2012年09月15日

子どもが愛される国、虐待される国、伊藤千尋さん講演会。で、北九州市や山口県は?

昨夕、いつもの金曜ウォークを早々と切り上げて、というか、コースを市役所前から会場である文化会館に変えて、参加した。

伊藤さんは、朝日新聞の記者である。
情報が世の中を変えるとおっしゃっているだけあって、多くのことを教わった。

福島県では、牛乳をクラスで飲むか飲まないかで分裂していること、楽しかった給食が重苦しいものになっていること、運動会は2時間に制限されていること、かけっこで転ぶ子どもが多発すること。足腰が外遊びの不足・運動不足で弱っているのだ。
福島市のことである。
それでも、大丈夫、安全と教育委員会は言い張って、疎開・移住の措置を取らないこと。

本来、放射線管理区域であるところで子どもが生活している。
これは、児童虐待そのものではないのか。

以上が冒頭の話だった。
その後、ヨーロッパの脱原発、自然エネルギーの話があって、やがて憲法の話で、コスタリカのことが報告がされた。
日本の憲法第9条を日本以上に実行している国である。
平和に対する実行力はすばらしい。「理念として掲げているのではなく、実現のための目標なのだ」と強調していた。

コスタリカでは、子どもと憲法は密接な関係にある。
教育を充実させる、国家予算の30%をあてている時期もあったという。
「子どもは、愛される権利がある」と憲法に規定されている。
そして、ここがすばらしいが、子ども自らが「愛されていない」と思ったら国を訴える権利があるという。伊藤さんが例としてあげていたのは、「川に柵がなくて子どもが川に落ちた。柵をつくっていないのは子どもを愛していないからだ」と違憲訴訟が子どもによって起こされ例だ。

そんな例を上げれば日本は、違憲訴訟だらけではないか。
細かなことをおいても、今の福島県や関東の放射性物質に汚染された地域に子どもを生活させることはどうなんだ。子ども全員による集団違憲訴訟になることは、必定だ。
郡山疎開裁判が無数に行われることになる。
「愛されていない!」と感じている子どもたちの声を集めたら私たちは本当に向きあえるかどうか、逃げてしまうか、立ち往生してしまうのではないか。
少なくとも私の場合は、そうだ。

北九州市役所の前に勝山公園という広い公園がある。
17日の「ガレキ」焼却の強行に説明と抗議の声をあげる人々が、テント村を作っている。
アピールを行なっている。そのなかに、子どもたちアピールがある。

『瓦礫阻止!北九州1万人アクション』テント村
http://www.ustream.tv/recorded/25396103
1,42分〜48分 高校生の歯切れのよい訴え。
2,1時間13分〜 佐賀県に避難した母と子の訴え 
他に、木下黄太さんのアピールがある。

この2つをコスタリカの憲法裁判所は、どう扱うだろうか。
大人の無責任さをどう裁くだろうか。
日本という国をどうみるだろうか。

子どもの側から、母親の立場から北九州市「ガレキ」焼却を捉える必要がある。

伊藤さんのお話を聞きながら、テント村のことが頭を離れなかった。
17日に子どもを愛していないことを世界に知らせる、大規模な虐待を行おうとしているのだ。

それで、講演後の質疑応答で、そのことを述べた。
アクションとして、県知事や国会議員に働きかけていること、飯田てつなりさんが応えてくれたことなどを報告した。

伊藤さんは、市民運動の重要性を指摘した。また、自らの行動の大切さを訴えていた。
理想のモデルとしてのコスタリカ。
実際の犯罪が行われる日本・北九州市。
沈黙して、知らぬ仏で通せばどうなるのか。
子どもを愛さない社会の末路はどうなるのか。

私たちは、たとえ小さくても、自分の声をあげたいと思う。


posted by 村のトイレ屋 at 13:25| 山口 ☁| Comment(0) | あったか村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。