2015年01月20日

【選挙とは】「参加のプロセス」島谷ゆきひろさんの指摘は、田中豊文さんのブログで実例になっていた

前に紹介した周防大島町の田中豊文さん、

県議会議員への立候補を決意し連日、挨拶回りに精を出している。

そのブログに、こんなことが書いてあった。

田中豊文後援会のブログ
http://blog.livedoor.jp/t_toyofumi/archives/20903165.html
〜〜〜〜引用〜〜〜〜〜
声に出さなくても多くの人は町の将来を憂えていると思いますが、考えているだけでは何も変わらないので、まずは声に出して欲しいですね。声に出したりすると、それを否定し酷い場合には人格までも否定するような人も居てなかなか難しいかも知れませんので、もっと自由に色々な意見を出し合える環境づくりも必要なんでしょうね。今回の選挙を通じて、そんな多様なまちの声を出し合えるような場も設定出来れば良いと思っています。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜

選挙を通して、日頃できない意見交換を行う、政治への不満や町や県への要望などを、言ってみる。
それが、最初は義理であったとしても、だんだん、積極的なものへと変化して、自分を当事者として、主権者として押し出していく。言う場がなければ、そして相手が本気で真剣に選挙に出るのでなければ、単なる床屋談義に終わってしまう。

佐賀知事選の島谷さんの選挙の哲学は、争わない、参加と話合が基本だった。
「戦い」「必勝」「陣営」などという戦争の用語を廃していた。
私は、正しいと思う。平和的な話し合いの場を通して、論点が整理され、それぞれが意見を出し合う。
選挙過程は、多くの人々がその論議に参加し、自分の知恵を出し合う。

その基本は、選挙に出る人が柱となって、聞く場所、意見を言い合う場所を設定することだと思う。
そうすると、ミニ集会が選挙の戦術から政治の民主主義的な手法、合意形成の場に変化する。
候補者にとっては、一番大事な聞くという場、政策を練り上げる場となる。
島谷さんや嘉田元滋賀県地知事が、ミニ集会にこだわったのは、そういう意味で正しかったと思う。
また、井原勝介さんや井原すが子さんの選挙が、日頃からのミニ集会の積み上げであることも、軌を一にしていることに違いない。




posted by 村のトイレ屋 at 00:06| 山口 ☀| Comment(0) | 政治を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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