2017年01月19日

目的をともにする

1月5日に山陽小野田のうどん屋、かしわのうんどんに岡本正彰さんとひょいと思いついて、行った。
そこで、珍しい人にも会えた。
私は、年賀状を出す習慣を捨ててしまったので、年賀状をいただいたときに身の縮まる思いがする。
でも、会えてお礼を言うとなにか気が楽になる。そこでもお礼をいうことができた。

それはともかく、
この日、話の中で、誰とくんでやるかを論じるより、
何を目的にするかが大事だよね、とある人からスパッと言われた。

「あっ」と思った。

市民+野党共闘とか、民進党の野党共闘への態度と選択とかも念頭にあってのことだけれど、
なにか頭をよぎったのは、そればかりとも言えぬ。
何を目的にすえるのか、ということがはっきりしていないと、「仲良くすることが目的」みたいになってしまう。「仲はいいのですが、仲良くみんなな〜んにもしないのですよ」
ということになっては、なんのことやら。
もっといえば、「仲良くみんな間違いました」となっては、なんのことやらではすまない。

問題は、原発を止めることである。
上関原発を建てさせない、新規の原発は認めない。
それは、福島原発事故の責任をとらせること、なかったことにさせないのことと同義である。
また、瀬戸内を死の海にしないこと、海や山や河を放射能に汚染させないこと、普通の暮らしができること
それを守ることである。それが目的である。
「仲良くみんなで放射能汚染にさらされることを許してしまいました」では、やっぱり困る。

日本列島、どこにいても原発=核発電=核の事故の側にいる、核爆弾を枕にして寝ているようなものだ。
そんな中で、ある人と、他にどんな価値観をもっていようが、あるいは私と性格的に折り合いが悪かろうが、はたまた、話し方や声がどうも好きになれないだとかの諸々のことは、いったんおくことができる。
その場合は、ほんとうに「誰とくむか」でなくて「何をやろうとするのか」が大切な基準になる。

もともと、そんなことを考えていたのかもしれないが、おいしいうどんを食べながら、いい整理ができたので、きっと今年は良い年になるにちがいない。


posted by 村のトイレ屋 at 23:51| 山口 ☁| Comment(0) | 日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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