2015年09月04日

民主主義は、地域から。明日9月5日(土)長門市油谷で小林節さん講演会。『ふるさとの義民を訪ねて』について。

明日は、いよいよ 長門市油谷 ラポールゆやで小林節さん講演会です。

チラシを再掲載します。
20150905小林ゆや.jpg


呼びけている木岡さんは、
古い言葉だけど「天下の分け目」になると思うと言っています。

時代の動きは、東京だけで決まるのではありません。

地域から、草の根からの声が、力になり深部から政治を動かすのだと思います。
アベ政治の地元中の地元という意味(お墓がある)もありますが、
安倍寛さん的な考えや人物が、地域にいて、それが民主主義を形成していること、
これは、普遍的なことがらだと考えます。

「民主主義ってなんだ?!」という国会前の声を聞いていて、こんな会話がありました。


「日本には、戦いとって身につけた民主主義がないから、みんななかなか声を出さないんだね」
「東京で、10万を越えるデモが起こっているし、山口や全国でも以前に勢いで声があがっているけれど」
「それはそうだけれど、なんというかたたかいとった、地に足に着いた感じがしないんだよね」
「ふ〜ん、そうかなあ。ヨーロッパの、たとえばフランス革命のようなことをイメージしているわけ?」
「それもある」
「今度、高校生が集会で映画『レ・ミゼラブル』で歌われていた曲を合唱していたね」
「そうだね、動画でみたよ、とてもよかったよ。」
「あんな伝統が日本にないと言いたいのかなあ〜」
「そう、そういうことだね」
「でも、日本でも、それぞれの地域で百姓一揆や米騒動や戦前のさまざまなたたかいがあって、結局それが今の民度を規定しているのではないかなあ?長門市油谷の安倍寛さん発掘や地元の風土にはそんなんがあるのではないかなあ」

「確かに知らないことが隠されて埋もれていることは事実だよね」
「そうだよね、ところでこんな本知っている?」
 粟田 勲著『ふるさとの義民を訪ねて』

「へぇ、こんな本があるの?県内全域でたたかっていたんだね。」
「ほとんどのパターンが、5人の庄屋さんたちの斬首と農民の要求が代償にされているんだ。そういう意味ではひどいもんだよ。血の代償という意味では、フランスだって同じと思うけれど・・・でも日本の民主主義は誰から借りてきたから地に足が着いていないというのは、ちょっと違うと思うんだけど。」

「ふ〜ん、もっと掘り下げる必要がありそうだね。」
「そうだね、長門の油谷はほんの一例じゃあないかなあ」
「そうだね、それと、この時代に声をあげ小林さんを呼んだ長門のみなさんの呼びかけがかなぶりに終わったり、報復の巻き返しがあったりしたら、それこそ民主主義って何だ、ということになるよね。ぜひ全県全国から参加して、気持ちを力に変えたいものだね」


粟田 勲著『ふるさとの義民を訪ねて』
2012年刊 126ページ 1000円

〒751−0847 下関市古屋町2-3-11
 長州義民顕彰会 事務局  粟田さんまで
 TEL 083-252−2770

※アマゾンにはありません。
※ 写真を載せようと思いましたが、誰かに貸したまま戻ってきていません。あしからず!
※ 山口県立図書館、萩、美祢、防府、岩国、平尾、周防大島の各図書館には置いています。県内の大学図書館にはどこにもありません。(県立図書館の横断検索による)


posted by 村のトイレ屋 at 11:05| 山口 ☀| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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