2009年07月10日

阿武町に東京混成合唱団>7月12日(日)

7月12日(日)
日本唯一のプロ合唱団、「東京混声合唱団」阿武町特別演奏会。
http://www.town.abu.yamaguchi.jp/sys/topics/detail.php?detailID=720


ある会話(電話)

「すごいね」
「たいしたもんだね」
「山口県内でもないし、西日本全域でもそうそうできないよね」

「地元阿武町の合唱団あぶハーモニーとも共演するんだって」
「今朝の毎日新聞山口版に大きく載っていたね」
「ぼくもいれてもらえないかなあ」
「女性だけのコーラスグループだよ」
「そうなん、残念」

「小さな町なのによくやるね」
「・・・うん、いや、そうじゃあないんだよ、
小さな町だからできるんだよ。
ピアノもいいものをおいているらしいよ。
音響も近在では最高水準らしいね。
でも、なんといっても、町民と行政の熱意だろうね」

「小さいから細かなことまで素早く配慮できる」
「そうかもしれないね」
「音楽を大事にするって親しみがもてる」
「こういう町が好きだね、あったか村もそれで続いているんだよね、きっと」
「そうだね、ありがたいね」




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2009年07月07日

ウルグアイ>スーパーの列と立ち話

ウルグアイから帰って、あったか村に住むようになった西田さんから聞いた話で印象に残っている話題です。

スーパーでの買い物のとき。
レジの係と知人が、世間話をしている。
後ろには、列をつくって待つ人たちがいる。
でも、その立ち話に誰も抗議もしないし、
悪いと思っている様子もない。
そんな風景が当たり前だというのです。

私がその場にたっていたらどんな反応をするでしょうねえ。




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posted by 村のトイレ屋 at 07:29| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月22日

予定のメモ(5月連休前後)

4月23日(木)山口国際文化学研究会で発表 

 「肥溜めと畑の智恵」 山口ケーブルテレビ取材予定
  参加は、オープン。詳しくは、安渓遊地さんのホームページ

4月24日(金)環境の本を読む会 宇部市総合福祉会館 午後6時〜8時半

 第4回 富山和子著『水と緑と土』(中公新書)第4章 現代の水思想
 レポートをうけて感想や疑問を話しあいます。
 水は、毎日飲むもの。これほど大事なものはありません。
 いつも、宇部市の水源・小野湖のことが話題になります。
 聞けば、産業廃棄物処分場の計画があるとか。
 日頃から勉強しておくことが大事だと思います。
 主催:うべ環境コミュニティ 進行役:安藤

4月25日(土)猿舞座(猿まわし一座、村崎修二氏他)公演会

 第1回公演 ちはるえん(特養老人ホーム)(明木、原)午前10時より
 第2回公演 活性化センター(佐々並公民館) 午後2時より
 第3回公演 古戦場公民館前(明木、古戦場集落) 午後4時より
 入場無料、投げ銭大歓迎、申込不要
 囲む会・交流会  伊藤宅 夕方より  会費なし、差入大歓迎
 主催:伊藤丈二 萩市明木村 電話 0838-55-0088

4月26日(日) 小川美農里さん講演会
 1時半〜3時半 宇部カトリック教会

5月4日(月)休日 あったか村共同作業日 椎茸駒打ち(今年最後の時期)

5月5日(火)子供の日 宇部新天町 うべ環境コミュニティ出店

5月10日(日)羊の毛刈りワークショップ 島根県吉賀町 詳しくはここで
 私は、残念ながら親戚の法事で行けません。行きませんか>どなたか  
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2009年04月10日

「空気が読めない」考

最近、「空気が読めない」という言葉をよく聞く。
今日も、ある店で、上司とおぼしき男性が、女性の部下に話していた。
「営業は、空気を読んで相手にあわせることが大事で、いつも一本調子の自分のペースでは、だめなんだよ」と語っていた。

ネットでもよく見かける。
最近気づいたが、この言葉、最初に出たときとニュアンスがちがってきたように思う。「場の雰囲気を知る」と言う意味から雰囲気にあわせて自己をおさえない人間をなにか抑えつけるような圧迫感、脅迫感があるように思える。ネットなんかの使い方をみていると、大勢に順応することを相互監視しているような雰囲気を感じる。

それで思いだしたのは、むのたけじ著『戦争絶滅へ、人間復活へ』だ。「93歳ジャーナリストの発言」というサブタイトルがついている本だ。岩波新書。

第2章従軍記者としての戦争体験のなかに
「自己規制する新聞社」という節があって、次のように書かれてる。

=========
当時新聞社のなかに、特高とかあるいは検閲官が来て「これは掲載できません」「これはだめです」なんて言ったことは一度のありません。新聞社がみずから自己規制を始めてしまうんです。新聞も雑誌も出版も全部そうだった。自己規制をどんどんやるようになる。新聞社自体が、自縄自縛に陥ってしまったんです。新聞社はなぜ反戦運動ができなかったか、と言われますが、できるわけがないのんですよ。」p52
============

当時というのは、太平洋戦争の時代のこと、戦争の末期のことだ。軍部の言論弾圧は直接はなくて、記者たちの自主規制と相互監視、自縄自縛によって行われていたという証言である。

もちろん、軍部の暴力を使ったむき出しの言論規制はそれ以前に左翼や学者に襲いかかっていて、それにおびえてジャナーリスト・新聞記者たちは何もできなくなっていたと考えられる。

そこまでいくと、ある種の相互監視状態がうまれて直接の力づくの規制はなくなるともいえる。
この証言と「空気が読めない」がよく使われる、とくに若者の間で使われている今の社会現象の間になにか関係があるのか、どこか近いような感じがしている。ある種の閉塞感が共通しているのだろうか。

反対に、「空気を読めない」を押し通す、つまり自主規制を取っ払ったところから考えるとどうなるか、そちらのほうに未来への希望というか現状打開力があるように思われる。

次は、そっちの方からこの問題を考えてみよう。



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2009年03月25日

松山からの呼びかけ>放射能による汚染に警報

安渓遊地さんのページから一部引用します。

瀬戸内海が放射能に汚染されることへの警告。
愛媛県議 阿部悦子さんの呼びかけ。

●松山に集まろう)4/28-5/2上関・伊方写真展のご案内
http://ankei.jp/yuji/?n=676 
===========
4月28日から5月2日までの5日間。29日には長島の自然を守る会の高島さんと元「南海日日」記者の近藤さんが会場でお話をしてくれます。

伊方と上関は、たった60キロしか離れていないことをご存知でしょうか。また原子炉2基を積み込んだ空母艦載機部隊が、米軍再編にともなって、岩国に移転してくる計画も進んでいます。まさに、瀬戸内海が放射能まみれになろうとしています。
============

●阿部悦子さんの愛媛県議会で討論

<プルトニウム(MOX)燃料、武装して輸送中>

 さる3月6日未明、機関銃で武装した輸送船が原発のプルサーマル用に加工されたMOX燃料を積み、市民団体の抗議の中、フランスから日本に向けて出港しました。ちなみに機関銃で武装しなければ運べないような燃料は世界中で、MOX燃料以外にはありません。これは燃料の中のプルトニウムが簡単に分離でき、核兵器に利用されることを警戒してのことです。ことほど左様に「プルトニウム」とは恐ろしい物質です。この輸送船は5月には日本領海に入り、やがて伊方発電所にMOX燃料が下ろされる予定です。県民が危機感を抱いている伊方原発でのプルサーマル計画が、いよいよ具体的な形となって動き出しました。

<人類が遭遇した最悪の猛毒物質>

 そもそも原発ではこれまでウラン燃料を燃やしてきましたが、プルサーマルとは、使用済み燃料から抽出したプルトニウムをウランに混ぜ合わせてMOX燃料を作り、今までと同じ炉で燃やすことを言います。「プルトニウム」というのは、「人類がこれまで遭遇した最悪の猛毒物質」だと言われるもので、ウランの250倍も爆発しやすいことから、核兵器の材料になっています。
==============

以下は、下記で全文を是非お読みください。

安渓遊地さんのサイト
http://ankei.jp/yuji/?n=677






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posted by 村のトイレ屋 at 07:38| 山口 | Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

意欲的な二人展、山口市で

友人二人が、展示会を開きます。
是非、どうぞ。

===============================


大学院の修了に向けた創作活動の発表・展示です。

FiFth art and design exhibition
dimension

  とき:3月20日(金)〜22日(日)
    10時〜20時 20日のみ20時〜22時

  会場:山口市民会館展示ホール
        山口市中央町2丁目 TEL:083-923-1000
       入場無料

  出展者:谷川敬二郎  眞鍋 廣亜貴
   (山口県立大学大学院 国際文化学研究科1年)

  主催:山口県立大学 井生研究室(プロダクツデザイン)
       TEL&FAX 083-928-5491

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posted by 村のトイレ屋 at 14:40| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月19日

湯布院の野焼き事故

4人の高齢者がなくなったという。
70歳を越える人たちです。
胸がつまります。

それと同時に、いま日本では、国土を守る事業は
林業や農業を含めて、高齢者の肩にかけてしまって
いるのが現状なんだと思い知らされます。

イギリスから来て日本の田舎に住みついている知人がいます。
彼に言われたことがあります。

「日本では、都会で若者が遊んでいて、田舎では老人が草刈りをして
いる。刈払機を背負って田畑や山の草刈りをしている人を見ると
日本は、老人に冷たい残酷な国なんだ、とおもう。
あんな作業は、わかものか山羊にさせるべきよ。
イギリスでは草刈りは羊の仕事よ」

今度の湯布院の事故、
彼になんといわれるか、
いやそれ以上に、農山村の国土保全を高齢者に任せっきりにしている
私たち自身のことを思って気が重くなります。

別に、湯布院や阿蘇や秋吉台などの観光地のことだけでなく
都市近郷など身近な里山の現状としてどうなのか、
なにか有効な手だてはないのか、強く思います。
まちから村へ、水源地の森林、景観を守ること、遊休農地の手入れ、
いっぱいやることがあります。
そのほとんどのことが、楽しいことばかりなのです。
でも、やる人が少ない。
なにかの仕組み、ちょっとした手だてではないのか。

里山再生の流れを大きくすること。切迫していることを感じます。


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2009年03月13日

蜜蜂が減っているそうだ

蜜蜂の減少、最近聞くことが多いです。
アメリカでは、蜂群崩壊症候群と表現されているそうです。
日本でも、今朝のテレビのニュースでは、受粉を必要とする農家が、
蜜蜂群を購入するのに、入手が難しくなっていると報道していました。


理由は、いろいろ考えられるそうです。
でも、結局はわからないと言っていました。
農薬漬けの畑、化学肥料で変質した土地
アメリカからはじまっていることが暗示しているように思います。
遺伝子の変質もかんがえられるとか。

蜂から人への警告、ルイチェル・カーソンの『沈黙の春』が現実化しているのではないか、心配です。
農薬や化学肥料を使わない一帯に、花を目的に植えること、
蜜蜂が好むという雑木林を増やすこと、
部分的なエリアでもやってみようと思います。



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2009年03月11日

カーネル・サンダースの呪いの解けるとき

阪神タイガースファンに朗報!
呪いが解け、今年は日本一間違いなし!
・・・ビッグニュースですね〜。
でもなあ〜。

1985年10月、阪神タイガースの優勝の年、
道頓堀川、戎橋からに放り込まれたままの
サンダース人形。
3月10日夕方、遊歩道整備工事のため
もぐっていたダイバーが見つけたという。
橋から、200m西に行っていたそうです。

24年間で200m流れていたことになります。
年間約8.4mの移動。この流れは、速いのか遅いのか、
ヘドロも川底に溜っていることだし、
他の投棄物もあったことだから、さぞや動きにくかっただろう。
画像では、笑顔をさすがに絶やさないが、トレードマークの黒縁老眼鏡は失われ、傷ついた服、シミの深くなった顔にその苦労がしのばれます。
今度見つかったのは、上半身だけで下半身とは、ばらばらにされたままです。

『千と千尋の神隠し』の川からあらゆるものが渦をなして上昇していく場面を思い出しますね。
他にもいっぱい発見もあり、ひきあげられたものも多いにちがいないでしょう。

阪神タイガースのファンは、これで呪いが解けたと期待するでしょう。
私だって、昨年のあんな最後のどんでん返しはもう見たくない。
でも、冷や水を差すようですが、これだけでは、呪いは解けないでしょう。
呪われているのは、阪神タイガースとそのファンだけでなく、大阪の住民全部ではないかと前から私は思っているからです。

屋久島の詩人、故・山尾三省さんは、
家族にあてた遺言で、1番目に
「うまれ故郷の神田川の水が飲めるようになること、
そして人と水の関係が文明の最初に戻ること」をあげています。
「神田川と全国すべての川の水が飲めるようになる」
そんな川を取り戻したとき、都市は再生する、
と死をまえにして家族に言い残しています。

機械・薬品・エネルギーを使った高度な水処理・浄化法ももちろんあるでしょうが、
私の理解では、根本は、「川が流して捨てる場、モノの捨て場、排水路」であるとする考え方から卒業することが必要と思います。
それでこそ、「水の飲める川」「生物の生きていける川」「子供の泳げる場」になると思うのです。

橋から川へ若者が飛び込んでも、泳いでも、飲んでも何の心配のない川になったとき、すべての呪いが解けるでしょう。そのときは、私も大阪に駆けつけ一緒に橋からとび込んでみようと思います。
「えっ、あんさんにそんな体力が残っているんかいな?」と
いわれそうですが、それには、
「そんなもん、鍛えかたでなんぼでもなるやろ、まず優勝してくれや」
と答えておくことにします。


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posted by 村のトイレ屋 at 07:22| 山口 ☀| Comment(2) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

地球―人間=地球の平和


危ないは地球ではなく人類だ(瀧田眞佐子さん)

毎日新聞の中畑流万能川柳
その年間大賞に輝いた句です。
準大賞は、
生き生きと漁を手伝う不登校(小田八千代さん)
で、私は、こっちも好きですね。

自然環境問題、本当は地球はたいして困っていないかもしれないと言う発想ですね。
温暖化だって、困るのは人間だろう
地球自体は、マグマが地表で燃えていたときもあったし、
氷河期だって地球は、乗り切ってきたというわけです。

引き算の思想からいうと、
引き算の思想とは、足すのではなくてなんでも引いて見るという考え方ですね、この装置には電力がいる、普通だと電力がすくなくなるにはどうすればいいかを考えます、でもこれは引き算としてはまだ不徹底です、電気がなくてもやっていけないか、ここまで考える、
私の場合はそれで、水処理装置で「肥溜めと畑」の農家の智恵、江戸のエコロジーに辿りついたわけです。
詳しくは「村のトイレ屋」をみてください。
http://www1.neweb.ne.jp/wb/tss-west/

閑話休題(それはさておき)

この句を読んでおもったのは、
どこかで知った次の式ですね。
地球―人間=よい環境

地球上に人間さえいなければ、地球は調和のある環境を自然に
保っていくだろうよ、というものです。
人間がいなくて困るのは誰か?
家畜たちは困ってしまうだろうか?
山羊や羊はどうするだろうか。
う〜ん、彼らは野生化してなんとか生きていくのではないか。
犬と猫もそれぞれ先祖帰りして、野性の仲間に戻っていくだろう。
都会のネズミやカラスは、やはり苦労するだろうなあ、
でも、彼らは智恵者だからなんとかしていくようにおもいますね。

アフリカやオーストラリアの自然公園は、なくなるわけだから
自然に元に戻るだろう。
石油や石炭も掘られることなく、保たれている。
もちろん、燃焼されないのだからCO2問題は、生まれない。
原発なんて人間のうみだしたものだから事故を心配する必要はない。
核兵器もないのだから放射能汚染もない。
そして、なんといっても、人間がいないのだから戦争がいっさいない。
戦争のない平和な地球。
植物や動物にとって、これはどんなにありがたいことか。

こわいのは、地震と台風と大雨などや洪水。
でもこれは、人間がいてもいなくても起る問題ですね。
洪水で都市が被害にあったとき、「森林を荒した人災の結果」だといつも
指摘されますね。人がいるから起っていることもあるわけですね。

地球に人間があらわれてつくりあげたもの、
農業、工業、村とまち。文明と大都市。住宅。
「考える葦」と呼んで(自画自賛して)つくってきた本、図書館、学校、コンピューター。知の蓄積物。絵画や音楽、芸術の数々。
「トイレを使うのは人間だけだ」と自慢している私たちの業界はどうか。
もちろん、そんな仕事は必要なくなるわけです。膨大な下水道配管は不要。動物たちは、発生源で処理して、排泄物は土壌に戻し、自然と一体になっています。人間がいないのだから、トイレ屋は当然廃業です。
これはやや寂しいですね。

地球―人類=地球の幸福 ってことでしょうか。

迷惑な存在としての人間。
ここまで考えるとなんだかもう生きる意欲がなくなってきますね。
困った。これが、引き算の思想の困ったところです。
あれもほしい、これもほしいといっていきていくのではなく、
肩の力を抜いて、まあ、あまり迷惑をかけないように(どうせ存在が迷惑なんだから)、スローに生きていきましょう、となってくるわけです。
まあ、ようわからんが、のんびりいこうよ、となるわけですね。


みなさんは、この句を読んでどんなことを考えましたか?

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posted by 村のトイレ屋 at 07:48| 山口 ☀| Comment(2) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

蚊のいるところ・いないところ

最近、寝る前に狂言の台本を読んでいます。
その中に、「蚊相撲」というのがありました。
面に「こより」をつけて、蚊にみたてています。
こよりが、刺す針ということのようです。

この蚊と大名が相撲の勝負をします。
そのとき、蚊の苦手なものは風だと言い、
太郎冠者に扇をつかって、あおがせます。
このあおぎかたの滑稽味がこの狂言のポイントだと
解説にあります。

それはさておき、このときふっと思い出しました。
先週の土曜日、田舎暮らしを求めて周南市鹿野地区に
入ろうとしている人から、「山荘にふさわしいトイレと水処理を求めているのだが」
という相談をうけて、ついでに予定地の近くを案内してもらったときのことです。

田舎暮らしをすでにされている人の山荘に何軒かお邪魔しました。
ログハウス、水車、バラの門、山の石の利用、紅葉の移植などみなさん工夫していました。
一通り見て廻って、その人は次のように言いました。
「夏、このあたりにきたとき、
ある家は、蚊が全然いない。
別の家では、車から降りたところで猛攻にさらされて困った。
この違いはどこからくるのだろうか?
なにか知っていることはないでしょうか」

同じように、渓流の側にたつ山荘でした。
トイレは、どちらも汲取り形式。
動物をどちらも飼っていません。
両方とも、近くに牧場も牛舎もありません。
これらの条件では、ほぼ同じ条件です。
ハーブの類を植えているとか、植栽がなにか
ちがうのだろうか?
考えたがわかりません。

狂言の蚊相撲を読んで、このことを思い出したのは、
風に蚊が弱いということを読んで、風通しが関係しているのか
と考えたのですが、今思い起こしてふたつを比べてみると
どちらも風の通りに問題はないようです。

山の中で作業していて困るのは、蚊です。
虻(あぶ)とかブトも寄りつかれても、うれしいものではありませんが、
蚊は刺されて痛いのもあるけれど、気分的に勝てそうにない。
ネットと山用の蚊取り線香が必要になってきます。
蚊が全然いないところがあると聞けば、うらやましく
その条件はなにか知りたくなります。

室町時代の人もよほど蚊に困っていたのでしょうねえ。
相撲の相手に蚊を設定するなんてなんておもしろい発想
なんだろうと感心します。
でも、どんな「蚊相撲」もあまりとりたくないので、
夏がくる前にもう一度、蚊の全然いない山荘にお邪魔してみて、
条件を探ってこようと思います。
それと、なにかご存じのことがあれば教えてください。



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2009年02月14日

生ゴミはミミズに

私は、ミミズにお世話になっています。
向うがどう思っているかは、別にして私自身は、
ミミズは、友達だと思っています。
汚水を土壌で処理する・還元するにあたって、
ミミズが陰に陽に働いていて、とても大事な働きをして
いるからです。

さて、そのミミズについて昨日の毎日新聞山口版に大きく
掲載されていたので、早速お話を聞いてきました。
山口市の来栖さんという方です。
とても有益ですばらしいお話でした。
●一番すすめたいことは、「生ゴミの処理をミミズに任せる
こと、このシンプルな方法を普及させたい」と語っていました。
電力を使う複雑なコンポストではなく、ドイツ、アメリカ、
オースートラリアでは日常に見られる方法を日本で普通に
使っていけるようにしたい、ということでした。
●器材・ミミズの販売が目的でなくて、研究会とや同好会
として仲間を増やし、輪を広げたいということでした。
●ミミズのコンポストは、自力で簡単につくれるそうです。
また、液体がとれます。液肥としてとても効果が高いそうです。
さらに、ミミズがつくった堆肥もとてもすばらしいそうです。

私は、あったか村で子ども達にミミズの生態を知ってもらう
プログラムをつくってみたいと思っていました。
この道の偉大な先学・ダーウインには及びませんが、どこ
かでミミズの観察をして、子ども達に紹介し、つきあって
もらいたいと希望していました。
ミミズによる生ゴミコンポスト再開しようと思います。

参考:山口ミミズの会:ミミズを使って生ゴミ→堆肥に 山口の来栖さんが設立 /毎日新聞 2009年2月13日 山口版======= 一部引用=======
 ◇環境に優しい暮らし提案
 ミミズによる生ゴミ処理で、ゴミの減量と堆肥(たいひ)づくりが実現できる“環境に優しい暮らし”をしてみませんか−−。08年4月、「山口ミミズの会」を立ち上げた山口市の保険代理店経営、来栖勝正さん(69)は「無臭で、市販の生ゴミ処理機のように電気代もかからない」と、ミミズの輪を広げようと呼び掛けている。【大村健一】
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2009年02月12日

狂言

狂言は、室町時代に成立したという。
肥溜めと畑の関係をつかった農業も、
室町時代にほぼ原型ができたのではないか、
といわれている。
そこで、狂言のなかに、肥溜めや糞尿をテーマにしたものはないか、調べているがまだみつかっていない。
もともと、ないのかもしれない。
一説には、徳川幕府のお抱え狂言師の時代に、「品がない」
といって切り捨てられた可能性もあるとのことだ。
火野葦平の「糞尿譚」も芥川賞を受賞するときに
「お座敷に出せない」と言って反対した選考委員もいたそうだから
ありうる話だ。
能のサイドからクレームがつくこともありうる。

ところが、最近、新作狂言「スーパー狂言三部作」(梅原猛原作)を知った。そのひとつに「王様と恐竜」というのがあり、人類滅亡の瞬間、それを防ぐ選択がみっつのボタンで示される。そのひとつが、どうも糞尿らしい。
どんな展開と結末なのだろうか。近いうちに手に入る。楽しみだ。

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2009年02月06日

動物の腸は、植物の毛根と同じ役割をはたすもので
もともと外部から栄養を吸収していたものを、
内部化したものと言ってよいようだ。
そんなたとえを大蔵永常著「農稼肥培論」でしているそうだ。

内部化といっても、栄養物は口腔で砕かれさらに胃で
吸収しやすいようにはされているけれど、
まだまだ血管に送られていけるものではない。
腸の段階では、まだ外部といってもいいかもしれない。
自然と人間の接点は、皮膚だと思いこんでいたけれど
栄養摂取という点からは、腸あたりに外部があるとみていいようだ。
下痢をしたときなどの排泄物をみると、ほとんど食べ物の原形に近く
確かに腸は、外部世界との折衝役なんだと思われる。

栄養摂取と排泄という点からみれば、人間は、センターに管をもつものだ。
単純化して、人間は管だといってもいいかもしれない。

でも、腸内で諸器官から送り込まれる酵素などの成分で吸収されやすいように分解されるとして、それは形を変えただけで、もともとの外部的な自然素材としての性格をまだもっているのではないか、
自然のままと私という人体の一部になったときとは、どこで境界をひくことができるのだろうか。言ってみれば人間と自然の境界線の問題だ。
血液だって、それを運ぶ血管、私の体を支える骨格、連結してバネにもなる
筋肉も、私のもの・人間側といえるけれど、その成分は自然そのものだ。
区別できないことになる。区別が無意味だということになるかもしれない。

自然と人間(人体)は、実は区別など本当は全然なくて、人間は自然のごく一部にすぎない、ほんの一部腕を動かしたり足を使って歩いたり、脳をはたらかせたりして、自分の意志で行動して自己ヘゲモニーがあると思っている。それも時間が至れば個体としては動きをストップして、単純物理的な物体になってしまう。それがわかっているのに、あたかもそうではなくて、人間は自然とは切り離された別の存在であり、自分という自然を動かし(それさえ思うようになるのはごく一部なのに)、周囲を変え、大地を思うようになると錯覚し、地球さえコントロール下においたと見誤った。勘違いした。

人間も多くの植物と同じように、もう一度、形の上では体内にある腸をその本来の形、外部にはっきりと出して、しかも植物と同じように、間に介在するもののない大地との直接接点をもったらどうだろう。腸は、根となってもういちど土に張りついて毛根を張り巡らせ固定されるのだ。
ときがたてば、光合成も可能になるかもしれない。
太陽からはエネルギーを、大地からは栄養を得て生きてことになるだろう。

それでなにか不平があるだろうか。


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2009年02月05日

「車は売れすぎだったのよ」

自動車業界の売行き不振が連日伝えられています。

ある道の駅の野菜売り場で、ある人との立ち話。

「だいたい、売れすぎだったのよ。
一家に2台も3台も・・・この間行った田舎の親戚じゃ大人はみなもっていて庭中車だらけだったわよ。毎日、何の集まりがあるのかと聞いたら
いえ、特別にだっていうんだから驚いてしまったわ」

「それああ、奥さんは軽にしているとか、作業車は軽トラにしているとか
言っていたけれど、まちに働きに出る若い衆は、やはり流行の車が欲しいと
いって、・・・いつも新車だもんね」

「不景気というより正常に戻っていると思えばいいのよ、3年後に景気が戻るなんて、信じる方がアホよ。分にあった生活からはみ出ただけ。私なんかは、もともと貧乏暮らしが性にあっているから、最近はずいぶん気が楽よ。
もったいないとかエコとかかっこつけずに貧乏していればいいのよ。
働いて身体を動かして、自分の分は自分で作って食べる。あまればこうして店に出す・・・それでいいのよ。車も乗り合いか歩けるところは歩く。
地産地消・・???・ほらまたかっこうつける・・・どうでもいいのよそんなことは。」

「車が減ると交通事故が減っていいわよ、道路も作らなくていいし・・
・・若い人の仕事がなくなる?・・畑があるんだから自分で作って食べればいいんよ、戦後すぐにはそうしていたんだから、すぐに覚えるわよ」・・・


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2009年01月16日

上関原発講演会

「市民による市民のためのエネルギー講座」
 とき:1月18日午後6時
 ところ:光市光井の光市総合福祉センター あいぱーく光
 講師:元慶応大学教授、藤田祐幸さん
 「もし上関原発で事故がおきたら」のテーマ。
 主催:原発いらん!山口ネットワーク(武重登美子代表)
 連絡先:0834-68-2834(三浦さん)

詳しくは、ブログ「上関原発最新情報」で、
http://new-k.livedoor.biz/archives/377493.html

藤田祐幸さんのインタビューサイトがありました。
http://promotion.yahoo.co.jp/charger/200704/contents05/theme05.php
印象に残った部分をメモしておきます。
里山の再認識に話が及んでいることが、とても興味深いと思いました。
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原子炉のメンテナンス、掃除はどうやるか知ってますか? 発電所の原子炉は1年に1回程度運転を停止して定期点検や補修をします。停止直後の炉内は放射能汚染がすごいから、重装備でも被曝する。だから、電力会社や発電機メーカーの人間が最初に入るんじゃなくて、日雇いのようなシステムで肉体労働者が中に入って、雑巾で放射能を拭き取ることから始まるんです。労働者の「ノルマ」は被曝量。つまり、被曝量が一定レベルに達すると解雇される。原発問題は、安全や電力需要という以前に、人間の尊厳に関わる問題なんですよ。
・・・・・
たとえば、冷やすために50年間放置するという計画を決めた人間で、50年後に責任ある立場にいる者はいないでしょう。核開発そのものが、人間のライフサイクルを無視したものなんです。核に手を染めたこと自体、人類の傲慢だったのかも知れません。
・・・・
火力発電では、ジェットエンジンのような内燃機関を使い、さらに廃熱でタービンを回す効率のいい技術が開発されています。そもそも、古くからの日本にあった「里山」って、生活のためのエネルギー基地だったんですよね。植えた木はおよそ10年で燃料にできるまで育つ。育てた木を切って燃やすのは、地球全体としては炭酸ガスの量は変わりません。各家庭に燃料電池が普及したり、再生可能なエネルギーを活用した発電技術が進めばいいのですが、そうなると電力会社は存在理由を失って、原子炉の後始末は誰がするの? ということになりかねないことでもあるんですけどね。
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posted by 村のトイレ屋 at 20:08| 山口 ☔| Comment(1) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

愛農高等学校

キリスト教系
全国で唯一の私立農業高校、三重県。
http://www.ainou.or.jp/gakuen/index.htm
有機農業、畜産、林業の各学科。
経営母体は、愛農会。
ネットワークがすばらしい。

中学校のときにこんな学校を知らされたら
きっと進学していただろうと思った。


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posted by 村のトイレ屋 at 22:35| 山口 ☀| Comment(3) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月18日

190m3/秒

昨日、六ヶ所村ラブソディの映画とトークライブに参加した。
そこで知った上関原発の温排水量は、190m3/秒だった。
これは、どんな量かというと・・・う〜ん、・・・
冨田貴史さんによると、広島・太田川2本分だということらしい。
問題は、瀬戸内の海の中で、冷却水として使われ、加温されたこれだけの量の水が流される影響だ。
しかも、使用する海水を取り込むときすべての生物を殺すために塩素消毒するという。
伊方原発(愛媛県)が稼動しただけでも、「宇部近海まで影響がでている」と語る漁師もいるそうだ。


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posted by 村のトイレ屋 at 23:49| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

飲水思源

  環境の本を読む会のご案内(再掲載)
   (うべ環境倶楽部読書会)
    
とき:12月17日(水)夕方7時〜9時
ところ:宇部市恩田 宇部市野球場 第2会議室(入口右) 
テキスト:富山和子著『水と緑と土』(中公新書)

詳しくは、こちら。

 中国で古くから言われていることに、「飲水思源」ということばがあるそうです。水を飲む人は、その源に思いをいたせ、という意味です。旧建設省のすぐれた河川技術者だった故・関正和さんが、『大地の川』という著作で紹介しています。(草思社1994年、同書、184ページ)

 「流域住民が自らの水源地である上流地域のことをおもいやり、また排水先である下流地域に思いを馳せることが重要である」と指摘しています。
 この本では、川の自然な曲線に従うべきだとして、「川のデザインには定規を捨てて」という当時としては、ユニークな主張もされています。従来の反省にたって、河川行政に環境の観点が持ち込まれたのは、私の記憶では、1990年代の中頃です。はっきりと河川行政が変わりはじめたのを感じました。当時、私は、河川公園の公衆トイレの工事を手伝っていて、知ることができました。関氏の本は、そのあらわれだったと思います。

 富山和子著『水と緑と土』が出版されたのは、1974年。
 河川に対する人々のかかわりの根本的な態度の変更を訴えています。
 当時の警鐘と今の現実はどうなのか。
 そんなことを比べながら、一緒に読んで検討してみたいと思います。
 よかったらご参加ください。


 
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posted by 村のトイレ屋 at 22:37| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

お知らせ>うべ環境倶楽部の読書会

うべ環境倶楽部では、活動のひとつとして、
テキストを決めて読書会を開くことにしました。

    読書会のご案内

とき:12月17日(水)夕方7時〜9時
ところ:宇部市恩田 宇部市野球場 第2会議室(入口右) 
テキスト:富山和子著『水と緑と土』(中公新書)
 1974年発行され、川と水をはじめ日本の伝統的な自然観を再認識させる本 で、息長く読まれている古典的な名著です。
主催:うべ環境倶楽部 事務局 西村 0836ー31ー2026
    進行 安藤(学生:山口県立大学大学院、安渓遊地ゼミ)
費用:会場費実費(100円程度)、テキストは、自前。

基礎的な環境の勉強をしていこうという趣旨です。
もともと、有吉佐和子著『複合汚染』を月例の会議で
読んでいたのですが、時間が足りなくて、読書会に集中して開いた方が
いいだろうということが、はじめるきっかけです。
本を読みあい、感想を語り合いながら、いろいろな話題についても
話しあっていければいいなあと思っています。
運営方法も、これから参加者によってつくりあげていきます。

会員だけでなく、どなたでも参加できます。
宇部市近郷で、環境について関心があり、
相談しあえる仲間を求めている方、
若い人で基礎的な勉強をしてみたい方、
定年後、世の中の役にたつことをやってみたいと思っている方、
ご自分の蓄積をいかしたいと思っている方、
是非、ご参加下さい。
お待ちしています。

問合わせ先:うべ環境倶楽部事務局 西村 0836ー31ー2026
E-mail 読書会進行係 安藤 soilandあmb.neweb.ne.jp
         あ を @ に変換して送って下さい。


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posted by 村のトイレ屋 at 23:36| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする