2017年02月12日

川柳 芋粥さんの「想定内」

昨日は、岩国に岡本正彰さんと行って、アピールをしてきました。
今日は、「日本と原発 4年後」上映会 山陽小野市図書館で
午後の部の駐車場案内を手伝います。
その後は、家のことをいろいろと片付けます。

さて、2月12日、今朝の仲畑流万能川柳(毎日新聞)

原発に次事故あれば想定内   神戸 芋粥


そうなんですよね。
これはもうみんなわかっていることなんですね。
私が、つい先日書いたのも、このことを言いたかったからです。

間に合うのか、再びの日本の原発事故
http://atta-an.seesaa.net/article/446859994.html

な〜んだ、みんなそう認識しているし、それが常識にもなっているんだ、とちょっと肩の力が抜けました。

でも、再稼動の流れは止まっていないのです。
次、事故が起こらない保障はどこにもないのです。
稼動していないからといって、地震や火山に安全という保障はどこにもないのです。
原発=核発電所=核貯蔵庫に、戦闘機が墜落しないという保障もないのです。
これらは、全部 想定内

一部専門家の判断でなくて、川柳に載るくらいの国民みんなの共通認識としての「想定内」です。

それなのに、原発回帰の流れを止められないとすれば、私たちはいったいなんなんだろうか?

考え込んでしまいます。


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2017年01月05日

トイレの注意書き

これ、どうやって水遊びするのだろう〜????〜〜〜〜〜

トイレで水遊び?.jpg


年末年始、考え込んでしまって、なんにも手がつかなかったのですよ。

仮にも、「村のトイレ屋」を名乗り、

トイレ関係の講演なんかもやってる身としては、

考え込んでしまうわけです。

う〜ん、本当にどうやって水遊びをするのだろう。
禁止をするからには、遊ぶ人がいるからでしょうが、はてさて、どうやって遊ぶのか?

不思議。見当もつきません。
言っておきますが、水遊びを決してすすめているわけではありません。

う〜ん、わかりません!!!

写真は、公園の公衆トイレが数多く設置されていることで有名な某市某施設。

〜〜〜〜

暮らしの中から脱原発  
  講演を引き受けます。
安藤 公門
○ 暮らしの中のトイレ、里山生活と肥溜めと畑の循環
○ 暮らしの中の脱原発 「トイレなきマンションをトイレから見ると・・・」
○ タイの農山村のトイレつくりからみた未来型社会〜糞は資源だ〜
プロフィルは、このブログを読んで下さいね。

岡本 正彰
○ 障がい者と原発事故の避難計画 〜最善の避難計画は再稼働中止・原発ゼロ〜
○ 障がい者の保養 宇部の経験を障がい者として振り返る
○ 戦争と障がい者 〜ナチス思想の台頭は許せない〜
プロフィルは、フェースブックで「岡本正彰」を検索してくださいね。

二人がコンビでうかがいます。
テーマと時間は、ご相談によって設定します。
5人程度のミニ集会からお受けします。
交通費と遠方の場合は宿泊費のご負担をお願いします。
講演謝金は、ご相談に応じます。

連絡 私宛にメールをください。
ando-maipenrai★nifty.com   ★を@(半角)に変換してください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


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2016年11月23日

諸行無常

今日は、下関市でニッコリパレード。
リトル釜山の行事と合わせて始まった日韓友好の行事。
宇部からも仲間が参加します。

また、瀬戸内海をカヌーで小豆島から祝島まで横断している原康司さんたちのチームが、今日か明日か、祝島に着くころ。

私は、今日からふたたび山羊・羊の日。宇部ときわ公園の除草です。

http://www.city.ube.yamaguchi.jp/houdou/kouen_ryokuchi/h28/yagijyosou02.html
今日は、私の当番。

山羊の顔を見て山羊の事ばかり考えて暮らしたら気楽だろうなあ
とつぶやいたら、
人間としてやることをヤッてから、そう言って!
と山羊に睨まれた。
はて・・・

昨日、『今こそ原発の廃止を〜日本カトリック教会の問いかけ』が届いたので読み始めました。

他の宗教の取り組みの中に仏教の大谷光真さんの言葉が紹介されています。P221。

「日本は世界でも有数の火山・地震・津波大国です」「原発のあるところだけ変動を免れるとは考えられません。・・・・・・諸行無常が当てはまらない場所などあるのでしょうか。」

福島で今なお、過酷事故に苦しみ、さらに昨日の地震によって不安なときを送っている友人・知人のことを思いながら、この言葉は心に響きました。

諸行無常と唱えながら今日1日を送ります。











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2016年11月01日

ツルシイ(ホーリィバジル)

ツルシイ(ホーリィバジル)は、デトックスにいいのだそうだ。

周防大島で田んぼでグロをみんなでつくったときに持って行って飲んでもらいました。

「毒消しにいいんですよ」

「じゃあ、◎◎さんは、全身消えてしまうね」

「えっ!?」

という会話がありました。

誰が、◎◎さんに言ったのかのかは、秘密ですが、
彼女は破顔大笑。みんなも大笑い。

でも、
「東京の首相官邸にこそ、いるんじゃあないかね」
「いいや、あそこには毒消しのような体にいいものでなくて、毒そのものじゃあなくちゃあ、
だれもおさまらないだろうねえ」
という会話になって
またまた大笑い。

国会では、連日TPP論議。
ラジオをかけっぱにしながら農作業、合間のお茶では
日本全国の田畑で、こんな会話がされているのでしょうね。


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2016年09月16日

周防大島〜祝島のツアー

宇部の仲間、岡本正彰さんと2泊の瀬戸内ツアーです。

もう一人、祝島で合流する予定です。

講演会の資料、パワーポイントはなんとかできました。

参考文献のリストと短い引用を作りました。



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2016年09月14日

一粒の麦

Bさんへ、ご無沙汰しています。

周防大島で行う9月17日の「糞は資源だ」の講演会の準備をしています。

聖書の有名な「ヨハネによる福音書12章24節」
よくよくあなた方に言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。

という言葉をキリスト教徒でもないのに、考えています。

行き詰まっているのは、直感的に「糞は資源だ」と関係ありそうな気がするのですが、いきなりそんなことを言い出しても、だれも納得しないだろうし、牽強付会になってしまうことはわかっています。

今回、少し紹介する安藤昌益は、キリスト教を知っていただろうか?という疑問も湧いてきます。
仏教、神道、儒教に対して猛烈な批判を行っています。

でも、「一粒の麦」の表現は、なにか安藤昌益に近いものを感じるのですが、
今の段階では、よくわからないのでなにも触れないほうがいいだろうとも思います。
しかし、せっかくの機会なのでなにか調べてみたい誘惑にかられて時間がどんどんたっています。

糞尿に対して、親近さを感じる文化と忌避するする文化とをあえて分けて考えれば、韓国(朝鮮)、中国、日本は同じ文化圏に入ります。キリスト教文化圏とその影響を受けたアフリカやキューバ などは、忌避する文化圏とされているようです。(嘉田嘉子さん、坂本太郎さん)
でも、イギリスでも、糞尿活用の事例は報告されているし、一概にきめつけられません。

自然の中で自然とともに生きていくのが人間だから、そんなに違いはないのではないか、という大雑把な論も魅力的です。自然に対抗対決し生まれてきたのが、ヨーロッパ近代文明で、東洋は自然に順応し調和的だという論も整合性はありますが、実際にはどうなんかなあ、という気はします。実証的な研究が少ないからあれこれ言ってるような感じもあります。どちらにせよ、火の使用から蒸気機関の発明を経て、核兵器や破滅的な核発電・原発まで行きついた現代文明は、反省の道をたどり直すこと以外に再生はないというのは確認できることです。とくに、福島原発事故を経験し今なお未解決のまま抱え込んでいる日本は、とくにそうでしょう。

たどり直す場合、この地球で自然の中で人が生きていくとはなにか?自然と人間、人間と人間を考えるのが糞尿論を構成すると思うのです。「糞は資源だ」という場合、人間にとって資源として役に立つということも含意していますが、地球上の生物、地球そのもの(土壌)にとっての意味もあります。跳ね返って人と人の関係、社会のあり方も対象になります。とくに都市の浪費ですね。
ここまで考えて説明をすると、「一粒の麦」も少しは自然と生命の循環的な意味合いを帯びてこないでしょうか?

「全然。聖書にはそんな解釈はない!」と言われれば、「はあ〜、やはりそうですか。」と言う以外にないのですが、キリスト教の説教をされる人にも、こんな人がいるからもう少し諦めずに考えてみることにします。
それは、こんな説教です。
http://www.ne.jp/asahi/church/sasebo/youshi04'04_18.htm

「狭き門」「糞門」「命に通じる門」がキ−ワードです。
今度、時間をとって、この辺りのことは教えてください。
 ではまた。

参考 以前のブログ(メモ)
http://atta-an.seesaa.net/article/185430534.html

               















posted by 村のトイレ屋 at 20:38| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月23日

静かに語る

ある人からのアドバイス。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
沈黙は、無視される。

絶叫は、嫌われる。

あなたは、もともとの素地はお笑い系だが、
軽くミられるだけで終わっている。

あきらめず、投げ出さず、静かに語り続けるのがいいと思うよ。

〜〜〜〜〜〜〜〜

まあ、どっちにせよ内容が問題なのだと思いますけどね、と答えておいた。

やはり、しっかり勉強して考えることがすべてだ。
5月21日の紀藤正樹さんの講演を聞いて、そう思った。
日本国憲法の歴史的な流れ、論理的な整理。
目からウロコが落ちることがいっぱいだった。

そういえば、紀藤さんの語り方も静かな落ち着いたものだった。

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2016年05月18日

山は動くのか、動かすのか。

先週の日曜日に宇部市小野の上宇内でお世話になっている人の納屋の片付け作業を仲間とした。
そのとき、大きな石があって、どうしても動かさないといけないことがわかった。
二人で蹴ったり抱えようとしたりするけれど、びくともするようなものではない。
でも、私たちは、ピラミッド以来の知恵、テコの原理を幸いにも知っていたので、頑丈な棒を探し、レンガと硬い石をすえ重い石の下に差し込み、何回か繰り返して、その石をひっくり返して移動させたのであった。

そのとき、ふと、石を動かすのがこんなに大変ならば、山はもっと困難なことだなあと思って、一瞬、土井たか子さんの名言、「山が動いた」が頭をよぎった。そして、あれは、「山を動かした」でなくて、「山が動いた」でよかったのかなあという疑問がわき調べてみた。
この言葉は、土井たか子さんが社民党の党首に就任して3年後の1989年参議院選挙のときに発せられた。「マドンナ旋風」が吹いたと言われた選挙だ。もう30年近くがたっている。
当たるとやはり「山が動いた」でよかった。

さて、昨日のことだが、齋藤孝著『声に出して読みたい日本語』をチラチラ読んでいたら、与謝野晶子の「山の動く日来る」が紹介されていた。(p36)
解説には、『青鞜』の創刊号の巻頭に掲載されていたと書かれている。ネットの青空文庫では、題は「山の動く日」となっている。与謝野晶子の詩を土井たか子さんは知っていて、十分意識して使っていたことが、詩の内容から推察される。もちろん、土井さんの文章かなにかがあれば実証できるのだろうが、今は調べる時間がない。当時から、ついこの間まで、私はそんな背景も全然知らずに、いい言葉だなあと思っていただけだった。もちろん今度の夏の参議院選挙で山が動くことを強く期待している。

それにしても、「山は動くもの」で「人の力で動かす」ことはできないのだろうか。動かせるとすれば、そのテコはどこにあるのだろうか。

参考:青空文庫 与謝野晶子 
http://www.aozora.gr.jp/cards/000885/files/2557_15784.html





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2016年05月13日

林神父語録、追加

今日は、1日山羊に会えなかった。
羊にも会えなかった。
残念なことだ。

ふと、林神父のことを思い出した。
先日の講演会で、こう言っていた。

若者の反乱のないところには、死相が広がる。
老人の反乱のないところには、絶望の砂漠が広がる。
そして、女性に反乱のないところでは、生命が枯れる。


とくに高齢者の沈黙は、笑止だ。
何を失うというのだろう。
悔しさと沈黙を墓場まで運んでなんになろう。

言いたいことは、今、言っておくことだ。

posted by 村のトイレ屋 at 23:32| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

調べたらこんな人がいた。纐纈(こうけつ)という名前。

こうけつ厚さんは、名前が覚えにくいが、一度覚えると忘れない。

私の友人はたいてい口が悪いが、そのひとりは

こうけつあつ 高血圧 と覚えてしまったほうが忘れがたいよ、という。

で、纐纈さんの出身地の岐阜やその他、纐纈姓のみなさんはどうしているのかと思って調べたら
こんな人がいた。

纐纈歩美さん
検索するといっぱい出てくるサックスの実力者だ。
美人ナントカという売り出しが不要ということだ。

名前について、こう答えている。
〜〜〜〜〜〜〜
『纐纈歩美』。姓が難しい? 「本名です。最初はひらがなとか、“AYUMI”なんて案もあったんですが。堂々とやっちゃおうって。インパクトもあるし、逆に覚えたら忘れないし、ね」。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私たちのこうけつ厚さんも一度憶えてしまえば、忘れるものではない。

参考
【纐纈歩美】“美人サックスプレーヤー”というレッテル
http://www.zakzak.co.jp/people/news/20110421/peo1104211615000-n1.htm

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2016年04月03日

【いいよ、山口県】きらめき財団。関門保養プロジェクトの紹介。

ずいぶん前に、ある集まりで山口を紹介するコピーの競作を行うことがあって、私は

山羊を飼うのなら山口県。

というコピーをつくって、結構良い票数をとったことがありました。(たしか次点)

私の大学院の指導教官であった安渓遊地さんは、『やまぐちは日本一』という本を2冊編著で出しています。

今、山口県知事が、何でもかんでも「日本一」を乱発しているので、元祖が迷惑しているきらいもないではないですが、安渓さんの「やまぐちは日本一」の趣旨は、「山口は暮らしやすいところだよ。みんな自分の住んでいるところが快適であることがうれしいじゃあないですか。暮らしやすいようにしましょうよ。そのために活動している、こんな人がいますよ」という著書であって、肩肘張って誇示するものとはちょっと違う。・・・と不肖の弟子は思うのです。

さて、それはともかく

山口のいいところを紹介することは、たいせつなことだ思っていたら、
こんなサイトがあったので、ぜひみてください。

きらめき財団 関門保養プロジェクトの活動報告
http://urx2.nu/t3u8
まこさんけんさんのお話の報告です。
私もこの場にいて、ゲラゲラ笑い転げたことを覚えています。

今度、祝島にも来るそうですよ。








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2016年04月02日

フユウソウ

4月9日 選挙に勝つための勉強会。
午後6時〜8時半 宇部市シルバーふれあいセンター第3講座室。
講師は、獣医の山縣純次先生です。
獣医なのに、なぜ選挙の勝ち方を?とお思いかもしれませんが、先生は戦後の農民運動に参加するため獣医になったのです。山陽小野田、宇部地域でも著名な故・細迫兼光代議士の秘書を10年あまり務められ、その後、下関市において、市民運動が選挙にどう取り組むかを研究・実践された方です。

今の段階で、4月9日にこうけつ(纐纈)厚さんが、来られるかどうかは、確定していません。
でも、戦争も、原発も、格差もない社会を望む私たちは、まずは選挙のイロハを学んでおくことが必要だと考えるのです。
ぜひ、ご参加下さい。

拡散歓迎
以下のPDFファイルをクリックしてください。
0409山縣先生講演会1.pdf


ある山羊との会話。

山羊 フユウソウとは、どんな草か教えてよ?
   食べても大丈夫か。

私  草ではないんだよ。

山羊 じゃあ、なんだ?草でなければソウなんて言うな。

私  人間の集まり集団のことなんだよ、まあ金持ちのことだな。最近表にでることが多くなったからかよく聞くよね。漢字では、富裕層と書くの。

山羊 じゃあ、人間はみんな金持ちになったのか、フユウソウという草になったのか?

私  いっや、そうではないよ。一部に富が集まって、ごく一部の人口の1%にも満たないと言われているよ。今度は反対に中間層が分解して、ヒンコンソウが増えてきたんだよ。

山羊 なんだ、そのヒンコンソウっていうのは、食えるのか。なんか不味そうな草だな。

私  いっや、これも草でないの。人間の集団なの。ようは、経済的に貧困、貧乏な人ってこと。漢字では、貧困層と書くの。

山羊 なんだ、あんたらのことじゃあないか、それは食えないわ。

私  まあ、そうだね。でも数は多いんだよ。はるかに・・どんどん増えているのよ。

山羊 ふ〜ん、ところで、噂のこうけつ厚さんは、どっちなんだよ。なんか参議院選挙の山口に県民統一候補として出るらしいんじゃあないか。

私  へえ、山の中に住んでいてもニュースは読むんだ。ふ〜ん。大学の副学長をやっていたから生粋の経済的貧困者でなくて、まあ生活はそこそこ安定していたと思うよ。でもね、戦争に反対することを研究し、訴えているからフユウソウではないんだよ。戦争を必要とするのは、金持ちがもっと金持ちになるために戦争をしたがるからだからね。ヒンコンソウを騙して戦場に駆り出し、自分はぬくぬくとしているの。

山羊  そうか、それならこうけつさんはそっちではないんだね。あ〜、あよかった。若者に仕事があって、普通に働いて子どもを安心して育てられる世の中。山羊を飼って平和に暮らせる世の中。それがあれば十分だからね。まあ、それならフユウソウもヒンコンソウも食べないで、まあおとなしくしているよ。じゃあ、またね。


 
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2016年02月06日

トイレで検索。既成権威を疑う哲学の世界を垣間見た。

少し時間が出来たので遊ぼうと思って、トイレをキーワードに検索をかけた。

いつもは、仕事や役に立ちそうな情報で立ち止まりメモをしたりするのだが、
今日は、暇つぶし的なところで、しばし立ち止まった。

どうも形式的な社会的に認知された権威について考察しているようである。
トイレは、切り口に過ぎない。引きこまれて私も考えてみた。
今も考えている。
ここしばらく、考えているだろう。
私が、なにかぼ〜としているだと見えたら、そのせいだと思っていただいて結構です。

以下、該当サイトと言葉です。

八方美人な書評のページ
【河出書房新社】
『一人の哀しみは世界の終わりに匹敵する』
鹿島田真希著 
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/syohyo.html

〜〜〜〜
もし美術館に展示されている絵画が贋作であったとしても、その筋の専門家ではない私たちに、真偽を見極める手段はない。逆に言えば、もし本物の「モナ・リザ」が公衆トイレの壁に貼られていたら、私たちはそれが本物であると認識できるだろうか、ということになる。
〜〜〜
美術館の提示物として置かれた便器が、はたして芸術作品なのかどいうかという命題

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


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2016年01月22日

「税収とは、国民から・・・・」

塾をやっている知人からこんな問題をつくったがどうか、とメールがきた。

プリントして街中で配布したいねと答えておきました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

社会科 3択問題です。

以下の言葉の続きとして、正しくいものを選んでください。

「そもそも税収とは、国民から・・・」

A、・・・汗水たらして働いたものからいただいたもの

B、・・・税吏が国民を脅迫して奪いとったもの

C、・・・吸い上げたもの

答は、以下の動画(国会中継の総理答弁)をみてください。17分過ぎ。

「税収というものは国民から」.JPG





なお、清水議員(大阪維新)他、誰も疑義に思う人がいなかったのはどうして?
国会がストップするほどの問題にならなったのは、なぜか?
という問題がうまれます。
清水議員も同じように考えているのでしょうね。

何事もしっかりした考えをもって世の中を見ていないと
お金も魂(たましい)も、丸ごと吸い上げられてしまいますから、注意してください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

どこかに大型バキュームカーがあるのだろうかと私は思った。




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2016年01月10日

年賀状

5年ぶりに年賀状を出した。
お互い、生きていることの確認のつもりで数人に書いた。
「元気で生きているよ、今度、同窓会で会おう」という電話がすぐにあった。
懐かしく、うれしかった。
彼は、小学校に入学するまえに友人になった人で、母の実家の近くに住んでいた。
川遊びで友達になり、その後小学校・中学校と一緒だった。

年に1回くらい昔を整理するのが年賀状なのかとも思った。


posted by 村のトイレ屋 at 12:20| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月02日

中島潔展

家族で小倉の展覧会にいってきた。

少女の素足がいきいきとして、とてもよかった。


福島関連の絵が数点あった。

地獄絵図があった。

地獄に落ちろ!と叫びたい人間が、私には何人かいるが,それがあてはまるかどうかは不明だった。



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2015年11月09日

「わけ、わからん!」 「もう10年若かったなら」   最近聞いた言葉のメモ

「わっけわからん、山口の人が安倍の暴走にあんなに大人しいのは、どうして?
山口だけ、たとえば安倍首相の地元、下関市民に国民には内緒でお金が配られているとか、そんなことがあるの?」
「うんにゃ、下関市に友達がいるけれど、聞いたことがない」
「ふ〜ん、そうなの、わっけわからんね」

      11月1日 伊方原発再稼働阻止集会で
      松山に行った時に、大阪の人から。





「前立腺ガンだったのよ。手術もしたがミスで併発もあってね。大変だったのね、でも、そこに3・11が起こって・・・小出裕章さんの講演会があって、そうこう走り回っているとき、言ってやったそね。
今は、病気なんかしている暇ないから、どうせあの世にはおとなしく行くから、お前らと遊んでられんとね。
あるとき、定期検査で病院に行ったら、綺麗にガンが消えてるよ、どこかで別で治療を受けたのかと言われたそいね。いいや、原発ゼロで走り回っていたら気力が湧いて元気が出たようだ。先生も一緒にどうねと言ってyったよ。岩国基地、辺野古、戦争法案、原発再稼働・・・病気してる暇がないよ」

        金曜ウォーク@宇部で聞いた話




「もう10年若かったら、私が今度の参議院選挙に出てやるのだが・・・」
「おい、そのセリフ、10年前にも言ってなかったか」
「うひゃあ、65の時も言っていたなあ」

        ある高齢者の集まりで
              

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2015年08月17日

「まじっすか?!」

この夏の保養プロジェクトは、無事終わりました。

こちらに報告があります。
http://ameblo.jp/fukushima-yamaguchi/entry-12061102656.html

多くの方の協力で実現できました。

県立大学の学生の活躍は、今年も飛び抜けてすばらしいものでした。
子どもたちにとっても、山口のお姉ちゃんお兄ちゃんの存在は、心に残るものとなったと思います。
会のブログで報告されるでしょうが、子ども会議の提案とそこで決まったルールは、今後のモデルになるような気がします。

子どもたち15人、連日の猛暑と川遊び、
洗濯をどうするか、計画段階でスタッフが頭を悩ましていたのですが、
近所の方をはじめ4人が、毎朝毎夕、覗いていただき、解決しました。

車を持つほどの大きな団体でないので移動に苦労しましたが、
宇部の協立病院、すぐ近くの宮野のるり学園のご好意でこちらも解決しました。
また、運転手さんもそれぞれ喜んで参加してくれました。

阿武町福賀から特大のスイカの差し入れをいただきました。
8キロはあろうかというものです。大きく甘いだけでなく味がなんとも言えませんでした。子どもたち、スタッフだけでは食べきれなかったので、安斎徹さんの仮設住宅に送らせていただきました。

この活動は、大きな補助金に頼るのではなく、街頭カンパと市民のみなさんからの個人カンパでまかなってきました。本当にありがたいことです。
他に書ききれないほどいろいろな人のお世話で無事終わることができた保養プロジェクトでした。
心から感謝致します。本当にありがとうございます。

私個人は、子どもたちから言葉を教えてもらいました。

「まじっすか!?」

といいあうのです。

疑問形で語尾を上げる
肯定して歓びを表す
詰問調で非難する
その他、場所と表情の状況で

バリエーションの豊富なこと!

別れる頃になって、ようやく気が合うようになって、ほぼ同時に
「まじっすか!」と声を出しあうようになりました。

しばらく私は、誰と話すにも、この「まじっすか!?」を連発していますが、
そのニュアンスはそれぞれ違いますので、どうかそれぞれ聞き取ってくださいね。
posted by 村のトイレ屋 at 10:44| 山口 ☔| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

「山口県だからこそ可能なこと。アベ政治を変えたい人は山口へ!」

ある会話
カフェで、聞くとはなしに聞いていて、帰ってメモしたものです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「東京へ行って来たいんですけれど・・・」
「何をするために、あんな人混みの多い、忙しいだけのところに行きたいの?放射能汚染だってまだ安全ではないんだよ」

「いやあね、国会デモに参加したいんですよ。もう黙っていられません。国民の理解が得られなくても強行採決します、って、あれもう完全に私たちを馬鹿にしていますよね。安全保障は国民の支持がなくてもやっていくものって、・・・それとこの法案は憲法違反です。ほとんどの憲法学者が憲法違反と言っている。私も別に学者の意見を聞かなくても憲法9条をはじめ憲法の考えを踏みにじる法案だと思いますよ。」
「確かに!」

「それにですよ、この安保法案は憲法違反ではないと言っている学者は3人いて、その学者は3人とも、徴兵制は憲法違反ではない、と言っているんですよ。自民党の隠している本音を学者が代弁しているんですよ」
「そうだね。自民党や菅官房長官も、これには慌てているようだね」

「徴兵制となれば戦争に行くのは、私らの世代ですからね。今のうちに止めないと・・・殺されるのはもちろん嫌だけど、人を殺すなんて考えるだけでもぞっとして、おぞましいです。」
「そうだよね、ママたちの会の だれの子どもも、ころさせない って言葉は僕も大賛成だ」

「それで、どうしても東京へ行ってきます。国会前で声をあげてきます」
「いいねえ、夜行バスで行くの?、気をつけてね、あっ、そうだ、東京へ行ったら他所の地域の人から山口県民は、安倍や高村やその他の自民党の議員を送り出していますが、どうも思っていないのですか?と聞かれるから答えを用意しておいたほうがいいよ」

「どういうことですか?」
「だって、山口県選出の議員だもの?責任をもって送り出したんだと思われるのは当然だろう?」

「私は彼らに投票していませんよ、選挙権を得てから一回も!」
「だけど彼らは、山口県選出で大活躍している、言い換えれば日本中に大迷惑をかけている。なんであんな人間を選んだんだ、この前の選挙のときに何をやっていたんだ、山口の人たちは・・・僕なんか友達から電話やメールがくるよ、国会前で山口から来ましたといえば、そんな声もあるだろうねえ。山口は保守王国で大変ですねなどと慰めてくれる人は、今の切迫感のなかで減っているか、いないと思うよ」

「そんなものですかね、いい気分ではないですね。嫌だなあ、あんまり人混みが好きでないのに、電車の乗り換えも喧騒もいやなのに、デモもすきでないのに、そこで嫌味を言われるのって、なんだかなあ〜」
「そんな弱気にならないでよ、一つだけいい考えがあるんだよね。国会前の人達は、みんな本気で安倍政治を終わらせたいと思っている人たちなんだよね。だから、そのために一番手っ取り早い方法を教えてやるんだよ。それはね、確かに山口県民の責任は、自民党の総裁、同時に総理大臣、と副総裁のツゥトップを出しているわけだから重いものがあるよ、これは弁解の余地なしだよ。でも逆に考えると山口の選挙民がこの二人を拒否して落選させれば、日本の政治の流れは変わるのでないかなあ。山口県ってそんな大切なところに位置しているわけよ。確かに今の非力は申し訳ないことだけど、そんなもの隠したって恥ずかしがったって変わるものではないからね。」

「って、開きなおるんですか?」
「そうだよね。やはり開き直りかな。まあ、現実を直視するってことだと思うけれどね。冷静にみれば、これは他の都道府県にはないと思うよ。よく地域おこしで言うじゃあない、ないものねだりよりもあるものを生かしって・・・あるもの=日本の諸悪の根源。それを変えられるのは山口県での一票。山口県に移住して日本の政治を変えよう」

「・・・なんか移住定住のキャッチコピーみたい、悪乗りじゃあないですか。」
「そうかなあ、ある人は山口県にきて上関原発を止めよう、原発の新設増設を止めることのできる山口県へどうぞ、と宣伝していたけれどねえ」

「ふ〜ん、生真面目な山口県民は反発しますねえ、きっと」
「でも、その生真面目さが保守王国を支えているのなら、それを笑い崩す豪快さもあっていいのでは・・・まあ人それぞれだろうねえ。・・・話はそれたけれど、というわけで、どうせ東京まで体力と時間とお金を使って行くのなら、山口の潜在価値をアピールしてきてよ。デモは、100万人規模ないと安倍政治は終わらないと思うけれど、山口4区では、22.8万人(下関市)+3.1万人(長門市)、合計約26万人の有権者が相手だから、効率的といえば効率的だよね・・・ほら、経営学の教科書に書いているあの原則、・・・選択と集中、その応用。全国の戦争を止める力を山口へ集めよう。山口県はやり甲斐があるよ、きっと」

「さあ、そううまくいきますかねえ〜。聞いてくれますかねえ。数だけの問題ではないと思いますがねえ。」
「やってみないとねえ、帰ったらまた報告してよ」

「はい、はい」
「じゃあ、」


参考
山口県の選挙 2014年 衆議院選 
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/gyosei/senkyo/data/h26shuin/BS_KAIHYO.htm

2012衆院選.JPG


2012山口4区.JPG


(注) 選挙権が18歳からになったので、数は今少し増えます。







posted by 村のトイレ屋 at 11:45| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月07日

学校選挙。スウエーデンの場合。柳井高校の安保法制授業について、続き。

選挙で若者の投票率がなぜ低いのか?
あるいは、若者の政治参加はなぜ少ないのか?

をぼつぼつと考えている。

あとの問題は、東京や京都、札幌のデモで若者たちが街頭に登場したことで、問題の立て方がちがってくるかもしれない。

柳井高校の安保法制の授業が波紋を広げている。

毎日新聞山口版の報道
http://mainichi.jp/edu/news/20150625ddlk35010435000c.html

県議会での教育長の発言とその報道

毎日新聞 2015年07月04日 西部朝刊
安保法案:授業を問題視 高校での模擬投票 山口県教育長、自民県議質問に「配慮不足」
http://mainichi.jp/edu/news/20150704ddp001010003000c.html

私のブログ
http://atta-an.seesaa.net/article/421799300.html


フェースブックでは、かなりの人が触れている。
私も感想を書いて、多くの(私のブログにしては)意見をいただいた。

スウエーデンを調べてみたらどうかという助言があった。

探してみると、こういうブログがあった。

両角達平さん(ストックホルム大学院生)のブログ
なぜスウェーデンの若者の投票率は高いのか― 学校選挙2014
http://www.huffingtonpost.jp/tatsuhei-morozumi/sweden_b_5885854.html

その中に、こんな文章がある。
〜〜〜〜〜〜〜〜
学校選挙2014とは、スウェーデンの国政選挙が実施されるたびに行われるプロジェクトだ。日本でいう中学生と高校生が主な対象で、実際の選挙に先駆けて生徒が投票を学校で行うというものだ。もちろん投票は「模擬」なので実際の国政選挙に結果が反映されることはない。スウェーデン若者市民社会庁、スウェーデン生徒会連合、スウェーデン生徒会組合、欧州若者議会からのサポートを受けてるいる。スウェーデン全土で1629 校が参加しており、参加する生徒総数は46万5960人だ。(2013年時点のスウェーデンの全人口は959.3万 )
〜〜〜〜〜

実際に投票するが、結果は、本選挙の開票後に明らかにされるそうだ。

こういう国があるということが、おもしろいし、すばらしい。
民主主義の豊かさ、多様性を感じる。

それで投票率は、
〜〜〜〜〜〜
スウェーデンの若者の投票率は、高いことで有名だ。前回の2010年の総選挙において、18歳から29歳のスウェーデンの若者の投票率は79%にもおよび、全世代の投票率84.6%と比べても大差はない。
〜〜〜〜〜〜〜〜
ということだ。

日本の若者の場合は、
「一方で日本の前回の衆議院選挙では20歳代の投票率は37.89%。60歳代以上の投票率は70%以上。」ということだ。

スウエーデンの方法が何かの打開策になるだろうか?
いずれにせよ、柳井高校の事例は、ようやく始まったばかり。
これからの模索と積み上げが必要なことだ。

少なくとも、7月4日のNHKスペシャルで、山口県一区選出の高村自民党副総裁が、「過去に自衛隊つくったときやPKO決めた時も国民の理解を得られたことはない」「国民の理解が得られなくても必要ならやる」というような発言が、なんの批判や検討を経ずに通用することはなくなるだろう。

こんな発言、高校の社会科の授業で、高校生を前に、まともな政治家が言えるだろうか。
スウエーデンまで行かなくても、日本の高校生でも議会制の授業でこの高村発言を紹介したら、疑問や憤激の声があがるだろう。

現状は、ほとんどの高校生の知らないところで(知ってほしい)こんな無茶苦茶な発言が通用しているのだ。
民主主義がまともに働いているなら、こんな発言は即座に弾劾されて党の要職はおろか、議員辞職も当然だろう。
愚民政治と民主主義は、相いれない。
山口県は、声なき奴隷、考えない愚民の県なのだろうか?

少なくとも、柳井高校の授業は、そうでなく健全な民主主義の方向を示し、対する県教委は愚民教育の旗振り役であることを示した。
この対比は、今後、どっちに傾いていくのか。
問われているのは、山口県の全有権者だ。



posted by 村のトイレ屋 at 11:43| 山口 ☔| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする