2017年06月13日

琵琶酒

昨日、琵琶をたくさんいただいたので帰って琵琶酒にした。

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昨日は、祝島へ行った。
小学校・中学校の階段で、國弘さん(兄)が、生命・脱核シルクロードの一行から取材を受けた。
上関原発の予定地を見ながら國弘さんが質問に答え、それを通訳し、カメラに収めた。
そのあと、私はみんなと一緒に、氏本さんの家で貰った琵琶の房つきの小枝をもって、いくつか食べながら学校から家の間の道を降りたが、途中で、年配の女性が追いついてきて呼び止められ、琵琶いっぱいのダンボールを見せて、
「ウチの琵琶は、小ぶりだがおいしいよ、島で一番美味しいはずよ、食べてみて」と言って、小さなポリ袋いっぱいに詰めてくれた。一個食べてみたが、本当に甘さがなんとも言えずおいしかった。

次は、岩田珈琲店で、上関原発を建てさせない祝島島民の会の代表、清水敏保さんが、しばしの懇談の後、カメラの前でインタビューを受けた。
清水さんは、「私たちは、ただ目の前の海を放射能で汚されたくない、島の暮らしを壊されたくないという一心で35年間、原発を止めてきた」と強調した。日本の脱原発の聖地と言われる祝島だが、清水さんにはそんな気負いはなく、淡々と質問に答えていた。

國弘さんと清水さんのインタビュー、巡礼団が各地の報告のなかでこの動画を使って祝島を紹介するとのことだ。世界中が、今ある原発をいかに安全に終わらせるかに心を砕いているときに、こともあろうに日本政府・経産省は、中電をつかって、新規の原発建設を行おうとしている。それが上関原発計画という時代錯誤だ。

私たちが話しているとき、岩田珈琲店にも、島の人からケースごと琵琶が届けられた。
「いいのが取れたから食べてくれ。さっき、もいできたばかりだ」と店主の堀田さんに言い、堀田さんは私たちに食べてくれとすすめる。こちらは、一個の実がとても大きいものだった。
話を聞きながら食べたが、とても食べきれなかった。
「もう一年分の琵琶を食べた」と私が言ったら通訳の間(ま)がややあって、韓国のみなさんも、大笑いした。

今年は、山口県では琵琶が例年にない豊作だそうだ。
裏年・当たり年は、果物には隔年にあるというが、そんなレベルでない数年に一度あるかないかの豊作だそうだ。
「なんの木なのか気にもしなかったものが、琵琶の房がたわわに実るに及んで、そうだった、琵琶だったねと見直したよ」という話も聞いた。
韓国でも琵琶は庭先に植えられ、よく食べるそうだ。
韓国語でも、琵琶は漢字の琵琶からくる発音で、「ぴゅわ」といように聞こえた。

琵琶は、漢方でも、西洋医学でも、さまざま効能が言われている。葉っぱから種まで捨てるところがない。知人の何人かに重病で琵琶のお陰で生還したという例がある。枇杷茶は、祝島の特産だ。愛飲して足元が軽くなったという高齢者がいる。

こんな琵琶だが、原発事故が起こったときに放射能汚染をさけるためにハウス栽培をすることが考えられるだろうか。そんな琵琶を食べる気になるだろうか。
祝島から3.8キロメートル先の上関町田ノ浦に原発ができれば、もう誰も琵琶をつくらなくなるだろう。
それも、今の私たちの想像力で目にみえてわかるのは、祝島の琵琶だが、原発ができれば瀬戸内の島々、山口県の全域、すべての農作物の露地物はいつ全滅してもおかしくない状態になる。これは予測の問題でなくて、福島の原発事故で福島県をはじめ東日本で実際に起こったことだ。事実は頑固だ。

今年の3・25集会で福島から来られた福島の女たちの会の古川好子さんは、「普通の暮らしが失われることの恐ろしさを是非知ってください」と訴えていた。枇杷の実や普通にある果実が、食べられなくなる。関連する仕事もできなくなる。農作物はつくられなくなる。食べ物がある日消える。

祝島の清水さんや國弘さんの訴えが、韓国のシルクロード巡礼の人によって世界に、台湾やタイや、さらにシルクロード地帯からバチカンまで伝えられ、逆に日本に大きくなってバックして、原発の新規建設などいう世界に申し訳のたたない愚挙が1日も早く止められるように心から願う。
posted by 村のトイレ屋 at 07:55| 山口 ☁| Comment(0) | 上関原発白紙撤回。避難移住者支援。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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