2012年08月08日

山羊が、草を食べている風景

山羊が、耕作していない原っぱの草を食べている。
2頭いる。白い体が緑の中に見えたり隠れたりする。
葛もあれば伸びすぎた蓬もある。飽きると草陰で休む。
それをじっと見ているだけで一日が終わる。
この時が一番幸せな時だねと友が語る。

タイ王国北部パヤオ県セーンサイ村。
シャンティ山口の仲間と村の広場のトイレを作った。
あるとき、ヤギの群れがあらわれた。白ヤギでなくて黒茶色の耳のたれた山羊だ。数えたら子ヤギも入れて67頭いた。
首輪がついて鈴がなっているが、ロープに繋がれているわけではない。群れで移動しながら草を食べる。
17〜8歳くらいの少年が一人、山羊を追ったり止めたりして草の多いところへ誘導している。
はみ出しで群れから離れ始めると、斜めにかけたズックのカバンからゴム銃を取り出して、小石を飛ばす。当たらなくても山羊は群れに戻る。
山羊飼いの少年は、仲間の少年たちと話したり、仲間がいなくなると一人ベンチに座っている。
夕方になって、山羊と少年は村の真ん中の道を帰って行った。

日本には、繋がれない山羊がいない、囲われない山羊がいない。
少年でもいい、老人でもいい、山羊の番をして山羊を追って暮らすことができないか。
私の友達も、山羊とゆっくり過ごせるときはたまにしかない。
昨日、そんな立ち話ができたのも、何年ぶりかのことだ。

山羊のいる風景を見ているだけで一日がゆっくりたつ。
そんな街なかの公園、村の辻々はできないものか。




でも、そんな贅沢は望めないにせよ
炎天下、高齢者による刈払機での除草。
山羊が食べる草の上に放射能汚染をばらまく。
この2つだけは、なんとかしたいものだ。











posted by 村のトイレ屋 at 08:38| 山口 ☁| Comment(2) | 山羊・羊とチーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 ヤギを飼い始めて、何年たつだろう。こんなに気分のいい動物とは思っていなかった。ヤギといっしょにいた人ならこの気持ちが分かるとおもう。気持ちが落ち着くのだ。そのため、逆に苦しいときもある。そう、事故や病気で失ってしまったときには、なんともいいがたい、家族を失ったときのようだ。へちまやさんが来られた5日後、東京から来たお嬢さんの玉ちゃんが死んでしまった。産後の肥立ちが悪く、私の腕の中で死んでいった。とても可愛い、間抜けなところもあるが、やることはさっさとやってしまうような、彼女だった。この思いも含めて、ヤギは私にとってなくてはならないパートナーだ。
Posted by みやきん at 2012年08月15日 08:47
コメントありがとうございます。
山羊に死なれるのが一番つらいですね。

でも、せつないからこそ尊いですね。
Posted by 安藤 at 2012年08月18日 23:10
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。