2013年04月17日

ちょっと立止って復習。「止むなき表現」。ブログ「風の谷」のスタート。

ブログのタイトルを「山羊が微笑む」と変えたものの山羊の微笑みに付き合う暇もないほど、何かを追いかけていて、「口を利く暇もないほど忙しい」というのは、私にとってはもちろん誇張で、白松さんの阿武町長選挙も残念だけど善戦と貴重な教訓を残して終わり、「原発はいらない!山口キャンペーン」の宇部も、スタッフが増え始めて、ようやく軌道に乗り始めました。

そこで、ちょっと立止って、おさらいをしたくなりました。

というのは、
「なんであなたは、そんな脱原発キャンペーンをやり始めたのですか?」と今日ある人に聞かれたからです。ある人というのは、菅直人さんの同級生です。

3.11原発事故のショック、小出裕章さん講演会の実現、北九州市「ガレキ」焼却反対の取り組みなどを説明しました。

そのときに、ふと、小出裕章さんの言葉を思い出しました。
昨年の宇部での講演会でも言っていたと思います。

また、oldblue さんの調査と「調べ学習」とブログを軸にした活動を想起しました。

小出さんの言葉は、宮沢賢治に触れたものです。
講演録はネットの各所にありますが、今日たまたま見つけた以下のブログからコピーさせてもらいました。
Imagine - Empty Boat
http://ameblo.jp/premsheel/entry-10873768889.html

=============== 引用==========
宮澤賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はありえない」と記しました。
私は「世界ぜんたい」とは、人間のみを指すのではないと思います。
人間を含めたこの世界全体が幸せになることを、 賢治さんは願っていたはずです。
またそう考えなければ、この地球という星を守ることはできないところにまで
私たちは追い詰められてしまったと思います。

賢治さんは続けてこう記しています。
「個性の優れる方面に於て、各々止むなき表現をなせ」。

たまたま原子力の世界に入ってしまった私は、
なんとか原発を止めるために自分が持っている力を出し尽くします。
みなさんも、それぞれが取り組んでいる場所で、それぞれの力を発揮してください。

私たち誰もがそれぞれに「止むなき表現」をする場所があるはずです。

================ 引用終わり===========

この宮沢賢治の言葉は、『農民芸術概論綱要』からとられたもので、原文の該当箇所は以下です。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/2386_13825.html

================ 引用========

農民芸術の産者

……われらのなかで芸術家とはどういふことを意味するか……

職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である
創作自ら湧き起り止むなきときは行為は自づと集中される
そのとき恐らく人々はその生活を保証するだらう
創作止めば彼はふたたび土に起つ
ここには多くの解放された天才がある
個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる

==================引用終わり=====

この著作は、かって屋久島の友人、手塚賢至さんに教えてもらってショックを受けたことがあります。プロ芸術家は本来嘘で、人間はみんな芸術家足りうるのだという理解をしました。
(ちょっと省略したまとめですが)

それを、さらに脱原発運動の全分野に広げたのが小出裕章さんの言葉です。

そして、oldblue さんは、実践的に、脱原発、放射能汚染と防御、大気汚染と公害の分野、さらに運動的な研究調査と広報の分野でも、普通の主婦が執念と動機の強さをバネにスキルを磨き、プロ研究者にはできないことをやってのけることを示している、その例証だと思うのです。
そのスタートと飛翔だと思うのです。

ブログ「風の谷」
山口県は福岡の風下。大気汚染公害について考える。反被曝・上関原発反対・原発再稼働阻止・放射能拡散阻止 脱原発の調べ学習
http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012

ブログ読者の皆さまへ お知らせ
http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012/e/016de3cf69d7eb507f5d46d07687e4ac
「オールド・ブルー」の由来について、ブログの性格について書かれています。


私たちの「いのち・未来うべ」の会は、それぞれがもともとフリーに動いている軟体動物のようなグループで、拘束はないとは思っていましたが、それでも、個性をのびのび伸ばしていくには、「スタッフブログ」は制約があったことは、否めません。今後は、十分に個人の立場で力を発揮して、脱原発の運動全体に貢献してほしいと、会員全員が希望しています。
私達こそ、たくさんのことを教わり、身を削るような取り組みから生まれた労作をいただきありがとうございました。心から感謝しています。
今後も、「風の谷」を今まで以上に活用させていただきます。


さてさて、小出さんの言葉、ブログ「風の谷」をみて、ふりかえって、私自身は、どうなのか?なにが「やむをやむを得ざる表現」なのか。

ぼんやり、ぼ〜としていないで、それらを私なりに考えてみたいと思います。

タイトルを「山羊が微笑む」に変えたのも、少しはそんな動機もあるのです。
なんの説明もしていないので、読者や山羊にとっては、ナンノコッチャと思われているとは感じています。

そのことは、またおいおいと書いていきます。
posted by 村のトイレ屋 at 21:23| 山口 ☀| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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