2015年06月15日

下関で声をあげよう。

下関で声をあげたい!

他県へ行ったり、他所から人が来た時に必ず言われる言葉。

「山口県の人は、安部総理の地元として、どう思っているんですか?まさか支持したり戦争突っ走りに賛成しているのではないでしょうね。・・・・え、全然支持していませんよ、と言ってくれるのですね。そうですよね。安心しました。でも、地元の声があればあの人も少しは反省するのではないでしょうか。いえ、無理にとはいいませんが」

先日、ほよ〜ん相談会(3・11受入れ全国主催)で福島県のいわき市、二本松市に行ってきて、数人の人に言われた。ある人は激しく、ある人は穏やかに。

私もずいぶんこたえる言葉だが、安倍晋三氏の選挙区である下関の人はもっと嫌な気分になるだろうな、と思った。
これが、気分の問題で終わればそれはそれで、どうということはないのかもしれないが、戦争にむかって憲法9条を実質改憲して踏みにじり、憲法学者を侮辱し、沖縄の民意を完全に無視し、辺野古の新軍事基地の工事を強行しようとし、さらに岩国基地の強化まで行って、要は声を出せない圧殺体制をつくろうとしているのだから、黙っていることは手を貸すことになる。

振り返ってみると、安倍晋三氏の祖父、岸信介の60年安保の強行も世論を向こうにまわして押し切っている。そのとき、国会と国会周辺だけでなく全国いたるところで抗議のデモや集会が行われている。
岸の地元である山口県田布施町の町史には

昭和35年
1. 1●町章を制定
6.10●岸内閣支持町民総決起大会開催
9. 4●田布施町商工会設立総会

とあって、岸内閣支持町民決起大会が開かれたとある。
一方的な支持だけでなく、当然反対の行動やデモがあったはずだ。
私たちの「いのち・未来うべ」の事務局長をしている浜野勝さんによると、「当時、組合の青年部の行動で田布施まで行って抗議行動を行った」という。人数は3500人だったと言っていたようだが私のメモ違いかも知れない。とても多くて役場を挟んで川の両側で、向き合っていたという。

また、先般の県議選で「上関原発の白紙撤回」を掲げて善戦した小中進さんは中学生のときに、そのデモを見ていた記憶があるという。それは、それはみんな真剣だったよ、と小中さんは語っている。

朝日新聞に保守のボスというか長老というか、一時代を牛耳っていた吹田晃の証言をもとにした記事がある。
以下のように書かれている。

http://www.asahi.com/senkyo2010/localnews/TKY201005260278.html

〜〜〜〜〜〜
60年6月。町は騒然としていた。日米安保条約の改定をめぐり、与野党の対立が激化。改定を進めた岸の故郷の同町では、反安保の学生や労働者らが集会を開き、デモ隊が岸家に向かって押し寄せた。
 デモ隊が岸家に向かっているとの情報を受け、吹田は消防団の演習を思いつく。田布施川周辺に約100人の団員が消防車やホースを出し、デモ隊に、岸家につながる狭い木橋を渡らせないようにした。「当時の消防団は復員者が多く、元気がよかった」。号令とともに竹の棒で襲いかかり、デモ隊が持っていた赤旗を次々と川に投げ込んでしまった。デモ隊は中学校のグラウンドに入り、膠着(こうちゃく)状態となった。警察が仲介に入り、吹田らが奪ったデモ隊の旗を返すと、デモ隊はようやく引き上げたという。
〜〜〜〜〜〜

吹田の一方的な片方の証言でない、たたかいの側からの正確な記録のほしいところだ。
でも、ここからわかることは、悪政の当事者、執行の責任者の地元が大きな要因を占めているということだ。
「岸の実家へ押しかけよう」「田布施へデモをしよう」という行動は、ちょうど今の山口県民や下関市民(厳密には山口4区で長門市も含む)の気持ちと同じで「自分たちが送り出した政治家ではあるが、自分たちは決して支持していない、素朴な「おらが町の総理」論とは縁もゆかりもないこと、反対に、戦争のできる国、戦争をする国への反対の意思表示をしたいということに尽きるのではないかと考える。

意思表示は、民主主義の基礎中の基礎だ。
ここから全てが始まるし、ここに収斂されるとも思う。
他の人にあ〜してほしい、こうしてほしいというのは、私の好みではない。さっさと自分で行動すればいいと思う。また、こんなことをいうと「山口県には優秀な人材がいなくて行動がなかなか起こらないんですよ」と腰に手をあてて評論家風に言う人もでてくる。そうすると「いいや、違う、優秀で賢い人は多いのよ、ただそんな人は前後左右あれこれ自分の行動の結果を慮って、結局動かないの。志を持った行動をとれないのよ。ところで君は、どっち、賢いのあほなの?」という意見さえでてくる。

まあそんな駄弁はともかく
私は安倍首相に、あなたのやり方と現政権を支持していません。
それを示す必要があるということだ。
これは、誰にというわけではないのだけれど、下関での行動が是非とも必要だと思う。

さあ、山口県のみなさん、どうでしょうか。




posted by 村のトイレ屋 at 22:48| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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