2014年01月09日

今年の抱負。大先輩・木村菊人さんのこと。「山口県は、中央官庁の植民地か?」など。

今年の抱負をまだ書いていませんでした。

いろいろなプロジェクトを仲間とはじめていて、やり残したままあの世に行きたくないとは思うものの、私がいなくてもうまくいきそうだとか、いないほうがいいようだというような事柄もあって、「高齢者青年部」としては、何を書いていいか迷うところです。

写真は、安渓遊地(左)さんと木村菊人さん 
木村さんのフェースブックから

木村さん安渓さん.jpg




一昨日、あったか村のスタッフと阿武町福賀の林業家・木村菊人さん宅に新年の挨拶に伺ってきました。木村さんは、94歳。奥さんの八重さんとマサカリを使って、薪割りをしていました。

「私があんたらの年の時にはいつ倒れるかいつ死ぬかと心配でならんかったが、どうも最近は私はもう死なないのではないかと思うようになったよ。白松さんや安藤さんの仕事ののんびりさに苦口(にがくち=苦言)ばかりいってきたが、もう言うのをやめた。好きなペースでやりなさい。ところで、ロケットストーブのことだが、ネットで調べると実にスグレモノではないですか・・・・」

木村さんはフェースブックをやっています。
https://www.facebook.com/kikuto.kimura.7?fref=ts
もうすぐ安渓遊地さん(山口県立大学)が長時間のインタビューをまとめられると思います。

というわけで、「高齢者長老部」のことを考えると若輩者の私としては未熟さが恥ずかしてく年頭の抱負など言っておれなくなるのです。

ひとつだけ、このブログについて。

私のブログの読者は、お会いして確認して判明する数は、約50人です。
この人達にむかって報告したりお願いしたりしています。
願わくば、一緒の実ある行動をと祈るばかりです。

さて、昨日は、横見出さんのスピーチを紹介しました。
いくつもいくつも味わい考えるべき事柄が書かれています。
http://atta-an.seesaa.net/article/384647402.html

その一節に、次の指摘があります。
==============
こう言う状況の中で、危ない原発に人が寄りつくでしょうか?過疎地だから原発を誘致したと言う行政もあるでしょう。でもそれは、都市から遠く離れたところで人のいないところだから選ばれたのであって、過疎地に雇用をもたらすためではありません。従って人が集まる要因は無いままなのです。逆に寄りつかない原因を増すばかりなのです。実際に原発を誘致した過疎の地が人口増加しているでしょうか?村が町になり都市化したでしょうか?していません。人気のない箱物ばかりの町がせいぜいなのです。
=================

原発立地地域とは、いつ事故が起こってもいいとされている地域のことです。
都会は、人口が密集していて危険だから建てられない。
映画『東京原発』が描いた世界そのもの、いや現実に福島第一原発事故が起こってわかったことは、想像以上に悲惨で過酷で、さらに棄民そのもの、だったことです。

都市の一部の利益のために、地方の過疎の人々が犠牲になる構図です。
ことばの厳密な使い方は、練り込む必要があるでしょうが、国内難民を生み出し、人々の犠牲の上に成り立つ繁栄は、国内植民地ともいっていいのではないでしょうか。

この点について、エネルギー問題から飯田哲也さんがつとに指摘していることは、卓見です。
地域自立の鍵をエネルギー自給と対価の地域循環を中心にする構想です。
大都市で使う電力を無駄の多い高圧線で運ぶ必要はないばかりか、地域の経済の要に地域のエネルギーを据える。地域で使う電力は、たとえば火力発電にしても、地域経済を潤さないばかりか、東京の大企業を経由してアラブの王侯に流れている。地域は、痩せるばかりか、菊地洋一さんが書いているように石油を掘る作業は、アジアをはじめとする出稼ぎ労働者の過酷で劣悪な労働条件に支えられています。文字通りの新植民地主義の実態があります。(注1)

メガソーラーの利権横行跋扈の現実の裏返しで、自然エネルギー・再生エネルギーを批判する人たちがいますが、地域で小規模で自律的なエネルギー自給の原則を見失ってしまっては、「産湯とともに赤子を流す」過ちを犯すことになるでしょう。
飯田さんのこの構想は、山口県を変えるためにも実現したい・取り込みたい考えです。


話は、変わりますが、山本繁太郎県知事がついに辞任を表明することになり、昨日からの中国新聞や毎日新聞では、自民党の後任候補に総務省41歳の官僚(宇部高・東大)の名前があがっています。

この間の経緯について、平岡秀夫さんが、自民党の都合による(50人近い高級官僚のリストをつくって立候補を打診。その間の時間稼ぎとして山本知事のずるずる任務放棄の知事職しがみつき)県民を無視したやり方を批判しています。(注2)
私も同感です。

そのうえで、どうして高級官僚ばかり知事に呼ぼうとするのでしょうか。
国の財源に縋り付き、国との太いパイプを強調することが、なぜ山口県では自民党のお家芸になっているのか。本当に(自民党の中にも)地元には人はいないのでしょうか。
これを情けないと感じる気概のある人は、いないのでしょうか。
別に感情論だけでなく、このままだと横見さんが指摘している原発誘致の構図、私の危惧する都市の植民地状態としての山口県という根っこの構造が変わらないばかりか、ますます強大になり、結局は、地域の衰退を招いてしまいます。
しかも、そこに中央官庁のポスト争いの要素(旧自治省の総務省系と旧建設省の国土交通省系)が絡んで、まるで山口県は中央官庁の植民地の様相を呈しています。民主主義の基礎である地方自治・地方分権など口にするのもはばかられる、歯の浮くようなことばになっています。


横見さんのスピーチがすばらしいと思って人にすすめるのは、結ぶにある次のことばです。

「脱原発による新しい価値の創造へ」

そうなんです。
上関の原発計画を止め原発ゼロを実現することは、単にネガテイブに反対しているだけでなく、その実現の先に(あるいはその過程のなかに同時的に)新しい価値観、中央の植民地支配的でない、自立した地域社会の創造を含んでいるのです。

木村菊人さんご一家の住んでいるところは、阿武町福賀の久世原という集落です。
里山再生の拠点として、あったか村の候補地を10年前に探した時に、「ここは過疎の中の過疎」と地元の人に言われたところです。(結局、あったか村は、福賀3大過疎地と言われていた桑谷集落に落ち着きました)
でも、意気軒昂な木村さんを訪ねてくる都会の人は絶えません。阿武町の中で、福賀はUターン、Iターンの多い地域です。木村さんたちの伝統を引き継いで農家民宿県内第一号の樵屋・白松博之さんをはじめ、「原発や大企業に頼らない地域つくり」をすすめている地域だからです。原発がないほうがいい実例です。

3・8集会や県知事選のなかで、脱原発論議にともなって以上のようなことが論議され、さらに実践的な道筋から具体的な行動でお役にたてればと思います。



注1
菊地洋一著『原発をつくった私が原発に反対する理由』(角川書店 2011 107〜109)
「中東の建設現場で知った労働者たちの現実」

注2
平岡秀夫さんのフェースブック
「山口県知事の後継選びに疑惑あり」
https://www.facebook.com/hiraokahideo?fref=ts
========= 以下引用=========
私の経験から言っても、政治家になっていない人が「政治家として選挙に出る」ことを決断することは、そんなに短期間にできるものではありません。最近聞いた噂では、「昨年10月頃から、自民党の国会議員や県会議員が、中央省庁の官僚50人程度に知事選出馬を打診していた」そうです。

 これは、何たる県民をないがしろにする行為でしょうか。県民に対しては、知事の病状や回復の見通しを「特定秘密」扱いにしておいて、他方では、自分たち(自民党)は、「特定秘密」を知りつつ、自分たちの権力を維持するために抜け駆け的な行動をしていたのです。
=============== 引用終わり=========














posted by 村のトイレ屋 at 11:14| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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