2013年03月29日

絶望の中から希望を拾って歩くのだ

メモだけ。
聞いた話です。
笑門来福・公門満腹(注)というけれど笑うほどおもしろい話ではありません。

「若者は、人生の冷たさを知り、老人は、墓石の冷たさを知る」
    ビクトル・ユゴー  『レミゼラブル』5巻

という話をしていたら、ある人が、
「その通り!」
「もともと人生とは冷たいものなんだ」と言って以下のように語ったそうです。

「希望とは、石のようにそこらに転がっているものではない。
石をひっくり返して確認しても、希望と絶望の姿はわかるものではない。
単純なことなんだ。全部が絶望の冷たい石なんだ。
それを、ひっくり返して温めて、希望の石に変えるしかないものなんだ。
それが、生きるってことなんだよ」

「わしは、それが面倒くさい人間だから、こうして旅をしながらたまにある希望の石を拾い集めているんだよ、めったに見つからないがね」


「脱原発の運動のことはどう考えますか?」

「そんなことは、わしやあ知らぬ」

と言って去ってそうです。

ほとんど、どうでもいいことだけど、別にその旅人を追いかけていくほどの事ではないけれど、メモだけしておきます。

(注) 公門満腹は、私の造語で辞書には載っていません。念のため。











posted by 村のトイレ屋 at 14:33| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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