2014年06月26日

 「楽観主義は、意思に属する」(アラン『幸福論』)

夜中に―私にとって10時を越えれば夜中である―電話をかけてくる友人は迷惑であるが、でも相手にしないわけにはいかない。このメール時代に電話だとなにかあったか、と、やはり出てしまう。

知人・友人が、立て続けに亡くなっていて、その連絡かとつい思ってしまうのだ。

今夜のは、暇な雑談だった。
発見してうれしくてメモ代わりに電話したのだという。

少し端折って書いておく。

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「楽観主義者は、楽天家に生まれたもともとの性格の人間がなるのかとかと思っていたが、反対に悲観派は、悲観的な性格に育ってそうなってしまったのかととらえていたが、その前提には、人間はもともと明るい楽天的な性格を持って生まれるのではないかと漠然と認識していて、けれど、どうも違うようだと最近感じていたら、
今日、アランの幸福論をたまたま読んで、考え違いをしていたことにはっきり気づいたよ。

こう書いてあるのだ・・・・読むよ。

93誓うべし

悲観主義は気分に属し、楽観主義は意思に属する。成り行きに任せる人間はみなふさぎこんでいるものだ。
根本的には、上機嫌などいうものは存在しないのだ。しかし、正確にいえば、気分というものはいつでも悪いものであり、あらゆる幸福は意思と抑制とによるものである。


どう、わかったかい?」
「わからない」
「困ったなあ、あのねぇ、世の中は辛いことばかりなのよ、どう考えてもたまにしかいいことはないの。棚からぼたもちなんて、めったにあるものではないの。だから、冷たい辛気臭い、矛盾だらけの世間を生き抜こうと思えば、幸福になろうという強い意思がいるということだよ、
だから、生まれついての楽観主義者はいなくて、幸福をつかもうとする強い目的を持った生き方が必要になってくるというわけだよ」

「ふ〜ん、まあよく聞く努力しなさいという話と同じようだけど」

「じれったいなあ〜、そんなことじゃあないんだよ。辛い現実、悲観主義に流される人間、それを前提にして、そのなかから、冷静な認識と強い意志をもって幸福をつかもう、と言っているのだよ」

「幸福って?」
「それをアランは幸福論で書いていrるのさ」
「ふ〜ん、一言でいえば・・・」
「一言で言えるわけ無いだろう、一冊の本に書いてあるものを・・・」
「ふ〜ん、じゃあ、ぼくにはわからない、ごめん、もう眠いから明日にして・・・」
「ああ〜わかったよ、友達甲斐のないやつだなあ、せっかくの大発見を教えてやっているのに。いいよ、でも、どっかで本を手にいれて読んどいてよ、いいね」



アマゾンだけ載せておく。寝ます!

http://amzn.to/1q9KRLt

アラン幸福論.jpg




posted by 村のトイレ屋 at 00:26| 山口 ☁| Comment(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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