2014年06月24日

山口瞳著『男性自身』熟年編 再び

最近の論議で、以前に、山羊の本の感想と並んで書いたことを思い出した。
http://atta-an.seesaa.net/article/29597299.html

集団的自衛権の行使と安倍政治の暴走。
このままでは、戦争を準備する国どころか戦争そのものに突っ走りかねない。
憲法9条の解釈改憲、閣議決定と並行して、実は実質的な戦争遂行がなされているのではないか、ある日それが姿を表すのではないのか、そちらも心配だ。

この問題では、多くの人と危機感を共有する。
その中で、一言指摘したいのは、憲法はあらゆる戦争と軍備を否定していることだ。
集団的自衛権行使に反対する論理に多くの人に参加してもらいたいあまり、自衛のための戦争や軍備はいいのだ、自衛隊の手放しの賛美や肯定に走ってはならないということだ。

あくまでも、憲法に忠実でありたい。
勝手な文章の解釈は、やめたい。

そんな意味で、山口瞳さんの文章を転載・再引用しておく。
福島の原発事故を起こしてしまって、世界中に迷惑をかけている分、著者の時代のように自慢できないが、東洋の端っこに平和を愛する小国がある、国単位ではない人々とのつながりを求めている人間がいることだけは伝えたいものだ。
戦争は嫌だ。殺されるのも、いやだが、戦争とは人を殺す羽目になるものだ。しかも、若い世代をそこへ追い込むことになる。放射能汚染を拡散して、子どもの人権を蹂躙しておきながら、今度は戦争を煽る。こんな流れに抵抗したい。山口瞳さんの文章が好きな私は、せめてこの文章が巷間、静かに広がることを期待する。


山口瞳熟年編.jpg


「私の根本思想」272頁。

「いわゆるタカ派の金科玉条とするものは、相手が殴りかかってきたときに、お前は、じっと無抵抗でいるのか、というあたりにある。然り。オー・イエス。私一個は無抵抗で殴られているだろう。あるいは、逃げられるかぎりは逃げるだろう。
『○○軍が攻めこんできたら、家は焼かれ、男はキンタマを抜かれ、女たちは陵辱されるんだぞ』
 いいえ、そんなことはありません。私の経験で言えば、そんなことはなかった。人類はそれほど馬鹿じゃない。」

「人は、私のような無抵抗主義は理想論だと言うだろう。その通り。私は女々しくて卑怯未練の理想主義者である。
 私は、日本という国は滅びてしまってもいいと思っている。皆殺しにされてもいいと思っている。かって、歴史上に、ひとを傷つけたり殺したりすることが厭で、そのために亡びてしまった国家があったといったことで充分ではないか。」

「2兆9千4百37億円という防衛費を『飢えるアフリカ』に進呈する。専守防衛という名の軍隊を解散する。日本はマルハダカになる。こうなったとき、どこの国が、どうやって攻めてくるか。その結果がどうなるか。
 どの国が攻めてくるのか私は知らないが、もし、こういう国を攻め滅ぼそうという国が存在するならば、そういう世界は生きるに価(あたい)しないと考える。私の根本思想の芯の芯なるものはそういうことだ。」


posted by 村のトイレ屋 at 12:49| 山口 ☀| Comment(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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