2014年09月16日

あっけなく、バカバカしいほど単純なことだった。岡本さんの訴えを読んで。

いのち・未来うべのブログに岡本正彰さんが、障害者の視点から原発事故の避難計画について書いている。

http://blog.goo.ne.jp/nonukes2013/e/62dc5db7f1de8b0361f3de265d00a664

一読して、何故もっと早く気付かなかったのか、愕然とした。

単純なことなのだ。

避難計画を自治体が鹿児島県を先頭に立てようとしている。
経済産業省からも、派遣して指導とか援助とかをするそうだ。
先日は、新聞にバスが思うように集まらないと書かれていた。
そもそも、バス自体が日頃の運行用に用意されているのであって、各社とも観光バスに余裕が若干あるかもしれないが、別に事故に備えて余分な投資をできるわけもない。足りなくて当たり前なのだ。
それに、運転手の問題だ。
事故が起きたということは、高濃度の放射能汚染にさらされるということだ。
特別手当を出しても、ホイホイと乗務できるものではない。正常な労働組合なら当然の権利として拒否することを検討するだろう。そして、こればっかりは、そうそう簡単に抜けがけ出来る要員も集められないだろう。

そこで、自衛隊や警察官に強制的に避難出動を命じることになるのだが、福島原発事故と同じように「非常時だから」と「例外的に」高濃度の被曝を強制できるのではなかろう。
日本の自衛隊員や警察官とアメリカのお友だち作戦の兵士たちは、同じ人間だし、同じ被曝には同じ反応があるはずだ。

そもそも、計画をたて実務をこなす現場の前線の市町村の公務員自体が被曝するのだ。
だいたい、ここ数年は、「災害は忘れた頃にやってくる」どころか、「災害は忘れ間もなくやってきている」のが現状だ。その度に駆り出させる公務員は、そうでなくても激務なのだ。そこへ放射能という見えない、痛くない放射能汚染に対処せよと言われるのだ。過剰な作業量だということは誰にもわかる。原発事故がなくても、災害共助の専門チームを、そろそろ本格的につくらないといけない段階に来ているのだ。

そこへ、原発事故の想定と対策と避難計画と訓練である。
大変である。私などは、到底、近づきたくもない困難な領域だ。
でも、放置はできまい・・・それでずっと考えこんでいた。
どうすれば、いいのか?

岡本さんは、重度の障害者だ。
わたしなんかよりも、ずっと災害時・事故時には大変は事態に叩き込まれる。
日頃から心配で考えているはずだ。

その解答は、・・・本文を読んでもらえば一目瞭然だが、あっけないことだった。
天災部分は、対策を考える。
人災部分は、減らす。
その人災の最たるものが、原発である。だから原発をなくす。再稼働なんてとんでもない。

よーく考えたら、原発事故のための避難計画を考えるほうがおかしいのだ。
避難とは、難を避けると意味だが、台風、大雨、地震、津波なら難といえよう。

でも、原発事故は人がつくったものの破綻、人災だ。
避難計画は、強制を伴う。強制移住、強制移転のことだ。
あらかじめわかっている人災のために、なぜ強制移住、強制移転をさせられなければならないのか。
居住の自由の権利は、どうなるのか?

単純なことだったのだ。
原発こそ、どけばいいのだ。
避難計画や訓練が必要なものなら、最初から建てるな、最初から動かすな。
これだけのことなのだ。

事故だ避難ださあ大変!
という目眩ましにかかっていた。
発想があまりにも転倒していて、騙されているのか、こんな単純なことに気付かなかった。
気づかせてくれた岡本さんのアピールに感謝。
9月28日の鹿児島行きのバスの中で、ゆっくりお礼を言おう。




いのち・未来うべのブログ
http://blog.goo.ne.jp/nonukes2013/e/62dc5db7f1de8b0361f3de265d00a664




posted by 村のトイレ屋 at 12:07| 山口 ☁| Comment(0) | あったか村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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