2013年09月10日

保養の必要性)西へ行くと減った好中球が回復する。

ちょっと、いいとこ取りの紹介で申し訳ないのですが、

詳しくは、元のサイトを読んでください。

「ママレボ編集長通信No6」 〜三田医院の三田茂院長に聞く〜 
http://momsrevo.blogspot.jp/2013/09/no6.html?spref=tw
「子どもの血液検査結果から見えてきたこと 関東全域の子どもたちに血液検査を!」



同じようなことを宇部市の西川医院の西川浩子先生もおしゃっていた。

福岡の講演会でバンダジェフスキー博士も語っていた。

彼の場合は、「物見遊山の観光気分の短期の保養でも効果がありますか?」
と聞かれて

「はい、短くても保養は効果があります」ときっぱりと断言していた。

チェルノブイリのかけはしの野呂美加さんも、関東、とくに首都圏の子どもたちの保養避難を強く訴えていた。




白血球 好中球の図解  

ママレボ通信から


白血球分画図.JPG

図解で好中球を示したあと、次のように述べている。


◇「好中球」の値が平均値を下回っている
Q 子どもたちの「白血球分画」の数値に変化が起きているそうですね。

三田;はい。当院に検査に訪れる子どもは、ほとんどが東京や千葉、神奈川、埼玉、北関東などのエリアに住んでいますが、これらの子どもの白血球中の「好中球」の割合が、明らかに減少してきています。 
 医者の一般的な教科書である「小児・思春期診療最新マニュアル」(日本医師会編)には、小学生の「好中球」の基準値は、3000〜5000と記されています。つまり、3000が基準値の下限値なのですが、事故以降、当院に検査しにやってくる小学生の平均値は2500にまで下がってきているのです。4000くらいの値の子どもが最も多いのが正常なのですが、分布図を見てみると、ピーク値が全体的にずれてきているのです。(イメージ図参照)
 繰り返しますが、「好中球」の値は、「小児・思春期診療最新マニュアル」に記されているように、健康な小学生なら3000〜5000であることが望ましいのです。 しかし、当院に検査に来る子どもたちの平均値は、下限値の3000を切って2500まで下がってしまいました。これは、非常に問題ではないかと思います。


と、語っている。

さらに、ここがとても大切だと思ったが、好中球の値が下がった場合の対策について、以下のように答えている。


Q 「好中球」の値が低かった場合、どうすればいいのでしょうか。

三田;当院で検査する子どもの数値を見ている限り、たとえ「好中球」の値が低くても、西の方面へ最低でも2週間以上保養に出れば、多くの場合、数値は回復する傾向が見られます。
 「好中球」が1000くらいしかなかった子どもも、長野県に避難した後に検査したら、正常値の4000くらいに戻っていました。たまに、「好中球」がゼロという子どももいるのですが、その子でも九州に避難して2カ月くらいしたら2000くらいまで戻り、その後しばらくして4000まで回復しました。
 しかしあまりに値が低い場合は、西へ避難をしても平均値の4000にまで回復しづらい子どももいます。ですから、数値に異変があった場合は、できるだけすみやかに汚染されていない土地へ保養や避難していただくようおすすめしています。
 数週間単位でも、こまめに保養に出ている子どもの数値は比較的安定していますからね。
 しかし本当は、できれば東日本から移住していただきたい、と私自身は思っています。
 それは子どもだけでなく、大人にとっても同じです。


Q 「好中球」の値が低かった場合、どうすればいいのでしょうか。

三田;当院で検査する子どもの数値を見ている限り、たとえ「好中球」の値が低くても、西の方面へ最低でも2週間以上保養に出れば、多くの場合、数値は回復する傾向が見られます。
 「好中球」が1000くらいしかなかった子どもも、長野県に避難した後に検査したら、正常値の4000くらいに戻っていました。たまに、「好中球」がゼロという子どももいるのですが、その子でも九州に避難して2カ月くらいしたら2000くらいまで戻り、その後しばらくして4000まで回復しました。
 しかしあまりに値が低い場合は、西へ避難をしても平均値の4000にまで回復しづらい子どももいます。ですから、数値に異変があった場合は、できるだけすみやかに汚染されていない土地へ保養や避難していただくようおすすめしています。
 数週間単位でも、こまめに保養に出ている子どもの数値は比較的安定していますからね。
 しかし本当は、できれば東日本から移住していただきたい、と私自身は思っています。
 それは子どもだけでなく、大人にとっても同じです。


(強調の下線は、私による。)



私たちが、保養プロジェクトで観察できる子どもたちの様子がある。
日に追って元気になるのだ。声が大きくなるし、外遊びの勢いも増す。
顔色も良くなる。

このことは、以上の説明で納得がいく。

しかし、同時に多くの保養プロジェクトにタッチしている仲間が異口同音につぶやく嘆きがある。

「せっかく、よくなったと思ったのに、またあの高濃度な放射線の中に帰してしまうのか」
「そんなことなら、私は、保養などさせないほうがいいのではないか、一時の自己満足ではないのか」
と考えこみ、落ち込んでしまう。

それは、そうなのだ。
やはり帰しては福島に帰してはいけないのだ。
福島は、東日本は危険なのだ。
健康被害や病気が顕在化して、「安全でなかったこと」が証明されても、子どもにとってはとんでもないことなのだ。遅れては、だめなのだ。


三田医師が言うように、一日も早く、避難すべきなのだ。

このことが明らかな以上、保養運動は、次のステップに上がることが必要だ。

知恵を集約して、全体の保養企画がより疎開と避難移住に近づく工夫をしたい。
現場の体当たり実践と理論的な英知を結集したい。今まで積み上げてことが、それを強く求めているのだ。




posted by 村のトイレ屋 at 23:22| 山口 ☀| Comment(0) | あったか村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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