2007年10月05日

有吉佐和子著「複合汚染」再読、遊休農地

本がでた直後に一度、読んだ。
15年前に水処理の仕事で
塩素関連のことを読みたくて読み返しました。
今度、無農薬循環農の赤峰勝人さんの講演を萩市で聞いて、その中でも出てきたので読み直しています。

赤峰さんは、農薬信奉の「真面目な農業青年」だったそうです。小学校6年のときに父親の怪我で農業をやることを決意して、農業高校に進み卒業して、教科書通り、農協の指導通りにやっていて、2年3年は、とても作物ができた。ただ、そのあと作柄はおかしい、土壌は変、体も変調。そんなときにこの本に出会ったそうです。読んでいて、「ははあ、このあたりのことだなあ」という箇所があります。

当時の篤農家が、読んでどれほどショックを受けたか、想像にあまりあります。
赤峰さんの場合は、農薬農業の、実際は、毒薬農業ですが、弊害を自覚していて、反省していて、そこから独自の道を歩いてこられた。しかし、多くの農家は自覚していないか、自覚していても変更出来ないか、あるいは、深く悩んでいたか・・・いずれにせよ、すでに30年がたっています。
一人の農家の問題というより、著者が何度となく触れているように、農林省の指導の結果です。国民を人体実験にサラシていた農林省。
農水大臣の椅子をめぐって「政治とカネ」が云々されていますが、根の深い問題は、「食と農」の問題でしょう。この本の指摘が古くなっていないばかりか反対に巧妙になっていることの方が心配です。

私は、今度読み返していてポンと膝を叩く大発見をしました。この本がでてからも離農はあいつぎ日本の農山村は過疎化が進み、荒れる山、荒廃する田畑が増えているわけですが、ちょっと谷間にいると廃屋に遊休農地の光景、泣けてきます。でも、考えてみればそれも悪いことばかりではないなあと思いました。

そうです、農薬や化学肥料の散布がそこではストップしているのです。むしろ農業先進地とかいわれ、いまだに農薬が使い続けられていることに比べれば、はるかにすばらしいことです。
復元の時間が、自然農で使える圃場として、はるかに短縮できるでしょう。
私たちが仲間と行なっている里山再生の場は、40年前、50年前に耕作が放棄され、その時間の自然の営みを恩恵としていただけます。

赤峰さんが、この本に出会って命の循環する農業の道を開いた。その話を聞いて読み返し、今素人百姓志願の私は、あらためて大きなヒントをもらった。おもしろい本との出会いを感じますね。

この本が書かれた当時と
今現在と
それぞれの項目で進歩退歩、正負両面、
対照できるものがあれば、いいでしょうね。



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posted by 村のトイレ屋 at 06:47| 山口 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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