2016年02月06日

トイレで検索。既成権威を疑う哲学の世界を垣間見た。

少し時間が出来たので遊ぼうと思って、トイレをキーワードに検索をかけた。

いつもは、仕事や役に立ちそうな情報で立ち止まりメモをしたりするのだが、
今日は、暇つぶし的なところで、しばし立ち止まった。

どうも形式的な社会的に認知された権威について考察しているようである。
トイレは、切り口に過ぎない。引きこまれて私も考えてみた。
今も考えている。
ここしばらく、考えているだろう。
私が、なにかぼ〜としているだと見えたら、そのせいだと思っていただいて結構です。

以下、該当サイトと言葉です。

八方美人な書評のページ
【河出書房新社】
『一人の哀しみは世界の終わりに匹敵する』
鹿島田真希著 
http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/syohyo.html

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もし美術館に展示されている絵画が贋作であったとしても、その筋の専門家ではない私たちに、真偽を見極める手段はない。逆に言えば、もし本物の「モナ・リザ」が公衆トイレの壁に貼られていたら、私たちはそれが本物であると認識できるだろうか、ということになる。
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美術館の提示物として置かれた便器が、はたして芸術作品なのかどいうかという命題

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posted by 村のトイレ屋 at 09:24| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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