2011年11月30日

15年間、お金を使わない生活

荒唐無稽か、インチキかと訝ったが、
読んだら現実性のある話だった。

1,考え方、コンセプト、
2,「譲りあいセンター」と言う場所と仕組み
3,継続する信頼関係

地方都市や都市近郷の農村地帯ではどうか、


あと必要なのは、無料の医療機関だ。
ただで見てくれる医者だ。

それと旅行ができないかもしれない。
それはどうしているのだろう。



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http://rocketnews24.com/2011/07/11/111350/

LIVING without MONEY 




そんな彼女の人生に大きな変化が訪れる。1989年、2人の子どもを連れてドルトムント市に引っ越したときのこと、彼女は多くのホームレスの姿を目の当たりにし、衝撃を受けた。彼らのために何かできないかと思案した末に、1994年「譲り合いセンター(Give and take central)」を設立する。

これは、お金を使わずに価値を交換する施設である。たとえば、古着を台所用品と交換できたり、車に関するサービスを提供する見返りに、配管サービスを受けられたりなど、価値と価値を交換することができるのだ。この施設は、数多くの失業者の助けとなり、彼女のアイディアを真似した施設が、ドイツに多数誕生した。

お金にはならなくても、知恵や技術を持ち合わせた人が集まることにより、お互いを助け合うコミュニティが形成されたのだ。

この成果から、彼女は暮らしていくのに、「お金」は本当に必要なのだろうか? と疑問を抱くこととなった。自分が欲しいもののために、相手に貢献することこそ、本当の仕事だと理解したのだ。

そして、お金のためだけに働くことが、精神的・肉体的に苦痛を伴うとはっきりわかり、施設設立から2年後に仕事を辞めることなる。さらに、子どもが大きくなり家を出て行くと、不要なものはすべて廃棄、アパートさえも引き払ったのだ。

お金を手放し、仕事を手放し、家さえも手放した彼女。しかし暮らしていくのにはまったく困ることのない、自由な生き方を手に入れたのである。当初は1年間だけの実験であったはずが、すでに15年間も続けている。

彼女が暮らしていけるのは、「譲り合いセンター」があるおかげだった。ここに物々交換所であるだけでなく、宿泊施設も備えていた。さまざまな雑用をこなせば、寝泊りすることができる。また、彼女を迎えてくれる家庭も少なくない。というのも、施設を作ったおかげで失業者たちは自らの技能を活用できるようになり、また出版したおかげで、豊かな生活を送れる人が増えたのだ。彼女に感謝している人の数は計り知れない。


中略

そんな彼女は普段、スーツケース1個で生活している。必要なものはそれだけ。緊急時のために200ポンド(約2万2000円)を蓄えている以外は、すべてのお金を寄付している。著書やドキュメンタリー映画の売り上げもすべて寄付しているそうだ。

1つだけ問題があるとすれば、それは健康保険を支払っていないため、病院に行けないことだ。病気やけがの心配があるのだが、彼女は自然治癒力で、治すと豪語している。


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posted by 村のトイレ屋 at 09:06| 山口 ☁| Comment(2) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

言葉遊び ひじり

聖 とは、ひじり と読む。

日を知るもの からきたそうだ。

草を刈ったり、畑を耕したり、種を蒔いたり、刈り取りをしたり。
そんな適期、良い日を知って、人に教える役割からきたそうだ。

そこから、今使われている「エライ人」「徳の高い人」「徳の高い僧」にどうやって変化していったのだろう。

漢字をみると聖という字は、耳と口の王様だ。
情報を耳で集め、口で人に伝える能力が、ナンバーワンということか。

いや、そういう能力をつかって人の働きをかすめ取り王様になったとも解釈できる。手と足を含んでいないのだから自給自足論からするとなにか不可思議だ。
やっぱああ人間は、手と足を使って汗水垂らすのが、当たり前だろうに。
これは、安藤昌益流の理解につながろう。

では、手と足は、どうなっているかと字を探してみると
捉 という字があった。手と足だけで構成されている。

とらえる
と読むのだ。取り押さえる、獲物をしっかりつかまえる、と辞書にはある。手と足だから、くっついて「はたらく」「たがやす」という意味のほうがいいように思うが、そうではない。狩りの時代の習慣から来たのだろうか。

面白いものだなあ。
と、まあ言葉あそびの息抜きでした。




posted by 村のトイレ屋 at 10:25| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

なにも起こっていないことこそ「奇跡」

最近、朝、なにもなくて普通に目覚めることに、とても感謝している。ああ、今日も無事始まります、ありがとうございます、と声に出していう。
寝る前には、今日一日、地震も原発事故もなくありがとうございました、と言って眠りにつく。

岩手県の陸前高田市をはじめ被災地に4月、5月、9月と3回、各5日間行って、地震や津波が西日本で起こっていないことを本当にありがたいと思うようになった。昨日に続く今日の平凡な繰り返しがあることに深く感謝するようになった。さらに福島県の東電第一原子力発電所の事故と放射能災害が、その後起こっていないことを心底ありがたいと感謝している。

だが、同時に、今、大災害がその後起こっていないことこそ「奇跡」という意識が絶えずある。3・11は、厳として起こった。今後起こらないという保障は、どこにもない。3.11が、100年に一回、1000年に一回ののことではなくて、だから、私の生きている間はこれで終わりということでなくて、いつ起こっても文句はいえないという認識がある。明日、いや今起こっても不思議ではない。

こういう時代には、ふたつのことを念頭において生きていくのがいいのではないかと最近は、考えている。

ひとつは、自分のライフワークとそれに基づくことがらをコツコツとやり続けることである。いつ、大事故で中断されるかはわからない。でも、一日にできること・一人分の作業を行いつづけることである。

もう一つは、最悪の事態を防ぐために相応の力をそそぐことである。地震はやむをえない、その対処策を練ることとそのために発生する原発事故と放射能災害は防ぐことである。原発を全部廃炉にすることだ。

そんな腹づもりから、糞尿資源に関する本を読んだり考えたりすることを休まず続けたいと思っている。また、脱原発の取り組みも自分にできる役割を果たしたいと願っている。

来年の3月18日(日)に原子力の専門家で40年間、原発の危険性を訴え、原発と核の利用に反対し続けてきた小出裕章さんを宇部にお呼びしてお話を聴くのはそのためである。




posted by 村のトイレ屋 at 23:22| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

住んでる市に知らないところがある

今日は、荷物運びをした。
福島の子どもたちにつながる宇部の会で、事務局が
福島から避難して来るご家族に生活道具を揃えるため、市民の皆さんに提供をお願いした。

その申し出をいただいた方々を訪問して車で運んだ。軽トラだ。渡された住所を調べて訪ねて行き品物をいただく。あらかじめ用意されているので、ただ事故のないよう運ぶだけだ。
大きいものには、テーブルセットがあった。立派なソファもあった。
また、トイレットペーパーやキッチンペーパーを揃えて下さった人もいた。ありがたく運ばさせてもらった。
5軒まわったが、全部、知らないところだったのには驚いた。
幹線道路は、走ったことはあるが、奥へは入ったことがなかった。

私には、昔から、新しい都市に入ると胸がどきどきする癖がある。若いころバイクに乗っていて未知の街の街路樹の道を入るときなど興奮したものだ。今でも仕事で遠くへ行くときは、行ったことのない地域を必ず通るようにしている。まあ、寄り道、道草の習慣。

が、今日、予想もせず、そんな雰囲気が蘇ってこようとは、不意をつかれた。へぇ、こんなまちがあったんだ。帰って妻に聞いたら、今の宇部市街地が海か砂浜だった頃、すでに集落だった昔からの土地だという。小さいゾーンでも知らないところに行くのは、いいものだ。自分流、探検コースを地図でつくってみよう。
でも、まあそこまでしなくてもなにやかや用事をこなしていれば、まるっきり知らない地域にまだまだ遭遇するかもしれない。その楽しみは、とっておいたほうがいいかもしれない。
posted by 村のトイレ屋 at 21:07| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

TOTOトイレ川柳

今年も恒例。

節電の句が入賞。

私は、

平凡に トイレを使う ありがたさ (アベチャン 様)

あるんだな おちつくひろさ というものが (耕直 様)

のふたつが、いいと思ったが、佳作だった。

TOTOトイレ川柳
http://www.toto.co.jp/senryu/2011/award.htm




posted by 村のトイレ屋 at 15:17| 山口 ☀| Comment(2) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

水戸黄門はもう終わったのか?

ある会話。
銭湯のサウナで。
2011年7月某日。思い出し記録、へちまや。
山口弁は、標準語に変換。



「テレビの黄門様は、もう終わってしまったらしいね」
「いや、キャストを変えてまた半年後に再開されるんでないの?」
「どうも、そうでもないらしいよ」
「へぇ〜、それは寂しいね」
「山口にも、一度は来ると思ったがねえ」
「そうだねえ」


「うちの子がねえ、もう30越えたけれど、」
「ああ、学校につとめているんだってね」
「そう、そいつがねえ、世の中には悪い人間がいるんだってこと、この水戸黄門で知ったんだって」
「ふーん、ボクなんかは鞍馬天狗かなあ、悪い人間と正しい人間がいると思ったのは」
「俺は、ジャンバルジャンだねえ、三銃士もそんなんかなあ」
「やっぱ、勧善懲悪は必要と思うよ、単純なことだけど、白黒ははっきりさせないとね」



「でもさあ、水戸黄門の印籠って、これからもっと役に立つと思わないかい」
「そうかもね」
「う〜ん、たとえば山口県庁に行ってね、祝島の民の苦しみをなんとこころえる!ってやるんだよ」
「県知事の部屋でかい?」
「そうだよ、並み居る役人のみなさんは、どうするかね」
「知事もだよ、国の方針で変えるっていうだから腰が座らないよね」
「ころっと態度を変えるかね、テレビでは8時45分だけどね、46分の時もあるし、43分のときもあったよ」
「よくそんなことまで調べているもんだね」
「ああ、それが楽しみで、それまでは、呑みながらぼ〜と見ているからね」
「でも、はっきりしない知事だね」
「知事は、殿様だろ。殿様は殿様らしくばちっと決めて欲しかったね、東京電力の福島の原発事故が起こっても、煮え切らなかったよ」
「そうだよね、でも、水戸黄門もね、殿様にはだいたい甘いんだよ。だいたい、やっつけるのは、悪代官でね、代官クラスと相場が決まっているのよ」
「それにしては、いつも藩の豪商と組んでいるよ、代官は」
「そうだね、そうそう、家老のときもあるね、どっちが多いかは数えていないけれど」
「ふ〜ん」


「ところで、あの印籠はどうなるのだろうね」
「どうなるって?」
「いや、分けてくれないかなあ」
「どうするの?」
「どう考えても、許せなくてねぇ、福島の人があまりにもみじめではないか、その責任者だろ」
「誰が?」
「今の福島県知事、市町村長と組んで原発を福島に誘致したんだろう、東電と越後屋関係にあったとしか思えない」
「越後屋って、お主もわるよのう〜、の、あの越後屋?」
「じゃあ、東電は越後屋?」
「そう」
「じゃあ、幕閣の悪者は?」
「経産省」
「そこへ、印籠もってゆくの?」
「そう」
「一人で?」
「いや、君がスケさん、だれかカクさんを探してきてよ」
「印籠は、複製をつくってばらまいて、100チーム、1000チーム、万チームの黄門さんが、乗り込むってのは、どう?」
「おもしろそうだね、ちょっと子どもにも相談してみよう」



印籠をもった黄門集団が、あらわれたというニュースは、まだ聞かない。
でも、日本の庶民は、鋭い知恵をもっているんだなあと思った。


posted by 村のトイレ屋 at 17:11| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

和田


新聞もテレビも見ていなかった。
親切な人がメールをくれた。




posted by 村のトイレ屋 at 15:46| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

羽釜でご飯。「ライフスタイルのモデルチェンジ」(天野祐吉さん)

小野湖の水を守る会で相談して羽釜を買うことにした。
稲刈りや畑の集まりで、現地でご飯を炊いて食べたほうがいいだろうということで、みんなでそう決めた。

購入の報告をお疲れプーさんが、ブログでしている。
http://ubesns.jp/blog/blog.php?key=33365
これで、小野湖の水を守る会のメニューも増えて楽しさがます。
現地に出来るだけ多くの人に来てもらえるようになればうれしい。


あったか村でも、子どもたちの集まる体験教室でカレーを炊くときに必要なので、古道具屋で格安の釜を見つけたときに買った。
レンガを組んで簡単なオクドさんをつくってそこにかける。
羽釜の名前の由来は、釜の周りの縁が広く羽状に巻いてあることからついたと思われる。これのお陰で、オクドさんにうまく乗り、何と言っても、熱が無駄に逃げないので熱効率がよくて、炊きあがりが早い。もちろん、おいしい。
よく考えたなあ、と炊くたびに思う。

もちろん、電気釜のようなタイマーもセンサーもついていないので、炊き上げる判断は、人がする必要がある。音がなったらスイッチを切るとか、自動的に切れて保温に切り替わるとか、そんな風にはいかなくて、硬い米が残っているとか、オコゲばっかりとか、数回は失敗の経験をする、(注、私の場合。器用な人は一回でうまくゆく)。でも、よくしたもので、「はじめチョロチョロ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな」の昔から言われている要領で炊くと、少々オコゲが出るくらいで大概何とかなる。
我慢できずに途中で蓋を取ったこともあるけれど、それで特に味が変わったとも思えない。大概なんとかなっている。
このあたりの呼吸を子どもたちが喜ぶし、私も楽しい。
水の量は米とどのくらいの比率ですか、時間はどのくらいですか、とかの質問も当然出てくるが、追及したい子は追及したらよい。止もしないが勧めもしない。

電気釜といえば家電の雄だが、その前は、あかり、電灯が家電界の花形だったろう。その電灯のコマーシャルにこんなものがあるよと天野祐吉さんが紹介している。つくったのは、中島信也さんで、テレビで「カシャッと一句575」の審査委員長をしているのを見たことがある。

そのコマーシャルは、ここで見ることができる。
http://amano.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_d0171730_612549.jpg.html

そして天野さんのコメントも書かれている。
http://amano.blog.so-net.ne.jp/archive/20111017

なーるほどねえ。
しみじみとしますねえ。
画面の暗さと、役者の渋さと、コピーの素晴らしさと。
コピーは、「明るいだけでは未来は暗い」

決まってるねえ〜。
また天野さんのコメントもツボをついている。
===========
どの企業も「豊かな生活」のイメージのフルモデル・チェンジをしなきゃおかしい。
===========

ライフスタイルの転換ということも、こういうふうに言われるとまた別の説得力があるなあと感心した。


さて、羽釜である。調べてみると値段を別にして、無理に古道具屋で探さなくても、街場のホームセンターに、大中小のそれぞれ、品物は揃っている。木の蓋が案外高くて、「へぇ〜、こんな所にも間伐材の需要はあるのか」と思った記憶がある。思ったより、よく売れているのだろう。人は、そんなに突飛なことを考えないから、私達が羽釜がいいねえ〜、今度使おうよと考えていることは、3・11以降の状況では多くの人も同じように考えているのだろう。

私たちの世代は、真っ黒な釜の底やオコゲの記憶を持っているので、それをもっていない若い世代の母親父親を飛び越えて、その子どもたちに自慢できる。もっとも簡単にマスター出来ることなので、大きな顔をすることでもないが、世代間交流のよいツールにはなる。それも、野原の飯炊きの楽しさである。小野湖の水を守る会の米作り脱穀作業日は、今度の土曜日10月22日である。あったか村でも近いうちにまた炊きたくなった。仲間と相談してみよう。




posted by 村のトイレ屋 at 10:07| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月17日

【メモ】パンプキンティラミスのレシピ

へぇ〜、かぼちゃのこんな食べ方もあるのか。

パンプキンティラミスのレシピの詳細が、
うべっくる アクトビレッジおの 海と山の食の交流会に詳しく載っている。

http://ubekuru.com/blog_view.php?code=3
2011年10月16日掲載分。

なお、アクトビレッジおののブログは、毎日が楽しい読み物で朝のスタートが快適になる。



posted by 村のトイレ屋 at 09:05| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月16日

言葉の拡張機能。モーニング、ランチ。

宇部に住んでいる人ならたいてい知っていると思いますが、
だから、あえて写真を載せたり、
店のお名前を書いたりはしませんが、

看板に、

一日中モーニング

と書いてある喫茶店があります。

また、商店街の中にも、

夜のランチはじめました

と案内板が立てかけてあったりします。

最初、見たときは驚き、どうしてモーニングが、つまり朝が一日続くのだ、おかしいなあ、と思ったり、

ランチは、どう考えても昼だろう、夜はディナーと俺は習ったぞ、といぶかしんだりしましたが、
これは、そんなに驚くことでもなかったのでした。

なぜなら、意味が通じているからです。
モーニングは、朝のことではないのです。
朝食と言ってもまだ正確ではありません。
厳密には、喫茶店で朝出していたトーストとコーヒーと他ちょっと何かのメニューのことで、トーストとコーヒーをセットにして出すサービスのこと。
したがって、それが昼になっても、午後3時になっても、夕方になっても、同じメニューだったらモーニングというのは、そうなってしまえば、それでいいわけです。
夕方に「モーニングね」と注文して「はい、モーニング」と言ってトーストとコーヒーが出てくれがそれでいいわけです。

ランチも、昼のサービス定食が、午後遅くなっても、夕方になっても、夜になっても、サービスが付いておれば、ランチと呼んでも構わないし、店の人も、お客もそれで誤解がなければ万事オーケーと言うわけです。

言葉とは、このように使う人が、双方の理解のもとで、最初の辞書的な意味とは違ったものをつくり、それに次々と双方にわかる意味を乗せていけば、かなり応用がきいて融通無礙に流通するようになるものだということが、この例からわかります。どこかに拡張機能がついているとしか思えません

面白いですね。

・・・とここまでは、3.11以前だったら、はいこれでと、この文章は「おしまい」だったのですが、3・11以後の世界では、どうしてもひとこと付け加えなければならないのが辛いところです。

「安全です」という言葉です。
「原発は安全です」という言葉が、安全神話になり、「想定外の事故」になり、さらには「想定不適当」という意味まで乗せて、一人歩きをはじめた。言葉がどんどん拡張し、肥え太り、多くの人の判断力をおかしくして行きました。
今では、「原発は安全」ということの意味は、「事故が起こっても知らないよ、私は責任をとりませんよ」というくらいの意味しかなくなっています。

「安全というのなら東京のど真ん中に原発をつくったらどうですか」と原発に不信を持つ人たちは考え、追及した。『東京原発』という映画もつくられ、上映会も行われた。だが、安全という言葉の上乗せ、拡張を止めることはできませんでした。

福島第一原発の事故が起こってはじめて、「安全」という言葉の正体がすべての人の前に明らかになりました。

今、より巧妙に、「安全な原発をつくる」「世界に安全な原発をしめす」などという論調が現れています。
言葉の拡張機能を最大限発揮させるべく、またもやマスコミや原発推進自治体や利益を得る企業群を総動員して、安全神話をばらまくのでしょうか。

もし、そうだとして、もう騙されるものではないこと、モーニングやランチとというサービスと全然異なって、そこには双方が理解する了解事項はなにもないことを、私たちはきっぱりと肝に据えておく必要があると思います。なぜなら、「安全」と言って出されたものが世界史上でも初めての放射能汚染という現実、次の事故ではもう日本列島には住めなくなるという現実が私たちにはつきつけられているのですから。
posted by 村のトイレ屋 at 22:35| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

お〜い、 エムくん、仕事があるよ。

君には無理かなあ。一度覗いてみて!
http://twitpic.com/6itwfu
年収3700万円。

【本年度ユーモア作品賞に勝手にノミネート】

以下は、裏に書かれていたこと。

条件
1,脱原発の信念を表明しない。各種審議会などに「原発は危険である」と思っている識者を採用しない。
2,「福島は死のまち」などと本当のことを言わない。
3,「死のまち」に追い込んだ東電、原子力委員会、政府、経産省、マスコミ、金融界の責任を追及しない。
4,小出裕章さんの意見を尊重したりしない。
5,振付師(官僚)の言うとおりに演技する。



posted by 村のトイレ屋 at 05:42| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月24日

覚えられる範囲の予定で暮らす

●エゴマの葉っぱが元気がいいので、焼肉のタレに漬けて食べた。
ご飯を巻いた。葉っぱよりも、タレそのものがおいしくなっていた。

●25日は、我社の支払日。請求書をつくったり支払いの算段を考えたり。どくどく緊張するなあ〜。最近の注目度にあわせて、しかし身の丈を越えないで、もう少し売上を伸ばしてもいいかなあ〜。

●ブータンでは、ほとんどの人がカレンダーや手帳を持たないのだそうだ。予定は、メモなしで覚えられる範囲でしか立てないのだという。
今日を楽しく生きて、明日あさってはそのときに考えよう。1週間さきのことなんて・・・だから、次の会議の設定ができないのだそうだ。
ブータン公務員だより http://p.tl/hUWu

●これ、間違いなく私の気性にあう。「うらやましいなあ!」と友人に話したら、「すでにブータン状態の君がなにをいう、忘れているのをせっついたり、ダブって予定を立てて困っているのを誰が助けているのだ」と言われた。まいった。

そうだなあ〜、タイ北部セーンサイ村やホイプム村で過ごして帰ってくるとそんな状態になって、自分でもこまったよなあ。
日本では周りが手帳を持っていたり、カレンダーに印を付けたり、携帯やパソコンに覚えさせたり、先の先まで予定を組んで忙しがる人が、
「一目おかれる」
状態だから、そうでないのは、はた迷惑ということになってしまう。

いいもわるいも、勤勉の国、日本だよなあ。
ああ。

●とかなんとか愚痴っていたら、メモしていない明日の予定を思い出した。チョット楽しい遠出になる。
夜は、宇部市まちなか環境館で環境サロン、浮田正夫さんの「食べ物と水の大切さ」の第1回「水の大切さ」が行われる。これも楽しい。これはメモなしで覚えていた。

で、そのシラバスを見てみると、浮田さんのは、毎月第2第4の木曜日、私の担当は、第3木曜日とだけ書いとけば良さそうなものだが、それだって、ずいぶん長期にわたる計画的なものだと思うが、さらに日付とテーマが事細かに書かれている。
「さすがに日本」
と思う人はいるかどうかは別にして、こういうの、出したり出されているとナンダカ気持ちが落ち着くんですよね。困った性癖だ。こんなんでブータンで暮らしていけるのか。

●みなさんは、どうですか。ブータンで暮らせそうですか。
私は、郷に入っては郷に従え!ですぐに適応出来ると思う。いや適応したいと思う。



posted by 村のトイレ屋 at 21:57| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月22日

宇部市の常盤湖にかぐや姫の使いが、

「ただいま、地球」岡野 幸絵さんの作品
UBEビエンナーレ24
実物制作指定作品  常盤湖
http://www.ube-museum.jp/modules/pico/content0027.html


おや、かぐや姫のお使いで帰ったのかい?

餅をつく杵は、持っていないのかい。

秋の収穫まで待って、餅つきを一緒にやろうよ。

ボクタチは、今年は田んぼに餅米を植えているんだよ。



ついでにと言っては、なんですが、
8月28日(日)は、レインボウ大作戦。常盤湖 湖水ホール。
http://ubesns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=23206&bbs_id=1&res=1313879451

地球の未来について、楽しく語り合いましょう。





posted by 村のトイレ屋 at 05:27| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月08日

萩といえば夏みかん。どっこい、ぶどうとワインもあるという話に、

昨日は、萩市に行った。
まちの駅ネットワーク萩での集まりがあった。
萩といえば夏みかんだ。今、萩の町の角々でネットで売られている季節の夏みかんを買った。山口県の道路のガードレールが黄色いのはみかんの色に合わせたからだと言われているくらいだ。この説は、本当だろうか?
そんな話をしているとき、萩には実はぶどうとワインもあって、昨年はワインが販売され、今年は、ぶどう作りに参加すれば秋にはワインを入手できるという話を出てきた。自分流のラベルにすることも可能で贈りものには最適だろうという話も出た。
萩の人は、いろいろ考えますねえ。
そのうち、ガードレールがぶどう色に染まるのではなかろうか。

調べたら次のようなことだった。

=========================

山田フルーツファーム
http://budounoeki.chu.jp/

あなたも、今日 からワイナリー 


ワインオーナー募集



あなたもぶどうの栽培を一緒 に体験しながらオリジナルワインを作ってみませ
んか。

贈り物や記念品として、プラ イベートな愉しみにいかがですか。

オーナーさん共同のブドウ園 の樹で栽培、収獲したブドウをワイナリーへ製造
委託し出来上がったワインに自分でオリジナルラベルを貼って完成。

品種 アーリースチューベン (バッファロー)

オーナーさんにしていただく事

1. オーナーさん共同のブドウ園 の樹で一緒にブドウの栽培を学ぶ、栽培体験。

(樹の皮むき、芽かき、花作り、誘引、房作り、袋掛けなど)

※作業日は事前にご連絡しますので、ご都合がよければ作業を体験してください。

2. 自分のワインラベルをデザイ ンする(おまかせでも結構です)

※遠方の方で、農作業に来れない方はラベルデザインだけの参加もOK。

3. 一斉に収獲しワイナリーへ製 造委託(8月下旬から9月上旬)

4. ワインができたらシールを 貼って完成。(10月以降)

コース内 容

Aコース 720ml×6本  9,000円(限定10組様 1人1口まで)

H23年度 会員募集期間

H23年6月30日まで (会員期間:H24年3月31日まで)

オーナーさんの条件

成人の方ならどなたでも。直 接農園に来る事ができない方は完成したワインを
送ることもできます。(送料が別途かかります)


                 

平成23年度 紫福 YFF ワインオーナー会 申込書

■平成23年度のワインオー ナー Aコース を申し込みます。

■氏名

■住所

■電話

■FAX

■メールアドレス

お申し込み、お問合せ先

紫福YFF ワインオーナー会事務局 山田克 也

〒758−0501

山口県萩市大字紫福 3207−4

TEL  090−8718−0981

FAX専用  0838−53−0024

Eメールinfo@budounoeki.chu.jp

振込先

郵便振込口座   01350−7−108306

口座名義  山田克也(ヤマダカツヤ)

お申込された方で入金が確認 された順に会員証をお送りします。



==================== コピー終わり=============




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2011年01月09日

通販生活の提案に共感

すごいなあ〜。

地元メディアで識る沖縄 
http://michisan.ti-da.net/e3301477.html
表紙の画像が載っています。


クジ引きで本土の都道府県に移転だって!!

==================================
メディカル枕でも安眠できない沖縄県民の
犠牲の上につくられていたのだった。
ゆえに通販生活としては、沖縄県民の「普天間県外移転要求」を
つよく応援しないわけにはいかないのだ。
普天間基地はアメリカに引き取ってもらおうよ。
それがムリなら、クジ引きで本土の都道府県に移転しようよ。
=============================
posted by 村のトイレ屋 at 15:29| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

厳寒の年末年始になりそう

閉じこもりの年末年始になりそう。

気象予報  うべっちゃ。

「第一級の寒気がやってきます!」
http://ubesns.jp/blog/blog.php?key=24713




posted by 村のトイレ屋 at 04:33| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月16日

「石油をつくる藻」

朝日新聞から
生産能力10倍 「石油」つくる藻類、日本で有望株発見
http://www.asahi.com/science/update/1214/TKY201012140212.html

現れては消えるこの手のニュース、
という感じがしないでも無いけれど。
「煮えたら食おう」ということわざを思い出した。

ピークオイルの到来で
脱石油時代に向かって不安と模索が
各分野で行われている。
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2010年12月07日

1930年代の空気、加藤陽子氏のすすめる本

メモです。



1930年代に似た空気:
:日中の情勢に思う=東京大教授・加藤陽子 - 毎日jp(毎日新聞)
http://bit.ly/h4O9F5

戦前に近いという感覚、
私だけでないということを確認できた。

こんな時代に薦めたい本として2冊あげている。
その一冊。
大澤信亮氏の「神的批評」(新潮社)

「食べることは、奪うことであり、殺すことでもあるならば、・・・」
「弱い者がさらに弱い者をたたく暴力の悪循環を断ち切るために、いかにすべきか」
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2冊目には、70年代生まれの若手による刮目(かつもく)すべき批評を挙げたい。大澤信亮氏の「神的批評」(新潮社)である。批評の主たる対象は、宮沢賢治、柳田国男、北大路魯山人の3巨人。彼らはそれぞれの時代において、「生きるとはどういうことか」という、一見するとやぼな問いに、いかに深く向き合っていたのか。

 人間は、「食」という行為を内蔵された肉体をもって生まれてくる。食べることは奪うことであり、殺すことでもあるならば、人間の身体は、暴力を初期設定されて生まれ落ちてくるともいいうる。

 では、そのような存在としての人間は、弱い者がさらに弱い者をたたく暴力の悪循環を断ち切るために、いかにすべきか。賢治が格闘していた問いを、大澤氏はこのように掘り当てた。著者の眼差(まなざ)しには、ありふれた現実を回転させ、真に世界を変えるに足る力がある。3巨人もまた、しかと現代によみがえった。

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posted by 村のトイレ屋 at 07:13| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月22日

山口県には、鳥が少ないからか、多いからか?

昨日の夜、寝る前に気づいた。
それから気になって、気になって
全然、眠りにつくことができなくて
ついにまんじりともせず夜が明けた
・・・というようことは、なくて
いつものように熟睡したが、でも、疑問は残ったままだ。

鳥が、いないじゃあないか。

熊は、熊毛町にある。
鹿は、鹿野町にある。
虻は、阿武町だろう。(たぶん?)

山口県には、鳥の名前の市名、町名がない。
そもそも鳥のなのつく地名が少ないのではないか。
そんなに鳥とつきあいの少ない所なのだろうか。
そんなはずはないと思う。

宇部市に鵜の島という地名がある。
小野田市に雀田という駅がある。
萩市に鶴江という地名がある。
阿武町には、・・・・思いつかない。
現下の焦点、上関はどうだろう?

調べれば、きっとでてくるはずだ。
でもすぐに出てくるのは、これだけだ。
少ない。
なんでだ?!

福岡県や大分県や京都府には、舞鶴という名前が
きれいに残って使われている。
鷹など三鷹や鷹取は、全国にいっぱいありそうだ。
鳥取県なんか、県名ではないか。

反対に、日常的にあまりにも鳥とつきあっているので
名前までにしなかったのだという説も成り立つのかもしれない。

よわったなあ。
今日の作業は、久しぶりに緻密さを要求されることで
集中力が求められる。
こんな大事な疑問を抱えたまま、今日一日大丈夫か。

車を運転しながらバス停だけでも、見たらメモしておこう。

よわったなあ。なんでだ。


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posted by 村のトイレ屋 at 07:48| 山口 | Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月16日

雨水と登山道、屋久島など。

前から気になっていた。

屋久島の登山道、木の根がむき出しになる水の勢い。
他の小さな山でも、登山道だけでなく作業道などにも応用できるだうか。
実地に見てみたいと思った。



朝日新聞
山に優しい登山道、広がる 水の流れに配慮し、造り直し
http://www.asahi.com/eco/TKY201011130169.html
屋久島の事例は、写真あり。



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posted by 村のトイレ屋 at 07:46| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする