2014年08月02日

「除染芝居」の終了。住民や作業員のことは眼中にない。

放射能汚染をめぐって
「福島で行われている行政のことごとくが信用できない、気をつけよう」という指摘は多かった。

線量計のモニターポストの側だけは、除染していたり機器を操作していたり、である。

今朝のニュースは、すべてが「嘘だったよ」「芝居だったのよ」「騙していたのに気づなかったの」と悪意ある嘲笑いが聞こえてきそうだ。

毎時0・23マイクロシーベルトは不可能で、0・3〜0・6マイクロシーベルトならなんとかなるかもしれないと言っているにすぎない。除染でなんとかしてきたという芝居を終わりにしたということだ。「除染で重要なのは見栄え。庭がきれいになること。簡素化なんかしたらきれいじゃなくなるよ」ということばは、如実にそのことを語っている。最初から効果は期待されていなかったのだ。住民の健康被害を防ぐという考えでは行われていなかったのだ。

脱原発、脱被曝。いのちを守る。それには、お上の言うことを黙って聞くだけの奴隷状態から脱却して自分で判断することが必要だ。脱奴隷が必要だ。


参考
●除染、目安が消えた 「どう作業」自治体任せ 環境省方針、個人線量に重点
朝日新聞
 http://www.asahi.com/articles/DA3S11279029.html
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今回、伊達市など除染作業が進む4市のデータをもとに、空間線量が毎時0・3〜0・6マイクロシーベルトの場所の住民で年1ミリシーベルト程度になるとし、0・23にこだわらなくても長期目標は達成できると指摘。「生活パターンによる差異が大きく、空間線量に基づく除染のみでは被曝線量低減に結びつかない」と、個人線量の把握が重要とした。

 一方、毎時0・23マイクロシーベルトは本来、除染の状況を重点的に調査する地域を判断するためのもので、目標ではないと強調。住民に正しい情報を分かりやすく伝える必要があるとした。

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● 朝日新聞 
http://www.asahi.com/articles/CMTW1408020700001.html
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「今さら手法を変えるのは厳しい」。福島市の除染に関わったことのある企業役員はそう考える。「除染で重要なのは見栄え。庭がきれいになること。簡素化なんかしたらきれいじゃなくなるよ」と突き放した。
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posted by 村のトイレ屋 at 14:26| 山口 ☔| Comment(0) | 脱原発ニュースファイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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