2013年09月08日

放射能汚染耐久レース)世界のアスリートは参加するか。

私のフェースブックに書いたコメントごと
福島カバーアップ の作品をシェア・掲載します。

2020年東京オリンピックには、放射能汚染耐久、サバイバルレースが種目に追加されるか。

オリンピックは放射能耐久レース.JPG


Fukushima-Cover-upには、風刺精神にあふれた多くの優れた作品がいっぱいあって、明日もくじけずに生きていこうという元気が湧いてきます。

どうぞご参考に。
https://www.facebook.com/pages/Fukushima-Cover-up/441669952580146


posted by 村のトイレ屋 at 22:08| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

からくりはいつも同じ構造か)らっきーデタラメ放送局。出てこい、第5の登場人物。

やはり毎週水曜日にちゃんと作られていた。

立派と思うし、ありがたい。

みなさん、ぜひ見てね。

山口県の人は、真面目だからこんな放送局は嫌だというかもしれないけれど、風刺と諧謔と知性は、これからかを生きぬく強靭なバックボーンになりますからね。


らっきーデタラメ放送局★第62回 『権力のからくり!とシナリオ!』
http://www.youtube.com/watch?v=8HJ9uxfC2GE

からくりはいつも同じ構造か。
オリンピック東京誘致も同じこと。
第5の登場人物に私たちが、なれますように!


posted by 村のトイレ屋 at 21:33| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月02日

久しぶりにらっきーデタラメ放送局をみた。頭の体操または頭の休憩!もう61回になっていた。

公開日: 2013/08/27
らっきーデタラメ放送局★第61回です!
『お国の予算 一般会計!&特別会計! 』




まあ、なにかやで、さかのぼって50回まで見てしまった。

こういうのをつくりたいとは思うが、すごい才能がいるだろうなあ、と思う。

エライものだ!すばらしい!



posted by 村のトイレ屋 at 21:41| 山口 ☔| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月01日

「高齢者青年部の連絡先はどこですか?」

以下のような電話のやり取りがありました。


「高齢者青年部をご存知ないでしょうか
どこかのシルバー人材センターとか、
老人クラブとか、
そんなところにあるのでしょうか、
あなた知りませんか?」

「いいえ知りません。
そもそも、高齢者青年部でって何ですか?」

「私もよく知らないのですが、元気な団塊の世代以上のものが集まって、なにかやろう、老人でも出来ることをやろうという集まりのようですな。
あなたなら知っていると思って電話したのですが・・・」

「すみません、私は自分を老人に入れていません。
100歳を越えたら入れてもらおうとかと思っていますが、今そんなことを言い出すと阿武町の木村菊人さんや先輩に、40年早いぞ、とどやされます。
だから知りませんし、参加する気もありません。
何もわからず、悪る〜ございました。」

「そうですか、なにかわかったら教えてください。失礼しました。」

「失礼しました。」


元気が余っているのなら、萩市や山口市の災害ボランティアセンターに連絡して、集中豪雨の災害現場にいくのがいいと思った。

posted by 村のトイレ屋 at 09:43| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月24日

斉藤美奈子さんのコラム)「秋葉原と渋谷」終わろうとするもの、始まったもの。

斉藤美奈子秋葉原と渋谷.jpg



「このコラム、面白いね」
「そうだね、面白いね」
「対比だね」
「そうだね、比べてみるとよくわかることがある、そのいい例だね」
「一方は、安倍総理と自民党」
「他方は、山本太郎と三宅洋平」
「古いものと新しい流れ」
「議席の数ではなくて、質的な違い、社会の未来をどちらに託すか」
「一目瞭然だね」
「社会の底部で起こっていることが、政治の表面に出るのは時間がかかるのだろうけれど、この二つの勢力の対比構造が今後も続くだろうね」
「そう感じるね。中間のあいまいなもの、妥協的な流れは淘汰されるような、消えていかざるを得ないのではないか、そんなことも思ったよ」
「どっちにせよ、今度の参議院選挙は質の面で見ると画期的な前進だね」

「ツールとしてのネットがリアルな街頭行動と投票に結びついたという面でも大きい」
「ぼくはその点ではやや異論がある。ネットはあくまでもツールであって、どの時代の若者も時代の先端の道具を使うのは当たり前だ。問題はやはり訴えの内容だろう。原発と放射能被爆をめぐって本当のことを語ろうという山本太郎さんの訴えがやはり大きいと思う」
「ネットを軽視していない?」
「そうかもしれない。でも、ネットであろうが、リアルであろうが、結局は人間の行うコミュニケーションだ。太郎さんというキャラクターがあっての伝播力だと思うね」
「座間宮ガレーさんみたいに伝える人も熱烈なキャラだったりしてね」
「ぼくは、ずっと彼をフェースブックで追って、山本太郎さんを追跡していたよ」
「あっはっは!」

「どちらにしても、生きていこうという強い意志、原発と放射能に牛耳られないで生きていきたい、原発に頼らないで暮らす社会を作ろうという流れが国政の場を得たのだからこれからが楽しみだね」
「そんな対比が今後どんどん現れて、量的にもひっくり時代がくるだろうね」
「そうだね」
「楽しみだね」





posted by 村のトイレ屋 at 06:44| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月14日

あのタマが、憲八おじさんと戻ってきた。ラッキーデタラメ放送局も快調。

タマが源八さんと何処かへ行ったままだと思っていたら、戻ってきていたよ。

今、ナンバー04まで。
http://www.youtube.com/watch?v=DueYPXbJsUk&feature=youtu.be
憲法の勉強にいいですね。


ついでに、双璧をなすラッキーデタラメ放送局も快調。

http://www.youtube.com/watch?v=c1w3du54r_8

第14回 ラジオ体操は史上空前の大傑作だと思ってます。
山口県では、生真面目な人が多いからあまり流行らないけれど
私は、この流儀が大好きです。




posted by 村のトイレ屋 at 08:01| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月09日

円環がつながる。螺旋的にせり上がるか。トイレなきマンション、里山再生などをめぐって話したこと。

「昨日は、トイレの仕事に一日精を出したようだね」
「そうだよ、スコップを握って土を掘り返すと生き返るね」
「暑かったろうに、ご苦労さん」
「ほんと、暑かったよ、ラジオでは熱中症で倒れた人がそうとう出たらしいね」

「ところで、前から聞こうと思っているのだが、トイレ屋の君がどうして脱原発の活動にそんなにのめり込んでしまったんだろうね」
「そんなに不思議がるほどのめり込んでいないよ、どれほども止める力になっていないし。3.11以後はみんな必死だったからね。むしろいろいろな事情で手を引いた人が多いから、ぼくのような人間でも目立ったてしまっているんだよ」

「やはり、原発はトイレなきマンションということに関係あるの?」
「さあ、どうだろうね。確かに廃棄物と循環、資源たる糞尿の循環からの切断とその批判(下水道批判)は、ぼくのテーマのひとつだけど、その延長に原発問題を考えては来なかったような気がする。土に戻せないものはつくってはいけない」という柱はあるけれどね。批判の根本には」
「そうか、では、原発業界にトイレ屋がいないから、廃棄物の観点から乗り込んでやろうと思ったわけではないんだね
「そんなだいそれたことは考えていないよ。でも、今思えば、つながりはできそうだけどね。エントロピーの観点から原発を批判するのは、全く正しいと思うよ。それもあるのだが、最近ね、いろいろなことが自分ではばらばらとみていたことが、どんどんつながってきているのにびっくりすることが多いだよね」

「ふ〜ん、どんなこと?」
「たとえばね、里山再生活動ね」
「あったか村とか小野湖の水を守る会の活動ね」
「そう、それがね。脱原発活動を始めるときも、つい最近までも結びついているものと見ていなくて、あれはあれ、これはこれと分けていたんだけれどね」
「それはそうだろう、ごっちゃにされたら、それぞれの人が迷惑だろう」
「形式的なことももちろんあるんだけれど、でも、福島の子どもたちの支援、保養とか、山口へ避難することを支えるとかを考えると、中身でもドッキングしてくるんだよね。おそらく、今後は里山再生の蓄積が、被曝防御の大きな支えになってくると思うよ。形式をどう揃えるかは今後の課題になるだろうけれど」
「ふ〜ん、そんなものかね」
「10年前に、山口市宮野のマロニエの森の会と小郡の桂谷・ランプの宿とボクラのあったか村の三者とで里山再生のシンポジュームを開いたことがあるんだよ」
「へぇ、そんなことがあったの、知り合いなんだ、もともと」
「そうだよ、時々は交流を繰り返しているからね」
「で、」
「それでね、今度ランプの宿で福島の子どもたちを10人前後呼んで招待して、保養の足しにすることになって、・・・・それでね、里山の再生の活動に改めて再認識したわけね」
「そうなのか」
「福島に今ないもの・・・安全な水と空気。野山。要するに子どもたちが外遊び出来る環境だね。里山再生活動は、どこも、子どもたちの体験施設とメニューがスタッフとともにあるからね」

「なーるほど、違うと思っていたことが、ドッキングしたわけだ。でも円環構造が結ぶついたというのは、少々大げさかもしれないね、里山にはトイレが自然浄化法トイレが必要だからトイレとも結びつく、里山には山羊・羊がいるから、山羊羊の飼養と結びつく。そう言おうことを次に言うわけ?」
「はっは、はっは、・・・もちろんだよ、バレたか!」

「でも、そのあたりは行動が解決するだろうね。冷やかすのはまたにしてぼくも注目しておくよ」
「そうだね、大きな風呂敷はいくつもあるんだけれど、またにするよ。今日のトイレの作業はミミズのベッドをつくることなのよ、これはスコップよりは楽だけど、今日も暑そうだね、ではまたね」
「暑いよ、ミミズは土にもぐって出てこないのではないの」
「さあ、どうだろう、ではね」










posted by 村のトイレ屋 at 08:58| 山口 🌁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月15日

宇部市長選挙>候補者の考えなど、原発関連公開質問状への回答も。

宇部市では、明日から市長選挙が始まる。
16日告示 23日投開票。

参考情報のメモ

宇部未来会議製作のインタビュー 動画

●久保田きみ子 http://youtu.be/5Lie4d5rJJ8

●木藤あきひと http://youtu.be/P0G75d5J-wQ

いのち・未来うべ の公開質問状への回答(原発関連)

●いのち・未来うべ の公式ブログ
http://inotimirai-ube.seesaa.net/article/366338252.html


posted by 村のトイレ屋 at 15:39| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月16日

賛成。男も侮辱されているのだ。斎藤美奈子さんのコラム。

的確だと思う。


20130515斎藤美奈子.jpg




橋下発言は、男も侮辱していること、
建前と本音の矛盾をついて、人のレベルを下げる手法は願い下げにしてもらいたい。
それと、兵士になることを前提にしていること、戦争をあらかじめ肯定して論を立てていることはとうてい容認できない。そのことは強く言いたい。
橋下大阪市長は、公職にあること、弁護士としての資格など問われて当然だ。

村山談話、河野談話は、これを本音にできない政治家は引っ込んでもらわなければいけまい。

そういう意味でも、自治体の首長や議員の過半数は、女性にすべきだと思う。



posted by 村のトイレ屋 at 19:42| 山口 | Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何度でも読んでおきたい。河野談話(全文)

外務省のホームページからです。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html
平成5年は、1993年で今から20年前です。
段落をあけて読みやすいようにしました。




慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
                     平成5年8月4日

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。




事実調査については、ここに詳細が書いてあります。

いわゆる従軍慰安婦問題について(平成5年8月4日)(PDF)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/pdfs/im_050804.pdf





posted by 村のトイレ屋 at 09:03| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月15日

じっくり読んでおきたい。村山談話(全文)

外務省のホームページからです。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

読みやすいように段落を設けました。
平成7年は、1995年です。




村山内閣総理大臣談話

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)

                      平成7年8月15日



 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。



posted by 村のトイレ屋 at 22:48| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月12日

ラジオ体操をしていますか?ご参考に。らっきーデタラメ放送局14回

職場でラジオ体操の習慣のある人は、退職後も続けている人が多いようですね。

このラジオ体操は、らっきーデタラメ放送局のものです。

体操をする場合、朝ですか、夜ですか。
この体操は、朝だと笑い飛ばして元気が湧いてくるかもしれませんが、夜だと考え込んで鬱っぽくなるかもしれませんね。
その場合、体操やらっきー、ポッキーのスタッフが悪いのではなくて、現実がひどいのですから、そこは誤解のないようにお願いします。

現実は、笑い倒してやるか、変えるしかないのですね。

なお、このデタラメ放送局は、既存メディアは報道ではなくて「広報」に転落してしまっている。だから、自分たちが責任ある報道を行うのだと宣言しています。

毎週一回放送されていて、すでに40数回ですが、このラジオ体操がとてもよかったです。

日本にこの種類の放送局が竹やぶの筍のようにどんどん増えるといいと思っています。
また、吉田松陰とか維新の元勲たちの「生真面目さ」が覆うている山口県で迎え入れられるといいですね。
保守王国の政治の変革は、まずは笑い飛ばす文化の復権からだったりして・・・
まあ、そんなゴタクはこれくらいにして、さあ、元気よく・あるいはしょぼしょぼとラジオ体操をはじめましょう。










posted by 村のトイレ屋 at 23:15| 山口 | Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月10日

今日のこの一枚>コマーシャル掲載はいかがですか?よく落ちるそうです。

フェースブックからいただきました。

「NO!!オスプレイ」 東京土建西多摩支部が制作。


ospreyCM.jpg




山口県庁の広告媒体に採用してはどうでしょうか。
エレベーター、車など。
各総合庁舎にも貼ってもらいたい.

県知事室にも、岩国市長室にも、必要でしょう。

もちろん、沖縄には必要ありません。
モノそのものは、製造者で引き取ってもらいましょう。




posted by 村のトイレ屋 at 14:22| 山口 ☔| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月20日

ちょっと立止って復習(2)、山尾三省さんの遺言(再掲載)

放射能汚染下の時代にもう一度読みなおしてみる。(短いメモ)

1,神田川の水は、見かけは綺麗になったとしても、もう永遠に飲めないのではないか。

2,原子力に頼った社会の罪は、もう取り返せないのか。まだ間に合うのか。

3,憲法9条をして、世界の憲法にすること。光輝く言葉だが、今、急速に安倍政権の暴走(「危険運転」)によって、踏みにじられようとしている。

個人運動について。
遺言で言われている個人運動とはどのようなものか。
個人運動に重心をおくアメーバー型市民運動は、成立するだろうか。
ネットワークを組むことと個人の自立と運動の発展の関係はどのようなものだろうか。





子供達への遺言・妻への遺言

               山尾 三省

 僕は父母から遺言状らしいものをもらったことがないので、ここにこういう形で、子供達と妻に向けてそれ書けるということが、大変うれしいのです。
 というのは、ぼくの現状は末期ガンで、何かの奇跡が起こらない限りは、2、3ヶ月の内に確実にこの世を去って行くことになっているからです。
 そのような立場から、子供達および妻、つまり自分の最も愛する者達へ最後のメッセージを送るということになると、それは同時に自分の人生を締めくくることでもありますから、大変身が引き締まります。

まず第一の遺言は、僕の生まれ故郷の、東京・神田川の水を、もう一度飲める水に再生したい、ということです。神田川といえば、JRお茶の水駅下を流れるあのどぶ川ですが、あの川の水がもう一度飲める川の水に再生された時には、劫初に未来が戻り、文明が再生の希望をつかんだ時であると思います。

 これはむろんぼくの個人的な願いですが、やがて東京に出て行くやもしれぬ子供達には、父の遺言としてしっかり覚えていてほしいと思います。

 第二の遺言は、とても平凡なことですが、やはりこの世界から原発および同様のエネルギー出力装置をすっかり取り外してほしいということです。
自分達の手で作った手に負える発電装置で、すべての電力がまかなえることが、これからの現実的な幸福の第一条件であると、ぼくは考えるからです。


 遺言の第三は、この頃のぼくが、一種の呪文のようにして、心の中で唱えているものです。その呪文は次のようなものです。
 南無浄瑠璃光・われらの人の内なる薬師如来。
 われらの日本国憲法の第9条をして、世界の全ての国々の憲法第9条に組み込まさせ給え。武力と戦争の永久放棄をして、すべての国々のすべての人々の暮らしの基礎となさしめ給え。
 
以上三つの遺言は、特別に妻にあてられたものなくても、子供達にあてられたものでなくてもよいと思われるかもしれませんが、そんなことはけっしてありません。

ぼくが世界を愛すれば愛するほど、それは直接的には妻を愛し、子供達を愛することなのですから、その願い(遺言)は、どこまでも深く、強く彼女達・彼ら達に伝えられずにはおれないのです。
 つまり自分の本当の願いを伝えるということは、自分は本当にあなたたちを愛しているよ、と伝えることでもあるのですね。

 死が近づくに従って、どんどんはっきりしてきてることですが、ぼくは本当にあなた達を愛し、世界を愛しています。
けれども、だからといって、この三つの遺言にあなたがたが責任を感じることも、負担を感じる必要もありません。

あなた達はあなた達のやり方で世界を愛すればよいのです。市民運動も悪くないけど、もっともっと豊かな”個人運動”があることを、ぼくたちは知ってるよね。
その個人運動のひとつの形としてぼくは死んでいくわけですから。



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やまお さんせい
詩人。1938年東京神田生まれ。早稲田大学文学部西洋哲学科中退。
77年鹿児島県屋久島に移住。執筆と農耕の日々を過ごす。
エッセイ集も数多い。        
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 上記「遺言」、『MORGEN』2001年7月7日号より転載





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2013年04月17日

ちょっと立止って復習。「止むなき表現」。ブログ「風の谷」のスタート。

ブログのタイトルを「山羊が微笑む」と変えたものの山羊の微笑みに付き合う暇もないほど、何かを追いかけていて、「口を利く暇もないほど忙しい」というのは、私にとってはもちろん誇張で、白松さんの阿武町長選挙も残念だけど善戦と貴重な教訓を残して終わり、「原発はいらない!山口キャンペーン」の宇部も、スタッフが増え始めて、ようやく軌道に乗り始めました。

そこで、ちょっと立止って、おさらいをしたくなりました。

というのは、
「なんであなたは、そんな脱原発キャンペーンをやり始めたのですか?」と今日ある人に聞かれたからです。ある人というのは、菅直人さんの同級生です。

3.11原発事故のショック、小出裕章さん講演会の実現、北九州市「ガレキ」焼却反対の取り組みなどを説明しました。

そのときに、ふと、小出裕章さんの言葉を思い出しました。
昨年の宇部での講演会でも言っていたと思います。

また、oldblue さんの調査と「調べ学習」とブログを軸にした活動を想起しました。

小出さんの言葉は、宮沢賢治に触れたものです。
講演録はネットの各所にありますが、今日たまたま見つけた以下のブログからコピーさせてもらいました。
Imagine - Empty Boat
http://ameblo.jp/premsheel/entry-10873768889.html

=============== 引用==========
宮澤賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はありえない」と記しました。
私は「世界ぜんたい」とは、人間のみを指すのではないと思います。
人間を含めたこの世界全体が幸せになることを、 賢治さんは願っていたはずです。
またそう考えなければ、この地球という星を守ることはできないところにまで
私たちは追い詰められてしまったと思います。

賢治さんは続けてこう記しています。
「個性の優れる方面に於て、各々止むなき表現をなせ」。

たまたま原子力の世界に入ってしまった私は、
なんとか原発を止めるために自分が持っている力を出し尽くします。
みなさんも、それぞれが取り組んでいる場所で、それぞれの力を発揮してください。

私たち誰もがそれぞれに「止むなき表現」をする場所があるはずです。

================ 引用終わり===========

この宮沢賢治の言葉は、『農民芸術概論綱要』からとられたもので、原文の該当箇所は以下です。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/2386_13825.html

================ 引用========

農民芸術の産者

……われらのなかで芸術家とはどういふことを意味するか……

職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である
創作自ら湧き起り止むなきときは行為は自づと集中される
そのとき恐らく人々はその生活を保証するだらう
創作止めば彼はふたたび土に起つ
ここには多くの解放された天才がある
個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる

==================引用終わり=====

この著作は、かって屋久島の友人、手塚賢至さんに教えてもらってショックを受けたことがあります。プロ芸術家は本来嘘で、人間はみんな芸術家足りうるのだという理解をしました。
(ちょっと省略したまとめですが)

それを、さらに脱原発運動の全分野に広げたのが小出裕章さんの言葉です。

そして、oldblue さんは、実践的に、脱原発、放射能汚染と防御、大気汚染と公害の分野、さらに運動的な研究調査と広報の分野でも、普通の主婦が執念と動機の強さをバネにスキルを磨き、プロ研究者にはできないことをやってのけることを示している、その例証だと思うのです。
そのスタートと飛翔だと思うのです。

ブログ「風の谷」
山口県は福岡の風下。大気汚染公害について考える。反被曝・上関原発反対・原発再稼働阻止・放射能拡散阻止 脱原発の調べ学習
http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012

ブログ読者の皆さまへ お知らせ
http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012/e/016de3cf69d7eb507f5d46d07687e4ac
「オールド・ブルー」の由来について、ブログの性格について書かれています。


私たちの「いのち・未来うべ」の会は、それぞれがもともとフリーに動いている軟体動物のようなグループで、拘束はないとは思っていましたが、それでも、個性をのびのび伸ばしていくには、「スタッフブログ」は制約があったことは、否めません。今後は、十分に個人の立場で力を発揮して、脱原発の運動全体に貢献してほしいと、会員全員が希望しています。
私達こそ、たくさんのことを教わり、身を削るような取り組みから生まれた労作をいただきありがとうございました。心から感謝しています。
今後も、「風の谷」を今まで以上に活用させていただきます。


さてさて、小出さんの言葉、ブログ「風の谷」をみて、ふりかえって、私自身は、どうなのか?なにが「やむをやむを得ざる表現」なのか。

ぼんやり、ぼ〜としていないで、それらを私なりに考えてみたいと思います。

タイトルを「山羊が微笑む」に変えたのも、少しはそんな動機もあるのです。
なんの説明もしていないので、読者や山羊にとっては、ナンノコッチャと思われているとは感じています。

そのことは、またおいおいと書いていきます。
posted by 村のトイレ屋 at 21:23| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月02日

詭弁を弄する人が,山口県の知事だということ。上関:公有水面問題で。

昨日の毎日新聞山口版。

見出し
記者思論:上関原発の免許延長判断先送り 「詭弁」に彩られた知事答弁 /山口

リード
中国電力(広島市)が上関町に計画する上関原発の予定地の海面埋め立て免許の延長申請について、山本繁太郎知事は2月議会の答弁で、許可・不許可の判断を1年程度先送りして免許を事実上、延命させた。現行免許の失効を想定していた二井関成前知事から「引き継ぐ」としていた基本方針の変更にも「二井前知事の法的整理を受け継いでいる」と主張した山本知事の答弁は「詭弁(きべん)術」に彩られることになった。【尾村洋介】

以下は本文を

http://mainichi.jp/area/yamaguchi/news/20130401ddlk35010302000c.html


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いろいろな感想の会話。

「こんな知事がいるのが、山口県・・・恥ずかしい」
「東京の前の石原慎太郎都知事や、大阪の橋下市長などに比べると山口は、まあまあだと思っていたけれど、これはひどい」
「黒塗りにした公文書開示と同じこと、県民がなめられているのよ、侮辱されているのよ、それで抗議のこえも起こらないような県民性に問題ありよ」

「これこそ、参院補選の最大争点だと思うけどなあ〜、なんとか形にしたいなあ」



みなさんは、どう思いますか?



posted by 村のトイレ屋 at 06:58| 山口 | Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

棄権は現政権に白紙委任状を渡すもの

友人の阿東文庫の吉見正孝さんと阿武町長選挙で白松ひろゆきさんを応援しています。
そこで、若者の投票率が低下していること、選挙に関わる若者が少なくなっていることが話題になりました。

そのとき、吉見さんの言っていることがすばらしいと思ったのでメモしておきます。

「選挙に全く関わらないという事は、現政権に対して白紙委任状を渡すことと同じではないでしょうか?白紙委任状を渡して、後から文句を言っても政治的にはなんの力にもなりません。私は市民の当然の権利として関われる選挙には全て関わって行きます。」

まったくその通りだと思いました。
3・11福島原発の事故以前は、私も選挙や投票には無関心でした。
そんなに熱心に選挙に関わったことはありませんでした。
そんな私たちの「白紙委任状」が、原発推進政策を容認し、54基もの原発を地震列島日本につくらせることになったのです。

事故が起こってから文句をいっても遅かったのです。
そんな反省に私はたっています。
だからこそ、同じ過ちを繰り返してはならないと肝に命じています。

脱原発市民運動は、選挙をマスターして、勝つ必要があります。
投票に行こう!選挙に関わろう!脱原発候補を推して上関原発を止めよう!
白紙委任はやめよう。
posted by 村のトイレ屋 at 23:08| 山口 | Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

絶望の中から希望を拾って歩くのだ

メモだけ。
聞いた話です。
笑門来福・公門満腹(注)というけれど笑うほどおもしろい話ではありません。

「若者は、人生の冷たさを知り、老人は、墓石の冷たさを知る」
    ビクトル・ユゴー  『レミゼラブル』5巻

という話をしていたら、ある人が、
「その通り!」
「もともと人生とは冷たいものなんだ」と言って以下のように語ったそうです。

「希望とは、石のようにそこらに転がっているものではない。
石をひっくり返して確認しても、希望と絶望の姿はわかるものではない。
単純なことなんだ。全部が絶望の冷たい石なんだ。
それを、ひっくり返して温めて、希望の石に変えるしかないものなんだ。
それが、生きるってことなんだよ」

「わしは、それが面倒くさい人間だから、こうして旅をしながらたまにある希望の石を拾い集めているんだよ、めったに見つからないがね」


「脱原発の運動のことはどう考えますか?」

「そんなことは、わしやあ知らぬ」

と言って去ってそうです。

ほとんど、どうでもいいことだけど、別にその旅人を追いかけていくほどの事ではないけれど、メモだけしておきます。

(注) 公門満腹は、私の造語で辞書には載っていません。念のため。











posted by 村のトイレ屋 at 14:33| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

言葉への信頼。言葉で変えられる。アーサー・ビナードさんのことで補足メモ。

いのち・未来うべの仲間が中心になって行なっている金曜ウォークと研究会。
毎週金曜日、午後6時宇部市役所前〜宇部新川駅方向へ歩きながらアピール。
(雨の日は、反対の方向、新天町商店街のアーケードの中を往復)
午後7時から8時ころまで、発表と意見交換会。

先週は、「アーサー・ビナードさんの視点」と題して、会員が報告しました。
資料に、戦後の核と原爆、原発の歴史の年表が提出され、途中でアーサー・ビナードさんの広島・中電前のアピールの動画を見ました。

今週も、別の会員が、アーサー・ビナードさんのつながりで、詩集を紹介して話し合うことになっています。それは、YOUTUBE の次の箇所にあるものです。

若松丈太郎 神隠しされた街
http://www.youtube.com/watch?v=Zcr13_1Uk70

他に、彼の出ているいくつかの動画をみていて、「詩人というのは言葉に確かに敏感だが、それだkでなく、言葉の力を信頼しているようだ」と感じました。

それで、「言葉への信頼」というキーワードで、検索をかけてみました。
彼や他の詩人たち、文学者たちの言葉が出てくるのではないかと期待したのです。
あるいは、アーサー・ビナード氏の詩を論じたものがヒットして、参考になることがあるのではないかと、自分の思考の努力を省略して探してみようと思ったのでした。

思わぬものが出てきました。

文部科学省のホームページ
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301/007.htm

第1 国語力を身に付けるための国語教育の在り方
1 国語教育についての基本的な認識

<国語教育は社会全体の課題>
国語教育に関し,特に重要な役割を担うのは学校教育であるが,その中でも小学校段階における国語教育は極めて重要である。しかし,言葉にかかわる国語教育の問題は学校教育だけに限定できるものではない。家庭や地域社会における言語環境が,子供たちの国語力に大きな影響を及ぼしていることに配慮し,学校教育,家庭教育,社会教育などを通じて,国語教育を社会全体の課題としてとらえていく必要がある。

<言葉への信頼を育てることが大切>
国語教育の在り方を考える場合の根本的な問題として,日本人の多くが言葉の力を信じていないという指摘がある。言葉によって物事が変わり,また,変えていくことができるという言葉への信頼を学校教育の中だけでなく,社会全体で教えていくことが大切である。このような言葉に対する信頼がないと,国語教育そのものが成立しにくくなるだけでなく,日本の社会そのものが危うくなるおそれもある。

言葉への信頼については,コミュニケーションを通して形成されていく面もあり,家庭や学校などで十分なコミュニケーションが行われることが望ましい。特に,学校教育においては,人間関係形成の能力としての「話す」「聞く」「話し合う」の力を確実に育成することが求められる。





下線強調は、私が行いました。
素晴らしい文章だと思いました。
私の祖父は、私が幼い頃、「お上の言うことは信じてはいけない。ひどい目にあうからな」と言って学校教育を無視するように教えてくれました。後年、成長してからも、国労組合員だった義父は「政府のいうことを無条件に信用するほど危ないものはない」と諭してくれました。
私の中に優等生的要素が少ないのはそれらのせいだと自覚する時がありますが、この文部科学省の国語教育についての指摘は、すばらしいと思います。

付け加えるとすれば、3・11以後の政府の事故に対する対応が、「日本の社会そのものが危うくなる」という指弾が的中しているのではないか、ここは多くを論じるところではないか、ということですが、それはさておいても、率直にすばらしい認識であると認めておきたい。

みなさんは、どうですか?

明日、詩や動画を一緒に見ながら意見を出しあってみませんか。



補足 ウォーク・研究会とも、事前の申込不要です。
午後6時 宇部市役所前 
午後7時 緑橋教会へ直接おいでください。






posted by 村のトイレ屋 at 12:07| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月04日

ここしばらくは、山口市内にいます。

私のブログの読者のみなさんへ!

ここしばらくは、山口市内にいますので近くに寄ったときやご近所の方は、お立ち寄りください。
連絡してください。

山口駅前のセブンイレブンと山口コープの間あたりです。
山口県山口市道場門前2丁目6-15
進藤塾という看板があります。

携帯電話(安藤)
080-6331-0960
posted by 村のトイレ屋 at 09:53| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする