2015年06月24日

【沖縄】「みるく世(ゆ)がやゆら」 今は平和でしょうか?



20150623平和の詞みるく世がやゆら.JPG


与勝高校3年生の知念捷さんの詩の問いかけ

kariyushi19 さんから転載させていただきます。


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「みるく世(ゆ)がやゆら」
=今は平和でしょうか?



みるく世(ゆ)がやゆら
平和を願った 古(いにしえ)の琉球人が詠んだ琉歌(りゅうか)が 私へ訴える
「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下 命(ぬち)ど宝」
七〇年前のあの日と同じように
今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終(おわ)りを告げる
七〇年目の慰霊の日
大地の恵みを受け 大きく育ったクワディーサーの木々の間を
夏至南風(かーちーべー)の 湿った潮風が吹き抜ける
せみの声は微(かす)かに 風の中へと消えてゆく
クワディーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます

みるく世がやゆら
「今は平和でしょうか」と 私は風に問う
花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
戦後七〇年 再婚をせず戦争未亡人として生き抜いた 祖父の姉
九十才を超え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥(おうが)する
一九四五年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
一人 妻と乳飲み子を残し 二十二才の若い死
南部の戦跡へと 礎へと
夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
彼女のもとには 戦死を報(しら)せる紙一枚
亀甲墓に納められた骨壺(こつつぼ)には 彼女が拾った小さな石
戦後七〇年を前にして 彼女は認知症を患った
愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
すべての記憶が 漆黒の闇へと消えゆくのを前にして 彼女は歌う
愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく
七〇年の時を経て 彼女の哀(かな)しみが 刻まれた頬(ほお)を涙がつたう
蒼天(そうてん)に飛び立つ鳩(はと)を 平和の象徴というのなら
彼女が戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る

みるく世がやゆら
彼女の夫の名が 二十四万もの犠牲者の名が
刻まれた礎に 私は問う

みるく世がやゆら
頭上を飛び交う戦闘機 クワディーサーの葉のたゆたい
六月二十三日の世界に 私は問う

みるく世がやゆら
戦争の恐ろしさを知らぬ私に 私は問う
気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
伝えねばならぬ 彼女の哀しさを 平和の尊さを

みるく世がやゆら
せみよ 大きく鳴け 思うがままに
クワディーサーよ 大きく育て 燦燦(さんさん)と注ぐ光を浴びて
古のあの琉歌(うた)よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
今が平和で これからも平和であり続けるために

みるく世がやゆら
潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
みるく世の素晴らしさを 未来へと繋(つな)ぐ

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この詩を聞きながら
菅原文太さんの亡くなる直前の遺言的なアピールを思いだした。

沖縄での翁長候補(現知事)への応援演説で
政治の役割をふたつあげた。

ひとつは、国民を飢えさせないこと・食べていけるようにすること。

2つ目は、戦争をさせないこと。

国は、国民のためにあること、その最大の仕事は戦争の禍根をたち戦争を自らしないばかりか、戦争の原因となるものを断ち切り、戦争を未然にとめ、戦争をさせないで平和を保つこと。
とても積極的な言葉だ。

憲法9条の真髄を言い当てているように感じる。

戦争がいったん始まれば、それは、平和の美名の口実をかぶって登場する、国は軍隊とともに暴走する。

そして、沖縄の教訓は、軍隊は国民を守るらないばかりか国民・住民を殺すということ。
国民を守るというのは、大嘘で、国民を苦しみのなかに叩きこむ、それも抽象的にではなく、実際の行為として、国民に自決を強い、殺してしまった。

戦争とは、そんな倒錯行為が行われるということだ。

沖縄は、その現場だった。


最近でも、一部の人は、「沖縄を捨て石」と呼んで憚らない。
沖縄に基地があるのは、本土の日本を守るために、犠牲になって、防衛の盾になるためにアメリカの軍事拠点として提供されているのだ、という。
沖縄の人には悪いが、本土と日本全体のために沖縄の人に人身柱になってもらうのだ、
と平然と言っている。

地政学上の位置を持ち出したり、中国脅威論を言ってみたり、世界危機を扇動したりしながら、だから沖縄に犠牲になってもらうのだ、と露骨にいう。

政府、安倍首相、官房長官、防衛大臣の答弁は、実質同じことを言っている。
それはやっていることを見ればわかる。

辺野古基地を新軍事基地としてつくろうとしていることに明白にみてとれる。
アメリカの強制、従属して言いなりになっている一面と、同時に、自己の戦争準備という二面性を明らかにもっている。まさに戦争をする国造りの最前線に沖縄を置いているのだ。

集団的自衛権の行使、憲法9条違反の「罨法法案」。
これが、沖縄の基地j強行と連動している。

沖縄の若い人とっては、祖父が、祖母が、その兄弟が戦争の生き証人だ。

沖縄の風土が、いたるところで戦争の悲惨さを告発し、弾劾している。

若者による詩は、私たちにそのことを清冽な言葉でありながら痛いほどにつきささってくる。

しかし、同時に、なんとも言えぬ力が湧き上がってくることも感じる。

もう少し、時間をかけて読み上げる声に何度も耳を傾けていたい。

参考
沖縄タイムス 
平和ですか? 知念君、壇上で凛と平和の詩を朗読
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=121142















posted by 村のトイレ屋 at 21:14| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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