2013年09月01日

いのち・未来うべ 第2回総会のご案内

いのち・未来うべ の公式ブログには、会の行動予定と関連する行事が案内されています。
参照ください。
http://blog.goo.ne.jp/nonukes2013




いのち・未来うべ 事務局から以下のような案内が出されました。

ふるってご参加ください。

会員以外の方も参加できますし、当日入会も受け付けます。



                                     2013年8月28日

        「いのち・未来 うべ」第2回総会のご案内



会 員 各 位                                

                           いのち・未来 うべ
                               代表 安藤公門



長く、激しい猛暑も、ようやく少しずつ影をひそめてまいりました。皆様、夏の疲れは出ておいでではありませんか。



さて、当会が発足してこの9月で丸1年となります。

激動の1年といっていいほど、原発や放射能をめぐり、私たち国民はエスカレーターのように翻弄されてきました。

昨年9月に民主党政権が原発ゼロを表明したのも束の間、暮れの総選挙で政権が代わり、5月には、「安全が確認された原発の再稼働をできる限り早く」という安倍首相の国会答弁まで飛び出してしまいました。さらに、東電福一汚染水問題、鮫川村の放射性物質焼却、福島の子どもたちの健康被害など、何が起こるか予断を許さない状況です。

山口県では、政権交代を待っていたかのように、上関原発予定地の埋立免許延長、祝島漁協への補償金を使った切り崩し工作など禁じ手を次々と出しており、私たちは枕を高くして眠れない状況が続いております。

でも、絶望の淵に沈んでしまったわけではありません。参議院選挙での山本太郎さんの当選をはじめ、「原発ゼロを求める世論と政治のネジレ」を克服する動きは始まっています。私たちも、各地の市民運動と連携して、宇部市で「毎週の金曜ウォークと市民発表会」を行ってきました。山口県全域を網羅する「原発ゼロの動き」も始まっています。

北九州市ガレキ焼却反対の取組みをはじめ、私たちの足跡を振り返り、つかみとった貴重な教訓を確認し、次の一年間の方針を提案・討論・共有したいと考えます。

ぜひ万障お繰り合わせの上、ご出席いただきますよう、よろしくお願いいたします。



                    記



日時:9月29日(日)13:00〜15:30

場所:宇部市総合福祉会館2F ボランティアルーム(大)



※第4金曜日は、県庁前サイレント行動にも参加するため、宇部のウォークは行いますが、市民研究会はありません。

※9月16日(月)に祝島の月曜デモに参加(一泊)を予定しています。詳しくは、当会公式ブログを参照くださるか、お問い合わせください。  090(6331)0960(安藤)

http://blog.goo.ne.jp/nonukes2013 

PDFファイルを添付します。
ご利用ください。
案内状01.pdf



posted by 村のトイレ屋 at 18:55| 山口 ☔| Comment(1) | 行事の予定:遊び、学び、遊ぶ。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

安全は大好きだ。神話も好きだ。安全神話作りは得意で、すぐに信じられる。広めるのもたやすい。
我が国の国策は、安全神話と深く関係しているに違いない。
だが、最悪のシナリオを想定するのはひどく難しい。恣意(本音)の人ならそうなる。
これは、平和ボケのようなものか。

太平洋戦争初期に、フィリピンの米比軍はキング少将もジョーンズ少将も投降して、75000人以上の将兵の命を救った。
太平洋戦争後期に、日本軍は米空軍の飛来をゆるし、1945年3月10日未明、東京の下町の江東地区がB29約300機による空襲をうけ、死者10万をこす被害を出した。
日本人の指導者には、作戦の成否を予測する力はないのか。
人命の尊重はどのように考えられていたのであろうか。

それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
一億総ざんげへの道。動き出したら止まらない。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way).
意思のないところに解決法はない。
意思は未来時制の内容であり、日本語には時制がない。
それで、日本人には意思がなく、解決法が見つけられない。
自然鎮火を待つのみか。成り行き次第ということか。

不自由を常と思えば不足なし。
座して死を待つか、それとも腹切りするか。
私の父は、玉砕した。何のお役に立てたのかしら。
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

わかっている、わかっている。皆、わかっている。
ああしてこうすりゃこうなると、わかっていながらこうなった、、、、、
十二歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。教養 (洞察力) がない。
わかっちゃいるけど やめられない。ア、ホレ、スイスイ、、、、

白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。
我々は、自らは望むことなく危機に陥る民族なのか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/




Posted by noga at 2013年09月01日 20:17
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。