2008年04月22日

放流する罪悪感>アースデイ@瀬戸内2008で

西日本新聞に、東京湾に流入する河川の水質調査が
はじめて、環境省によって一斉に行われるという記事が載っていました。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/17743

その中に、次のような文章がありました。
=======
特に夏を中心に、植物プランクトンが大量発生して赤潮が引き起こされたり、大量発生したプランクトンが分解される際に海水中の酸素が少なくなる青潮が発生したりして、生態系や漁業に影響を及ぼしている。

 しかし、東京湾全体の汚濁状況や、青潮や赤潮の分布状況、どの河川の影響が大きいかなどは詳しく分かっていない。
=========

前段の文章は、よく書かれる文章ですね。
画期的なのは、後段です。
「詳しくわかっていない」・・・実は、そうだったんですね。

よく海洋研究者、海の生態を研究している人から
「水処理や衛生工学の皆さんんは、下水道から放流する水質を
海の側からのデータに基づいて決めているのだろうかと聞かれます。
「今流せる水質は、ここまでだから、その技術水準で決めている」
「それが海の生態にとって、いいことなのか、悪いことなのか、
統一的な、包括的なデータは、どこにも存在しない」
・・・それが、実際のことであろうと思われます。

先日のアースデイ@瀬戸内2008で、シャンティ山口とあったか村の共同出展で、「エコ・トイレシステム」を出しました。
日本で工業製品としては、ある程度のレベルに達し、自然素材やさらなるローテク化を求めて、タイ北部の農山村で、衛生環境事業の一環として、施工されているものです。(昨年度、地球環境基金助成事業)

模型とパネルを展示して説明しているとある女性が説明を求めてきました。
一通り、概略を語り終わるころ、彼女が言いました。
「・・・いやあ、やっと安心しました。放流していないですね。
放流しないタイプの水を処理するものが、やっぱりあったんですね。安心しました。
実は、浄化槽を設置しようかどうか、迷っていました。
だって、他所の家の浄化槽をみても、出るときはきれいにみえるけれど、水路をしばらくいくとお茶の色のようになるし、藻もどんどん生えてきて、とても、水をきれいにしているとは、おもえませんでしたもの」
「ずっと、気になっていたんですよ。環境を言いながら、下水道や浄化槽で水を川や海に流して大丈夫なのだろうか」
「こんなことを気にするなんて、きっと私が考えすぎなんだろう、私一人ぐらいのものなんだわ、
だって、新聞やテレビで問題になったこともありませんものね」
「でも、なにかのたびに気になって、本当にわたししか気にならないのだろうか、どう考えても、いいはずがないものねえ・・・ときには、罪悪感にもさいなまれて、実はまいっていたんですよ」
「気にしているのは、私だけでないことがわかっただけでも、うれしいです。
気にする人がいて、商品にしているんですね。
・・・ええ、知っていますよ。肥溜めと畑は。そういう伝統のいかし方もあったんですね」

「自分だけが気になっているのかなあ」
こんなことは、よくあることですよね。
でも、ひとこと言ってみると、案外、同じことで「悩んで」いることは
多いものですが、水処理でもそうでした。

とまあ、そんなわけで書いておきます。
書いたからと言って、急に仲間が増えるとも思いませんが、
なんといっても、私自身が、「放流したくない!」という原点をはっきり思い出すきっかけになりました。
うれしくなり元気が出たのは、仲間と私自身でした。
世の中、捨てたモノではないぞ、というわけです。

東京湾岸にもそう思っている人は、いるんでしょうね。



クリックで応援してください。
banner-s_02.gif


posted by 村のトイレ屋 at 08:25| 山口 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自然浄化法-タイと日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック