2017年04月16日

【山口の温泉】柚木慈生温泉

山口県のいい温泉はどこ?
という問合せがありました。
柚木慈生温泉 と答えておきました。

山口県には原発(原子力発電所=核発電所)はありません。
瀬戸内の上関町に計画がありますが、まだ建っていません。
祝島の人を先頭にみんなで35年間止めています。
山口県当局と知事は、この有数の観光地に核発電所を建てようとしています。
厳密には中国電力の計画を海の埋め立て許可を出すことで容認しています。
福島の事故があったのに、原発と観光政策が両立するという感覚が理解できません。
でも、再度いいますが県民の力で止めているのでまだ原発は建っていません。

しかし、近隣では、
島根県松江市に島根原発
愛媛県伊方町に伊方原発
佐賀県玄海町に玄海原発
鹿児島県川内市に川内原発
があります。
原発事故に県境はありませんので、稼働状況、事故情報などを確認の上、お越しください。

柚木慈生温泉
山口市徳地柚木2178
営業時間 10:00〜20:00
定休日 毎月5日、18日
お問い合わせ TEL:0835-58-0430

参考
山口市観光案内
http://www.yamaguchi-city.jp/details/ca_yunoki.html

評判記 
秘境、神秘の湯・・・
http://www.hikyou.jp/detail.php?shid=30330

私には昔ながらの世俗の湯で、まあそれで十分です。
国道315号沿い。連休は混みます。
posted by 村のトイレ屋 at 17:43| 山口 🌁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

食べ物占い

わたしには、占いの能力がある。
このことは隠しているわけでも宣伝しているわけでもない。
人に知られていないのは、私のためだけにしか使っていないからだ。

食べ物を食べていて、おいしいなあ〜と一息入れたときに聞こえる声に従うといいのだ。
先日、豊北町角島のパン屋さん(島のパンたまや)でパンを食べているときに啓示のような声が私に降りてきた。

「今日、コースを変えて寄ってみれば彼に会えるはずだ」

彼とは、もう4年くらい会ってない。
献身的にさまざなことをやってくれた若い人で、消息が途絶えているような形になっていて心配していた。
一度、2度と行ってみたことがあるのだけれど、不在で会えなかった。

占いに従って、コースを変え、山羊を見る公園もさっさと切り上げ、農免道路の近道を走り、彼の家に寄ってみると、

ちょうど、庭先で作業をしているところだった。

美味しいパンの占いは見事にあたった。

会うだけでよかったので、互いの近況を手短に話しあって別れた。

身も心も軽くなった。


この能力を人にも分けてやりたいが、そうすると美味しいものを要求することになるのでやめておく。

角島でのようにばったり見つけるのが気が楽だ。




posted by 村のトイレ屋 at 21:17| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

角島の地元のパン屋さん


角島1.jpg


角島2.jpg


角島3.jpg



仲間とふたりで、3.25県民集会のチラシを配布に豊北町に行き角島に渡りました。
市役所の支所の側にパン屋さんがありました。
美味しいそうなパンとコーヒーの香りに引き寄せられ、ここで昼食にすることにしました。

島の出身ではなくて、交番の勤務で角島が好きになり、退職後準備して、今か今かと待たれながら昨年11月にオープンしたそうです。これは、お客として喫茶室に座っていた地元のおばさんが話してくれました。
うなずきながらマスターが、「観光客用というより地元の人向けの店」と語っていました。
原発のことが話題になって、島のおばさんが豊北原発を止めた話をしてくれました。
約40年前のことだそうです。

工房ではマスターの奥さんがパンを焼いていました。
自分でつくったという本棚に本がいっぱい並んでいました。
窓の外にツリーハウスが見えました。
海がとっても澄んで見えました。

豆から淹れてくれるコーヒーが250円、パンもとても安く、しかも美味しかったです。
オープンは、水木金。「10時から〜なくなるまで」と看板に書いてありました。
ハイジのパンを土産に買って帰りました。


posted by 村のトイレ屋 at 21:32| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

川柳 芋粥さんの「想定内」

昨日は、岩国に岡本正彰さんと行って、アピールをしてきました。
今日は、「日本と原発 4年後」上映会 山陽小野市図書館で
午後の部の駐車場案内を手伝います。
その後は、家のことをいろいろと片付けます。

さて、2月12日、今朝の仲畑流万能川柳(毎日新聞)

原発に次事故あれば想定内   神戸 芋粥


そうなんですよね。
これはもうみんなわかっていることなんですね。
私が、つい先日書いたのも、このことを言いたかったからです。

間に合うのか、再びの日本の原発事故
http://atta-an.seesaa.net/article/446859994.html

な〜んだ、みんなそう認識しているし、それが常識にもなっているんだ、とちょっと肩の力が抜けました。

でも、再稼動の流れは止まっていないのです。
次、事故が起こらない保障はどこにもないのです。
稼動していないからといって、地震や火山に安全という保障はどこにもないのです。
原発=核発電所=核貯蔵庫に、戦闘機が墜落しないという保障もないのです。
これらは、全部 想定内

一部専門家の判断でなくて、川柳に載るくらいの国民みんなの共通認識としての「想定内」です。

それなのに、原発回帰の流れを止められないとすれば、私たちはいったいなんなんだろうか?

考え込んでしまいます。


posted by 村のトイレ屋 at 09:58| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

トイレの注意書き

これ、どうやって水遊びするのだろう〜????〜〜〜〜〜

トイレで水遊び?.jpg


年末年始、考え込んでしまって、なんにも手がつかなかったのですよ。

仮にも、「村のトイレ屋」を名乗り、

トイレ関係の講演なんかもやってる身としては、

考え込んでしまうわけです。

う〜ん、本当にどうやって水遊びをするのだろう。
禁止をするからには、遊ぶ人がいるからでしょうが、はてさて、どうやって遊ぶのか?

不思議。見当もつきません。
言っておきますが、水遊びを決してすすめているわけではありません。

う〜ん、わかりません!!!

写真は、公園の公衆トイレが数多く設置されていることで有名な某市某施設。

〜〜〜〜

暮らしの中から脱原発  
  講演を引き受けます。
安藤 公門
○ 暮らしの中のトイレ、里山生活と肥溜めと畑の循環
○ 暮らしの中の脱原発 「トイレなきマンションをトイレから見ると・・・」
○ タイの農山村のトイレつくりからみた未来型社会〜糞は資源だ〜
プロフィルは、このブログを読んで下さいね。

岡本 正彰
○ 障がい者と原発事故の避難計画 〜最善の避難計画は再稼働中止・原発ゼロ〜
○ 障がい者の保養 宇部の経験を障がい者として振り返る
○ 戦争と障がい者 〜ナチス思想の台頭は許せない〜
プロフィルは、フェースブックで「岡本正彰」を検索してくださいね。

二人がコンビでうかがいます。
テーマと時間は、ご相談によって設定します。
5人程度のミニ集会からお受けします。
交通費と遠方の場合は宿泊費のご負担をお願いします。
講演謝金は、ご相談に応じます。

連絡 私宛にメールをください。
ando-maipenrai★nifty.com   ★を@(半角)に変換してください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


posted by 村のトイレ屋 at 22:28| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

諸行無常

今日は、下関市でニッコリパレード。
リトル釜山の行事と合わせて始まった日韓友好の行事。
宇部からも仲間が参加します。

また、瀬戸内海をカヌーで小豆島から祝島まで横断している原康司さんたちのチームが、今日か明日か、祝島に着くころ。

私は、今日からふたたび山羊・羊の日。宇部ときわ公園の除草です。

http://www.city.ube.yamaguchi.jp/houdou/kouen_ryokuchi/h28/yagijyosou02.html
今日は、私の当番。

山羊の顔を見て山羊の事ばかり考えて暮らしたら気楽だろうなあ
とつぶやいたら、
人間としてやることをヤッてから、そう言って!
と山羊に睨まれた。
はて・・・

昨日、『今こそ原発の廃止を〜日本カトリック教会の問いかけ』が届いたので読み始めました。

他の宗教の取り組みの中に仏教の大谷光真さんの言葉が紹介されています。P221。

「日本は世界でも有数の火山・地震・津波大国です」「原発のあるところだけ変動を免れるとは考えられません。・・・・・・諸行無常が当てはまらない場所などあるのでしょうか。」

福島で今なお、過酷事故に苦しみ、さらに昨日の地震によって不安なときを送っている友人・知人のことを思いながら、この言葉は心に響きました。

諸行無常と唱えながら今日1日を送ります。











posted by 村のトイレ屋 at 07:13| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

ツルシイ(ホーリィバジル)

ツルシイ(ホーリィバジル)は、デトックスにいいのだそうだ。

周防大島で田んぼでグロをみんなでつくったときに持って行って飲んでもらいました。

「毒消しにいいんですよ」

「じゃあ、◎◎さんは、全身消えてしまうね」

「えっ!?」

という会話がありました。

誰が、◎◎さんに言ったのかのかは、秘密ですが、
彼女は破顔大笑。みんなも大笑い。

でも、
「東京の首相官邸にこそ、いるんじゃあないかね」
「いいや、あそこには毒消しのような体にいいものでなくて、毒そのものじゃあなくちゃあ、
だれもおさまらないだろうねえ」
という会話になって
またまた大笑い。

国会では、連日TPP論議。
ラジオをかけっぱにしながら農作業、合間のお茶では
日本全国の田畑で、こんな会話がされているのでしょうね。


posted by 村のトイレ屋 at 08:42| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

周防大島〜祝島のツアー

宇部の仲間、岡本正彰さんと2泊の瀬戸内ツアーです。

もう一人、祝島で合流する予定です。

講演会の資料、パワーポイントはなんとかできました。

参考文献のリストと短い引用を作りました。



posted by 村のトイレ屋 at 22:57| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月14日

一粒の麦

Bさんへ、ご無沙汰しています。

周防大島で行う9月17日の「糞は資源だ」の講演会の準備をしています。

聖書の有名な「ヨハネによる福音書12章24節」
よくよくあなた方に言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。

という言葉をキリスト教徒でもないのに、考えています。

行き詰まっているのは、直感的に「糞は資源だ」と関係ありそうな気がするのですが、いきなりそんなことを言い出しても、だれも納得しないだろうし、牽強付会になってしまうことはわかっています。

今回、少し紹介する安藤昌益は、キリスト教を知っていただろうか?という疑問も湧いてきます。
仏教、神道、儒教に対して猛烈な批判を行っています。

でも、「一粒の麦」の表現は、なにか安藤昌益に近いものを感じるのですが、
今の段階では、よくわからないのでなにも触れないほうがいいだろうとも思います。
しかし、せっかくの機会なのでなにか調べてみたい誘惑にかられて時間がどんどんたっています。

糞尿に対して、親近さを感じる文化と忌避するする文化とをあえて分けて考えれば、韓国(朝鮮)、中国、日本は同じ文化圏に入ります。キリスト教文化圏とその影響を受けたアフリカやキューバ などは、忌避する文化圏とされているようです。(嘉田嘉子さん、坂本太郎さん)
でも、イギリスでも、糞尿活用の事例は報告されているし、一概にきめつけられません。

自然の中で自然とともに生きていくのが人間だから、そんなに違いはないのではないか、という大雑把な論も魅力的です。自然に対抗対決し生まれてきたのが、ヨーロッパ近代文明で、東洋は自然に順応し調和的だという論も整合性はありますが、実際にはどうなんかなあ、という気はします。実証的な研究が少ないからあれこれ言ってるような感じもあります。どちらにせよ、火の使用から蒸気機関の発明を経て、核兵器や破滅的な核発電・原発まで行きついた現代文明は、反省の道をたどり直すこと以外に再生はないというのは確認できることです。とくに、福島原発事故を経験し今なお未解決のまま抱え込んでいる日本は、とくにそうでしょう。

たどり直す場合、この地球で自然の中で人が生きていくとはなにか?自然と人間、人間と人間を考えるのが糞尿論を構成すると思うのです。「糞は資源だ」という場合、人間にとって資源として役に立つということも含意していますが、地球上の生物、地球そのもの(土壌)にとっての意味もあります。跳ね返って人と人の関係、社会のあり方も対象になります。とくに都市の浪費ですね。
ここまで考えて説明をすると、「一粒の麦」も少しは自然と生命の循環的な意味合いを帯びてこないでしょうか?

「全然。聖書にはそんな解釈はない!」と言われれば、「はあ〜、やはりそうですか。」と言う以外にないのですが、キリスト教の説教をされる人にも、こんな人がいるからもう少し諦めずに考えてみることにします。
それは、こんな説教です。
http://www.ne.jp/asahi/church/sasebo/youshi04'04_18.htm

「狭き門」「糞門」「命に通じる門」がキ−ワードです。
今度、時間をとって、この辺りのことは教えてください。
 ではまた。

参考 以前のブログ(メモ)
http://atta-an.seesaa.net/article/185430534.html

               















posted by 村のトイレ屋 at 20:38| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月23日

静かに語る

ある人からのアドバイス。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
沈黙は、無視される。

絶叫は、嫌われる。

あなたは、もともとの素地はお笑い系だが、
軽くミられるだけで終わっている。

あきらめず、投げ出さず、静かに語り続けるのがいいと思うよ。

〜〜〜〜〜〜〜〜

まあ、どっちにせよ内容が問題なのだと思いますけどね、と答えておいた。

やはり、しっかり勉強して考えることがすべてだ。
5月21日の紀藤正樹さんの講演を聞いて、そう思った。
日本国憲法の歴史的な流れ、論理的な整理。
目からウロコが落ちることがいっぱいだった。

そういえば、紀藤さんの語り方も静かな落ち着いたものだった。

posted by 村のトイレ屋 at 10:52| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月18日

山は動くのか、動かすのか。

先週の日曜日に宇部市小野の上宇内でお世話になっている人の納屋の片付け作業を仲間とした。
そのとき、大きな石があって、どうしても動かさないといけないことがわかった。
二人で蹴ったり抱えようとしたりするけれど、びくともするようなものではない。
でも、私たちは、ピラミッド以来の知恵、テコの原理を幸いにも知っていたので、頑丈な棒を探し、レンガと硬い石をすえ重い石の下に差し込み、何回か繰り返して、その石をひっくり返して移動させたのであった。

そのとき、ふと、石を動かすのがこんなに大変ならば、山はもっと困難なことだなあと思って、一瞬、土井たか子さんの名言、「山が動いた」が頭をよぎった。そして、あれは、「山を動かした」でなくて、「山が動いた」でよかったのかなあという疑問がわき調べてみた。
この言葉は、土井たか子さんが社民党の党首に就任して3年後の1989年参議院選挙のときに発せられた。「マドンナ旋風」が吹いたと言われた選挙だ。もう30年近くがたっている。
当たるとやはり「山が動いた」でよかった。

さて、昨日のことだが、齋藤孝著『声に出して読みたい日本語』をチラチラ読んでいたら、与謝野晶子の「山の動く日来る」が紹介されていた。(p36)
解説には、『青鞜』の創刊号の巻頭に掲載されていたと書かれている。ネットの青空文庫では、題は「山の動く日」となっている。与謝野晶子の詩を土井たか子さんは知っていて、十分意識して使っていたことが、詩の内容から推察される。もちろん、土井さんの文章かなにかがあれば実証できるのだろうが、今は調べる時間がない。当時から、ついこの間まで、私はそんな背景も全然知らずに、いい言葉だなあと思っていただけだった。もちろん今度の夏の参議院選挙で山が動くことを強く期待している。

それにしても、「山は動くもの」で「人の力で動かす」ことはできないのだろうか。動かせるとすれば、そのテコはどこにあるのだろうか。

参考:青空文庫 与謝野晶子 
http://www.aozora.gr.jp/cards/000885/files/2557_15784.html





posted by 村のトイレ屋 at 11:06| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

林神父語録、追加

今日は、1日山羊に会えなかった。
羊にも会えなかった。
残念なことだ。

ふと、林神父のことを思い出した。
先日の講演会で、こう言っていた。

若者の反乱のないところには、死相が広がる。
老人の反乱のないところには、絶望の砂漠が広がる。
そして、女性に反乱のないところでは、生命が枯れる。


とくに高齢者の沈黙は、笑止だ。
何を失うというのだろう。
悔しさと沈黙を墓場まで運んでなんになろう。

言いたいことは、今、言っておくことだ。

posted by 村のトイレ屋 at 23:32| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

調べたらこんな人がいた。纐纈(こうけつ)という名前。

こうけつ厚さんは、名前が覚えにくいが、一度覚えると忘れない。

私の友人はたいてい口が悪いが、そのひとりは

こうけつあつ 高血圧 と覚えてしまったほうが忘れがたいよ、という。

で、纐纈さんの出身地の岐阜やその他、纐纈姓のみなさんはどうしているのかと思って調べたら
こんな人がいた。

纐纈歩美さん
検索するといっぱい出てくるサックスの実力者だ。
美人ナントカという売り出しが不要ということだ。

名前について、こう答えている。
〜〜〜〜〜〜〜
『纐纈歩美』。姓が難しい? 「本名です。最初はひらがなとか、“AYUMI”なんて案もあったんですが。堂々とやっちゃおうって。インパクトもあるし、逆に覚えたら忘れないし、ね」。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私たちのこうけつ厚さんも一度憶えてしまえば、忘れるものではない。

参考
【纐纈歩美】“美人サックスプレーヤー”というレッテル
http://www.zakzak.co.jp/people/news/20110421/peo1104211615000-n1.htm

posted by 村のトイレ屋 at 13:07| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月03日

【いいよ、山口県】きらめき財団。関門保養プロジェクトの紹介。

ずいぶん前に、ある集まりで山口を紹介するコピーの競作を行うことがあって、私は

山羊を飼うのなら山口県。

というコピーをつくって、結構良い票数をとったことがありました。(たしか次点)

私の大学院の指導教官であった安渓遊地さんは、『やまぐちは日本一』という本を2冊編著で出しています。

今、山口県知事が、何でもかんでも「日本一」を乱発しているので、元祖が迷惑しているきらいもないではないですが、安渓さんの「やまぐちは日本一」の趣旨は、「山口は暮らしやすいところだよ。みんな自分の住んでいるところが快適であることがうれしいじゃあないですか。暮らしやすいようにしましょうよ。そのために活動している、こんな人がいますよ」という著書であって、肩肘張って誇示するものとはちょっと違う。・・・と不肖の弟子は思うのです。

さて、それはともかく

山口のいいところを紹介することは、たいせつなことだ思っていたら、
こんなサイトがあったので、ぜひみてください。

きらめき財団 関門保養プロジェクトの活動報告
http://urx2.nu/t3u8
まこさんけんさんのお話の報告です。
私もこの場にいて、ゲラゲラ笑い転げたことを覚えています。

今度、祝島にも来るそうですよ。








posted by 村のトイレ屋 at 08:52| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月02日

フユウソウ

4月9日 選挙に勝つための勉強会。
午後6時〜8時半 宇部市シルバーふれあいセンター第3講座室。
講師は、獣医の山縣純次先生です。
獣医なのに、なぜ選挙の勝ち方を?とお思いかもしれませんが、先生は戦後の農民運動に参加するため獣医になったのです。山陽小野田、宇部地域でも著名な故・細迫兼光代議士の秘書を10年あまり務められ、その後、下関市において、市民運動が選挙にどう取り組むかを研究・実践された方です。

今の段階で、4月9日にこうけつ(纐纈)厚さんが、来られるかどうかは、確定していません。
でも、戦争も、原発も、格差もない社会を望む私たちは、まずは選挙のイロハを学んでおくことが必要だと考えるのです。
ぜひ、ご参加下さい。

拡散歓迎
以下のPDFファイルをクリックしてください。
0409山縣先生講演会1.pdf


ある山羊との会話。

山羊 フユウソウとは、どんな草か教えてよ?
   食べても大丈夫か。

私  草ではないんだよ。

山羊 じゃあ、なんだ?草でなければソウなんて言うな。

私  人間の集まり集団のことなんだよ、まあ金持ちのことだな。最近表にでることが多くなったからかよく聞くよね。漢字では、富裕層と書くの。

山羊 じゃあ、人間はみんな金持ちになったのか、フユウソウという草になったのか?

私  いっや、そうではないよ。一部に富が集まって、ごく一部の人口の1%にも満たないと言われているよ。今度は反対に中間層が分解して、ヒンコンソウが増えてきたんだよ。

山羊 なんだ、そのヒンコンソウっていうのは、食えるのか。なんか不味そうな草だな。

私  いっや、これも草でないの。人間の集団なの。ようは、経済的に貧困、貧乏な人ってこと。漢字では、貧困層と書くの。

山羊 なんだ、あんたらのことじゃあないか、それは食えないわ。

私  まあ、そうだね。でも数は多いんだよ。はるかに・・どんどん増えているのよ。

山羊 ふ〜ん、ところで、噂のこうけつ厚さんは、どっちなんだよ。なんか参議院選挙の山口に県民統一候補として出るらしいんじゃあないか。

私  へえ、山の中に住んでいてもニュースは読むんだ。ふ〜ん。大学の副学長をやっていたから生粋の経済的貧困者でなくて、まあ生活はそこそこ安定していたと思うよ。でもね、戦争に反対することを研究し、訴えているからフユウソウではないんだよ。戦争を必要とするのは、金持ちがもっと金持ちになるために戦争をしたがるからだからね。ヒンコンソウを騙して戦場に駆り出し、自分はぬくぬくとしているの。

山羊  そうか、それならこうけつさんはそっちではないんだね。あ〜、あよかった。若者に仕事があって、普通に働いて子どもを安心して育てられる世の中。山羊を飼って平和に暮らせる世の中。それがあれば十分だからね。まあ、それならフユウソウもヒンコンソウも食べないで、まあおとなしくしているよ。じゃあ、またね。


 
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2016年02月06日

トイレで検索。既成権威を疑う哲学の世界を垣間見た。

少し時間が出来たので遊ぼうと思って、トイレをキーワードに検索をかけた。

いつもは、仕事や役に立ちそうな情報で立ち止まりメモをしたりするのだが、
今日は、暇つぶし的なところで、しばし立ち止まった。

どうも形式的な社会的に認知された権威について考察しているようである。
トイレは、切り口に過ぎない。引きこまれて私も考えてみた。
今も考えている。
ここしばらく、考えているだろう。
私が、なにかぼ〜としているだと見えたら、そのせいだと思っていただいて結構です。

以下、該当サイトと言葉です。

八方美人な書評のページ
【河出書房新社】
『一人の哀しみは世界の終わりに匹敵する』
鹿島田真希著 
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/syohyo.html

〜〜〜〜
もし美術館に展示されている絵画が贋作であったとしても、その筋の専門家ではない私たちに、真偽を見極める手段はない。逆に言えば、もし本物の「モナ・リザ」が公衆トイレの壁に貼られていたら、私たちはそれが本物であると認識できるだろうか、ということになる。
〜〜〜
美術館の提示物として置かれた便器が、はたして芸術作品なのかどいうかという命題

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


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2016年01月22日

「税収とは、国民から・・・・」

塾をやっている知人からこんな問題をつくったがどうか、とメールがきた。

プリントして街中で配布したいねと答えておきました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

社会科 3択問題です。

以下の言葉の続きとして、正しくいものを選んでください。

「そもそも税収とは、国民から・・・」

A、・・・汗水たらして働いたものからいただいたもの

B、・・・税吏が国民を脅迫して奪いとったもの

C、・・・吸い上げたもの

答は、以下の動画(国会中継の総理答弁)をみてください。17分過ぎ。

「税収というものは国民から」.JPG





なお、清水議員(大阪維新)他、誰も疑義に思う人がいなかったのはどうして?
国会がストップするほどの問題にならなったのは、なぜか?
という問題がうまれます。
清水議員も同じように考えているのでしょうね。

何事もしっかりした考えをもって世の中を見ていないと
お金も魂(たましい)も、丸ごと吸い上げられてしまいますから、注意してください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

どこかに大型バキュームカーがあるのだろうかと私は思った。




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2016年01月10日

年賀状

5年ぶりに年賀状を出した。
お互い、生きていることの確認のつもりで数人に書いた。
「元気で生きているよ、今度、同窓会で会おう」という電話がすぐにあった。
懐かしく、うれしかった。
彼は、小学校に入学するまえに友人になった人で、母の実家の近くに住んでいた。
川遊びで友達になり、その後小学校・中学校と一緒だった。

年に1回くらい昔を整理するのが年賀状なのかとも思った。


posted by 村のトイレ屋 at 12:20| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月02日

中島潔展

家族で小倉の展覧会にいってきた。

少女の素足がいきいきとして、とてもよかった。


福島関連の絵が数点あった。

地獄絵図があった。

地獄に落ちろ!と叫びたい人間が、私には何人かいるが,それがあてはまるかどうかは不明だった。



posted by 村のトイレ屋 at 22:14| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

「わけ、わからん!」 「もう10年若かったなら」   最近聞いた言葉のメモ

「わっけわからん、山口の人が安倍の暴走にあんなに大人しいのは、どうして?
山口だけ、たとえば安倍首相の地元、下関市民に国民には内緒でお金が配られているとか、そんなことがあるの?」
「うんにゃ、下関市に友達がいるけれど、聞いたことがない」
「ふ〜ん、そうなの、わっけわからんね」

      11月1日 伊方原発再稼働阻止集会で
      松山に行った時に、大阪の人から。





「前立腺ガンだったのよ。手術もしたがミスで併発もあってね。大変だったのね、でも、そこに3・11が起こって・・・小出裕章さんの講演会があって、そうこう走り回っているとき、言ってやったそね。
今は、病気なんかしている暇ないから、どうせあの世にはおとなしく行くから、お前らと遊んでられんとね。
あるとき、定期検査で病院に行ったら、綺麗にガンが消えてるよ、どこかで別で治療を受けたのかと言われたそいね。いいや、原発ゼロで走り回っていたら気力が湧いて元気が出たようだ。先生も一緒にどうねと言ってyったよ。岩国基地、辺野古、戦争法案、原発再稼働・・・病気してる暇がないよ」

        金曜ウォーク@宇部で聞いた話




「もう10年若かったら、私が今度の参議院選挙に出てやるのだが・・・」
「おい、そのセリフ、10年前にも言ってなかったか」
「うひゃあ、65の時も言っていたなあ」

        ある高齢者の集まりで
              

posted by 村のトイレ屋 at 12:27| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする