2013年04月14日

言葉>場の空気

その場の空気を読めとよく言われる。

かなり嫌いな言葉だ。

その場の空気をあなたがつくってください、

と言われたらどうだろう。難しいですよね。


小学校の頃、お寺での葬式で焼香のときに、柏手を打って注意されたことがあった。

でも、注意しながらその大人も笑っていたのがおかしくて、今でもときどきその場面を思い出す。

葬式の沈痛な場を愉快な笑いの場に変えたのなら、私にはコメディアンの素質があることになるが、どうやらそうではなくて、単なる仏式と神式の様式の違いの勘違いであったらしい。高校ぐらいになって、母が、親戚の葬式に私を連れていくときに、しつこく事前に注意していた。


山口県は論議の盛んなところで、論ずる人たちは、どうしても熱っぽくなる。激しくなる。論争が発展して、ここが残念なことだが、人格攻撃に発展する。書は人なり。論は人なり、となってしまう。そうして、グループは分裂して責任を追及し追及され、へとへとになる。

そういうのも、ひとつの流儀なんだろうけれど、つらいですねぇ。
私なんかは、寄り付かないでおこう、と思ってしまう。

そういうときに、場の空気を読むというより、場の空気をつくるというのは、結構むつかしいだろう。

なにか名案があるのだろうか。

今度、そんな場面にぶつかったらじっくり考えてみよう。











posted by 村のトイレ屋 at 08:23| 山口 | Comment(0) | 日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。