは、それでなくて、軍事問題」

「なに?」

「安保防衛問題」

「へぇ〜。どうして急にまた?」

「この間、愛媛から送られてきた荷物に包まれていた新聞をなにげなく読んでいたのよ。そしたら、こんな社説が載っていた。
これ、愛媛新聞」

海外と防衛協力強化 国民への説明が先ではないか 2014年07月13日(日)

にもかかわらず、国民の批判や不安をよそに海外で安全保障環境の整備を主張し、支持を取り付けるという首相の行動は理解に苦しむ。政府関係者は「外国の支持で外堀を埋め、国内世論を変化させたいのではないか」とみるが、だとすると国民軽視もはなはだしい。首相には、「国民主権」の意味を、いま一度自覚するよう求めたい。
 オーストラリアとの防衛協定では、さっそく4月に閣議決定した「防衛装備移転三原則」を適用。実質的な全面禁輸措置の事実上の撤廃を、国際社会へアピールした最初の協定となった。国内の防衛産業の振興や輸出拡大をもくろむが、日本で生産された兵器が海外で人を殺傷する道を開いてしまったことを、深く認識しなければならない。


「僕は知らなかったんだが、武器輸出3原則は、もう日本の国是ではなくなっていたんだね、武器を海外に輸出していいって、いつ変えたのよ、と思ったわけ。集団的自衛権問題で騒ぎになっていることは、知っていたけれど、武器輸出の禁止が実質解除されてフリーになっていることは、全然知らなかったよ。これでは、軍需産業がまた盛り返すのではないかねえ。僕は一時商社にいたから知っているけれど、軍事産業ほどぼろいものはないいんだよ。喉から手が出るほどほしい商材なんだよ。何故かと言うと、絶えず更新するからいったん売り込めばほとんど次へつながる。額の桁も違う。しかも、よほどヘマをしないかぎり、支払いは政府保証になるから安心なんだ。重機なんかもなんとか工夫して、向こうで兵器になるようにできないか検討してくれと上司に言われた人間も知っているよ。」

「ふ〜ん、驚いた!君が新兵備3原則について知らなかったことにも、そんな裏話があったことにも驚いたよ。」

「そうなんだんだよな、しばらく新聞もテレビも見ずに田舎暮らしをしていたからねえ、様変わりに驚いているよ。」

「ほら、これ、

毎日新聞だよ、昨日の。川内原発再稼働問題に隠れて小さくなっているが、

日英共同ミサイル研究 きょう決定 新武器3原則を初適用
英国と共同研究するミサイルは「ミーティア」と呼ばれ、英国がフランスなど欧州各国と共同開発している。米国が配備しているミサイルに比べて飛距離が長いが命中精度に難がある。このため、日本企業が持つ標的を識別するセンサー技術に英国などが関心を寄せていた。航空自衛隊の次期主力戦闘機F35に、将来的に搭載することを政府は想定している。

平和国家の理念後退が懸念されるとちょこっと書かれているよね、それならもっと大きく扱えよ、と言いたいね。」

「それなんだよ、世の中、ちょっと急転回すぎない?いやあ、それが心配になって、ほんとだよ、どうにも胸騒ぎがしてしようがない、明日戦争が始まったとするね・・・一体、僕達になにができる。デモのひとつも起こせないんのじゃあないのか。ぼ〜と見ているだけじゃあないのか。農ある暮らしもいいけれど、農ある暮らしだけでは、政治も変えられない戦争は止められない、じゃあどうすればいいのか?それを考えていたのさ。」

「それは、僕も考えたことだね。トイレ屋として、今の世の中をどこまで変えることができるのか、トイレの穴から世界が見える、トイレの穴から世界につながる、と思っているんだけれど、でも政治は政治、脱原発は脱原発、戦争を止めることは戦争を止めること、トイレシステムは、トイレシステムなんだよね。根っこは同じっと言ったって、おいそれとすべてが同じように出来るわけではない。それぞれ根を張って力をつける以外にはない。同じようなことを呼びかけ文の相談をするときに、山口市阿東の吉見さんも言っていたなあ。かれは、安保防衛軍事問題は、よく勉強していて詳しかったなあ。それと地元の地域づくりの活動だよね。地域の衰退と若者の雇用と・・・もちろん世の中の軍事色への懸念もある」

「ふ〜ん、やはりみんな悩み、考えているんだ。」

「そらそうだよ、答えは見つかっていないけれどね。」

「7月25日の集まりが、なにか解答になる?」

「さあ、どうだろうねえ。討論が進んで問題の整理ぐらいになればいいのではないの?」

「おいおい、そんなレベルなの?」

「そらそうさ、僕が呼びかけ人のひとりなんだよ、それで心配なら、君が来て討論を引っ張ってよ。」

「ああ、君も僕以上にのんびり屋だからね、考えとくよ。」

「頼むよ、奥さんに追い出されないようにね。」

「ああ、そうするよ。」

参考
愛媛新聞社説
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201407138294.html

毎日新聞装備移転三原則:政府、英国とミサイル共同研究の方針
http://mainichi.jp/select/news/20140717k0000m010175000c.html

朝日新聞 武器輸出「新三原則」を閣議決定 原則禁止を改める
http://digital.asahi.com/articles/ASG41033ZG30UTFK00T.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG41033ZG30UTFK00T




呼びかけを再掲します。
〜〜〜〜〜〜〜〜

新しい運動の立ち上げを呼びかけます。

集団的自衛権の行使の閣議決定。
民意を離れ、憲法さえ無視して、「戦争のできる国」へ暴走する政治。
私たちは、そんな国は望んでいません。
平和で安心して生活することができるよう、今こそ、市民が、主権者として立ち上がり、
この国の政治を、市民の手に取りもどすときです。
ここに、「集団的自衛権の行使を許さない国民運動」を起こすことを呼びかけます。
閣議決定で憲法9条が破壊されたなら、新たな政府により、その閣議決定を取り消せばいい。そのためには、安倍晋三政権の足元からの大国民運動が必要だし、有効です。

 もう黙っていられない、 許せない、と思われる方は、ぜひともに立ち上がろうではありませんか。

運動の骨子案(あくまでも、たたき台です)

  名称 集団的自衛権の行使を許さない国民運動
     ―民主主義・平和・基本的人権を守るー 
  目標 集団的自衛権の行使を許さない
      
参加 個人が、主権者として参加する
   参加費 1000円 (加入時のみ)

活動
 当面 運動の輪を広げるために、意思表明や宣伝活動を行う。
 山口県から運動を起こし、全国にも呼びかける。
政治・選挙にも、主体的に向き合う。

 当面、参加者数1万人を目指す
   

第0回 立ち上げ準備会・相談会

 7月13日(日) 午前10時〜12時)
 周南市市民会館 小会議室  (「原発いらん!山口ネットワーク」で借りています)

第1回 立ち上げ準備会・相談会

   7月25日 (金) 午後6時半 
   山口市白石地域交流センター 講堂
 午後5時から6時まで 定例第4金曜日 上関原発反対の県庁広場抗議アピールが行われ ます。
 呼びかけ 武重登美子 井原勝介 吉見正孝  安藤公門(連絡:080-6331-0960)             
posted by 村のトイレ屋 at 10:06| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

新3要件は、戦争動員のためのペテン(詭弁)




国会論議、14日、15日に「国会休会中にも関わらず開いた」という恩着せがしい言い分だが、だが、ナント情けないこと。
嘘とペテンと開き直り、とくに正面から質問に答えようとしない安倍首相は、「隙間のない饒舌」と問題の核心をはぐらかす手腕だけが際立ってきて、不気味な様相を感じる。言いたくはないが、ヒットラーが乗り移っているかのようだ。

社民党の吉田氏に対する首相答弁は、その典型だ。

「自衛隊員のリスクは増すのではないか、殺すことも殺されることもあるのではないか、それを首相は強制するのか、その覚悟があって言っているのか」という趣旨の質問に対して、

あるともないとも答えないで新3要件を棒読みし、
「国民の幸福追求の権利が根本から覆されるほどのリスクが他にありますか」と声を荒らげて言う場面があった。自民党席だろうか、拍手と賛成の声が聞こえた。

6月30日、7月1日2日とつづいた連日の官邸前抗議行動で「集団的自衛権反対」のマイクを握った若者の掛け声のなかに、「屁理屈言うな」という言葉があって、「へぇ〜、うまいこと言うな」と感心したが、その屁理屈こそ、この新3要件だ。

安倍首相の答弁は、ごまかさずに確認すれば
「世界のどこかで日本の平和と日本国民の幸福追求を犯していると私が判断すれば、そこへ日本の軍隊が行って戦争を行います。国民の幸福を保障するものですから兵士・自衛隊員諸君にはその崇高な任務のために殺しもし、殺されもしてもらいます。その価値は、自衛隊員諸君の命や相手兵士や民間人の命よりも高いのです。そのために日頃から訓練しているのではありませんか」ということになる。

以前は、国民の幸福追求という言葉よりも「国益」という言葉が多く使われていた。(今でも、使っている。)新3要件は、いかにも手垢のついた保守好みの「国益」という言葉よりも、公明党が好みそうな「国民の幸福追求」を多用して目眩ましを行っている。なにか、厳しいハードルを設けているようで実質はなにもない。最後は内閣が(総理大臣が)判断するというもので、海外での武力行使になんら歯止めのない「フリーハンド要件」だ。白紙委任状を要求しているに等しい。

国内の様々な不都合なことを隠し国民の怒りをそらすために(福島の原発事故と放射能被曝の隠蔽が最たるものだ)、また不況の最後の脱却策として、戦争を準備する為政者が、一番、心を砕くことはなにか。

戦争の口実だ。正義らしき旗を立てることだ。嘘っぱちでも名分を立てることだ。
「国民の幸福が脅かされる」・・・この言葉を散りばめることによって、名分を立てようとしているのが、新3要件であり、その刷り込み行為、「嘘も100遍言えば真実になる」というナチス張りの手法だ。
どんな理屈をつけようが、戦争は人々の幸福を(普通の暮らしを)台無しにする。もうこんなペテンにだまされるわけにはいかない。だまされるほど愚かではないことを声を上げて示したい。


戦争をしないことを.jpg


脱戦争ポスター展から転載させていただきました。
http://renounce-war.org/post/91639969233


以下は、呼びかけ文の再掲載です。
新しい国民運動を保守王国・安倍政権の足元・山口から始めましょう。
「始めは全体の半ばである。」
最初の立ち上げの論議に参加してください。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
新しい運動の立ち上げを呼びかけます。

集団的自衛権の行使の閣議決定。
民意を離れ、憲法さえ無視して、「戦争のできる国」へ暴走する政治。
私たちは、そんな国は望んでいません。
平和で安心して生活することができるよう、今こそ、市民が、主権者として立ち上がり、
この国の政治を、市民の手に取りもどすときです。
ここに、「集団的自衛権の行使を許さない国民運動」を起こすことを呼びかけます。
閣議決定で憲法9条が破壊されたなら、新たな政府により、その閣議決定を取り消せばいい。そのためには、安倍晋三政権の足元からの大国民運動が必要だし、有効です。

 もう黙っていられない、 許せない、と思われる方は、ぜひともに立ち上がろうではありませんか。

運動の骨子案(あくまでも、たたき台です)

  名称 集団的自衛権の行使を許さない国民運動
     ―民主主義・平和・基本的人権を守るー 
  目標 集団的自衛権の行使を許さない
      
参加 個人が、主権者として参加する
   参加費 1000円 (加入時のみ)

活動
 当面 運動の輪を広げるために、意思表明や宣伝活動を行う。
 山口県から運動を起こし、全国にも呼びかける。
政治・選挙にも、主体的に向き合う。

 当面、参加者数1万人を目指す
   

第0回 立ち上げ準備会・相談会

 7月13日(日) 午前10時〜12時)
 周南市市民会館 小会議室  (「原発いらん!山口ネットワーク」で借りています)

第1回 立ち上げ準備会・相談会

   7月25日 (金) 午後6時半 
   山口市白石地域交流センター 講堂
 午後5時から6時まで 定例第4金曜日 上関原発反対の県庁広場抗議アピールが行われ ます。
 呼びかけ 武重登美子 井原勝介 吉見正孝  安藤公門(連絡:080-6331-0960)             
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

PDFファイルです。ご利用ください。

集団的自衛権・新しい運動−2.pdf


posted by 村のトイレ屋 at 08:27| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月15日

7月25日山口市)立ち上げの討論に参加ください。「弱くあることは勇気あることなんです」なかにし礼さんの詩。

脱戦争01.png

「脱戦争ポスター展」から転載しました。




事務連絡です。

7月25日の呼びかけ文を一箇所、変更しました。

長期的戦略的には、
   選挙(地方・国政)に主体的に関わり、自ら、政治家を作る。
   安倍政権に替わる、市民が主体となる新しい政治勢力を作る。



政治・選挙にも、主体的に向き合う。

に変更です。

第0回の論議を踏まえてのことです。

お断りしていますように、
あくまでも、たたき台です。
それぞれ、ご意見をお持ちよりください。
先日は、「のんびりしている時間はないけれど徹夜合宿も辞さずの構えで論議しよう」という意見も出されました。燃えて論議好きな山口県民の県民性が出始めたぞ、という感想もありました。

変更後のPDFファイルです。拡散用にご利用ください。

集団的自衛権・新しい運動−2.pdf

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第1回 立ち上げ準備会・相談会

   7月25日 (金) 午後6時半 
   山口市白石地域交流センター 講堂
 午後5時から6時まで 定例第4金曜日 上関原発反対の県庁広場抗議アピールが行われます。

===================================
昨日の国会での論議は、みなさんどう聞きましたか?
私も、集団的自衛権の行使容認の閣議決定の国会論議をラジオで移動中に聞きました。
ようわからんかった。
総理は、鉋(かんな)くずのように言葉を絶え間なく出しているが、セールスマンにもこういうしゃべり方の人がいます、結局、質問には答えないので、よくわからないのです。なにか言っている。それで、みんなが納得したことになって通ってしまう。

それが恐いです。


さて、7月1日を受けて、
なかにし礼さんのインタビューと詩が載っていました。

「弱くあることは勇気あることなんです」

この言葉に感動しました。
私は、自慢ではありませんが高校を5年かけて、卒業しています。
ふたつの高校に通ったのですが、ひとつめは「質実剛健」「文武両道」がスローガンでした。
もう一つは、前身が女学校で、校章が白百合の花で、校訓のようなものはありませんでした。あったかもしれませんが覚えもしませんでした。
後者で、のびのびとほとんど読書と映画の生活を送ることができました。
そのときに、私の気持ちに座ったのが、「軟弱でもいいじゃあないか」という言葉でした。

そのことを、はからずも、なかにし礼さんのインタビューと詩を読んで思い出しました。

与謝野晶子の「君死に給うことなかれ」を想起させますね。
一部を引用しておきます。

泣きながらでも、もちろんいいのですが、笑いながらでもいいのではないかとも思います。

山口県では、その両方共ダメなんだ、もっと真剣に論議せよ、と言われたら軟弱の徒の私は、笑い返すしかありませんけれどね。

でも、しつこく考えて続けます。




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 平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう

二〇一四年七月一日火曜日

集団的自衛権が閣議決定された

この日 日本の誇るべき

たった一つの宝物

平和憲法は粉砕された

つまり君たち若者もまた

圧殺されたのである


(中略)

しかし君に戦う理由などあるのか

国のため? 大義のため?

そんなもののために

君は銃で人を狙えるのか

君は銃剣で人を刺せるのか

君は人々の上に爆弾を落とせるのか

若き友たちよ!

君は戦場に行ってはならない

なぜなら君は戦争にむいてないからだ

世界史上類例のない

六十九年間も平和がつづいた

理想の国に生まれたんだもの

平和しか知らないんだ

平和の申し子なんだ

平和こそが君の故郷であり

生活であり存在理由なんだ

平和ぼけ? なんとでも言わしておけ

戦争なんか真っ平ごめんだ

人殺しどころか喧嘩(けんか)もしたくない

たとえ国家といえども

俺の人生にかまわないでくれ

俺は臆病なんだ

俺は弱虫なんだ

卑怯者(ひきょうもの)? そうかもしれない

しかし俺は平和が好きなんだ

それのどこが悪い?

弱くあることも

勇気のいることなんだぜ

(中略)

泣くことを一生やめてはならない

平和のために!

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 ■人物略歴

 ◇なかにし・れい

 1938年中国・牡丹江市生まれ。「石狩挽歌」「北酒場」など数々のヒット曲を作詞。小説では98年「兄弟」、99年「長崎ぶらぶら節」(直木賞)、2001年「赤い月」。

詩の全文、インタビューは、毎日新聞に掲載されています。
http://mainichi.jp/shimen/news/20140710dde012010004000c.html

posted by 村のトイレ屋 at 06:17| 山口 ☀| Comment(1) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

お集まりください。)7月25日(金)。新しい運動のために。

軍国日本.jpg


「脱戦争ポスター展」から転載させていただきました。
http://renounce-war.org/page/2




集団的自衛権行使の閣議決定に反対し、戦争を止めるための新しい運動を立ち上げようと、昨日周南市で集まりがありました。

第1回準備会のための相談会として、ざっくばらんに意見を交換しました。

私は、安倍政権の足元の県として、運動の高揚は効果が大きく必要である旨の発言をしました。
閣議決定を主導し連日のようにマスコミに登場する自民党執行部は、山口県選出です。
山口県には、反対する国会議員はいません。
山口県には、集団的自衛権行使の閣議決定に反対する決議を上げた議会はありません。
県議会は、改憲論議をすべきという決議をあげて、「安倍さんを後押しする」という姿勢を示しています。リベラルな人の「あんな無茶な手続きで解釈改憲をやってほしくなかった」という声を蔭では聞きますが、主だった声としてはでていません。
戦争への翼賛体制は、こうして地方からつくられていくのだ、という歴史の進行の中に私たちは生きているのだと思います。

声を出し、意志を表明することが必要です。

呼びかけ文は、以下の通りです。
PDFファイルを添付しますので拡散してください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

新しい運動の立ち上げを呼びかけます。

集団的自衛権の行使の閣議決定。
民意を離れ、憲法さえ無視して、「戦争のできる国」へ暴走する政治。
私たちは、そんな国は望んでいません。
平和で安心して生活することができるよう、今こそ、市民が、主権者として立ち上がり、
この国の政治を、市民の手に取りもどすときです。
ここに、「集団的自衛権の行使を許さない国民運動」を起こすことを呼びかけます。
閣議決定で憲法9条が破壊されたなら、新たな政府により、その閣議決定を取り消せばいい。そのためには、安倍晋三政権の足元からの大国民運動が必要だし、有効です。

 もう黙っていられない、 許せない、と思われる方は、ぜひともに立ち上がろうではありませんか。

運動の骨子案(あくまでも、たたき台です)

  名称 集団的自衛権の行使を許さない国民運動
     ―民主主義・平和・基本的人権を守るー 
  目標 集団的自衛権の行使を許さない
      
参加 個人が、主権者として参加する
   参加費 1000円 (加入時のみ)

活動
 当面 運動の輪を広げるために、意思表明や宣伝活動を行う。
 山口県から運動を起こし、全国にも呼びかける。
 当面、参加者数1万人を目指す
   長期的戦略的には、
       選挙(地方・国政)に主体的に関わり、自ら、政治家を作る。
       安倍政権に替わる、市民が主体となる新しい政治勢力を作る。

第0回 立ち上げ準備会・相談会

 7月13日(日) 午前10時〜12時)
 周南市市民会館 小会議室  (「原発いらん!山口ネットワーク」で借りています)

第1回 立ち上げ準備会・相談会

   7月25日 (金) 午後6時半 
   山口市白石地域交流センター 講堂
 午後5時から6時まで 定例第4金曜日 上関原発反対の県庁広場抗議アピールが行われます。
 呼びかけ 武重登美子 井原勝介 吉見正孝  安藤公門(連絡:080-6331-0960) 

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集団的自衛権・新しい運動−2.pdf
     
山口市白石地域交流センター
http://www.city.yamaguchi.lg.jp/cms-sypher/www/section/detail.jsp?id=1398



posted by 村のトイレ屋 at 08:01| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする