2012年10月25日

「目黒のサンマ」「さんまの歌」は、今は昔になってしまうのか。


先日、三陸沖のサンマを東京の消費者に「お礼」と言って配るイベントがあった。

そのときに、「えっ、サンマをもう食べてもいいの!?」と異口同音に疑問がでた。

いくらなんでも、東北沖が放射能汚染から免れていると考えるには早すぎるし、そもそも太平洋全体の汚染がいつなくなるかわからない状態だ。

「安全なサンマが確認された」という例外的なニュースを一般化して大丈夫なのか?と疑問に思っていた。

このような倒錯感は、マスコミの報道に多い。
福島の子どもたちが、放射線管理区区域(病院の放射線ゾーンにずっといる状態と同じ区域)を異常と思わさせないための舞台装置とイベントの数々。
倒錯感を日常と思わせる手口のひとつだ。
正確なエビデンスとオピニン(事実と意見)によって、自分の視点をしっかりさせないととんでもないことになる。


残念だけど、サンマは、目黒のサンマの落語の中にしか、もう帰って来ないのではないか、
佐藤春夫の「さんまの歌」も文学史のエピソードの中に消えてしまうのか。

あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝えてよ
--男ありて
今日の夕餉(ゆうげ)に ひとり
さんまを食らいて
思いにふける と。

七輪で煙ながらサンマを焼く姿を思い浮かべていたが、それもなくなるのだろう。


東電と日本政府の海を汚した犯罪は、世界から見ればノスタルジックに語るサンマどころではないが、(太平洋はきれいになるには何年かかるのだろう)、しかも今も放射能汚染水を福島第一原子力発電所の事故現場からたれ流しつづけている。
漁業者への補償は、どれほどになるのか。計算すらできないのではないのか。

その罪の深さに唖然とする。


でも、サンマを返せと叫ぶ以上に、大きな声で言わないといけない。
こんなことにはもう加担したくないぞ、と。

明日の金曜ウォーク(=路上ツイッター)で声を出したい。




宇部の金曜行動は、市役所前6時集合です。

サンマや魚全般の安全性については、ここを参照。

いのち・未来うべ スタッフブログ
http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012/e/99f9d328ef7dda…043404caed


posted by 村のトイレ屋 at 10:56| 山口 ☁| Comment(0) | あったか村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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