2012年01月11日

福島の子どもたちを放射能汚染から守ろう

以下の文章を「憲法9条の会うべ」2012年1月5日 bP3に寄稿しました。



         福島の子どもたちを放射能汚染から守ろう
                                 安藤 公門


 今、一番心配なのは、福島の子どもたちのことである。
 小出裕章さんによると福島の東半分、宮城、岩手の一部と関東の一部は、放射線管理区域に相当する汚染だという。資格者だけしか出入りできず、飲食も禁じられるエリアだ。

 だがそこで、子どもたちは、暮らし、学校に通っている。

「福島の子どもたちにつながる宇部の会」との縁で避難してきた母親たちは、「宇部にきて毎日の食べ物や飲み水を気にしなくなってほっとしている」と語っている。

 だが、大半の子どもたちは、放射能汚染下に残されたままだ。

 チェルノブイリ事故の教訓、低線量の内部被曝の危険さからみると、子どもや妊婦を被爆地で暮らさせることは、殺人行為に等しい。どうしてこんなむごいことが許されているのか。事故の大きさに対応出来ていないだけなのか?

 11月12日の講演会で石川洋文さんは、戦場経験として「軍隊は、自国民を保護するというのはウソで、どこの国でも軍隊は自国民を平気で犠牲にする」と語っている。

 3.11以後の報道は、「ただちに健康に影響はない」と事実を隠しウソを流し、戦時中の大本営発表を思い起こさせた。

 菅・前首相が退陣し、野田首相になったとき、読売新聞は、「核兵器の材料としてのプルトニュームを確保すべき」と論じた(9月7日社説)。1958年、原発推進をきめたとき岸信介元首相は、「核兵器としての可能性」を語っている(『岸信介回顧録』)。代々の政権は、原子力の平和利用を隠れ蓑に核武装化を追及していたのである。

 福島原発事故で核武装化の推進が、挫折しようとしている。軍事の失敗に等しい。だからこそ、沖縄や旧満州で行なったような棄民化政策が福島で行われている。事故の全体像を隠し、原発推進の骨組みを残すことを優先している。国民の命は、二の次、三の次になる。

 それが考え過ぎであるというのなら、福島の子どもたちを一日も早く安全な場所に全員避難させてから、そう言うべきであろう。子どもを見殺しにする社会に未来はないのである。


           (あんどう きみと 小出裕章さんのお話を聴く会)



posted by 村のトイレ屋 at 17:23| 山口 ☁| Comment(0) | 上関原発白紙撤回。避難移住者支援。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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