2011年11月18日

第4回環境サロン・・・疑問が疑問を呼ぶ展開

今日は、朝から雨、20日まで降るそうだ。
雨の日は、布団を頭からかぶって、終日、本でも読んでいたいが、
ビナードの本を数冊、積んである、
パソコンで書類を作ったり、仲間の作ったものを揃えたりして、
宇部市と宇部市教育委員会に後援依頼の書類を提出した。
小出さんの講演会は、全国の自治体で後援を得て開かれている。その事例を集めた。


また、発注していたチラシが着いた。
4万500枚ある。これが人手に渡って、渡辺翁記念会館をいっぱいにしてくれるよう、祈って受け取った。

チラシを渡すと会話が生まれる。
というか、感想や意見を聞ける。それが楽しい。

放射能の汚染と被曝を心配する宇部市民から、放射能問題の勉強は、宇部や山口では、どこへ行けば出来るのか教えてほしい、と聞かれたことがある。私にも実はよく知らない。


「こういうのは、本当は、市が先頭にたってやるべきよ。学校の子どもたちにも早く教えておくべきだし、そのためには小中学校の先生も、知っておくべきことでしょう。
宇部市も、こういうのをパパッパと開けるといいまちになるのにねえ。原発の是非で論争するのもいいけれど、そんな暇があったら、放射能被害からどう身を守るのかをかんがえなけやぁねえ」

もっともだと思った。

「下手をすると明日がないかもしれない」ということを3・11は、示したのだ。なにも起こらないことが「奇跡」ということだ。
人はミスを犯し、機械は故障する。日本の原発は、世界で一番地震の多い「地震の巣」の上にたっている。しかもその地震は「大地動乱の時代」(石橋克彦氏)という活性期に入っている。



さて、昨日の環境サロンの中身だが、すでにお疲れプーさんが報告してくれている。
http://ubesns.jp/blog/blog.php?key=34145

また、質問疑問の一端は、なべぞうさんが書いいる。

『放射能に関する自分用メモ。』
http://ameblo.jp/nabezo33/entry-11081556476.html

小出裕章著「放射能汚染の現実を超えて」の感想も書かれている。
http://ameblo.jp/nabezo33/entry-11080510964.html
小出さんをカリスマにしてはいけない、同感。


さて、サロンでは、いくつも疑問が出たが、私は次の3つが大事だと思った。

第1に、ベクレル、シーベルのきちんとした理解、こいつらは一体なんなんだ?ということだ。
放射能問題の科学は、どこまで到達しているのか、ということでもある。12月サロンのメインテーマになる。

第2は、国や東電は、たとえば10年後に子どもたちが、病気になったときに責任をとるのか、彼らの隠蔽体質は、メンツと言うよりも将来の責任問題の追及から逃げるために行なっているのではないか。国の暫定基準の嵩上げ・緩くすることも、そのためではないのか。子どもたちの運命の責任は、いったい誰が取るのか。

第3に、一番論議になりほとんどの人が発言したことだが、
「今この瞬間に事故が起こったら、私たちはどう行動するだろうか、まずパニック、そのあとどういう態度で、方針で、立ち向かっていけるだろうか。福島の現実を(避難・疎開か、それとも戻り元の地域に住むなどの分岐)どういう判断をするだろうか。
自分の判断が求められる。

3・11で世界は変わったと小出裕章さんは言っている。
その意味は、放射能汚染が地球を、とくに日本列島を覆い、放射能汚染を自覚して生きていく以外になくなったことだと思う。
「ベクレル」「シーベル」が、避けられなくなった。
3・11以前は、まだ「その危険性が、とても高い。でも、止めることは可能だ。止めよう」だった。

3.11以後は、「止めることができなかった。汚染は、これ以上広がらないようにしよう。もう次の事故は起こさないようにしよう」となった。

この間の違いはなにか。

前から考えていることで、昨日も喋ったが、
原発や放射能の問題が、多くあるうちのひとつの問題から、全部の問題をひっくるめてしまったということだ。否応なしにだ。理論的に言えば、社会の中でエネルギー問題が生活の存立を握っていることによるのだろう。エネルギーなくして人間生活はない、と威張っていたのだ。包括的な問題であったのだ。ところが今は、その肥大化から社会をすっかり占拠してしまい、「原発がなければ世の中が成り立たない」というデマ、「原発によって世界を破滅させる」という脅迫によって世の中を抑えこもうとしている。


人々の意見は、原発や放射能汚染の問題を一部の専門家の判断に任せておいてはいけない、廃炉と廃棄廃絶のために、基幹問題として取り組まなければならないとなった。
放置すれば、さらに「3・11」が起こり、人々の生活を台無しにする。そのために行動しておくことだ。

ふたつの生き方がある。
ひとつは、そんな現実の進行と関係なしに「自分のやりたいこと、ライフワークやその他なんでも」をやり続けることである。その際、突然の切断はあらかじめ覚悟して、歩めるところまで歩くことだ。不幸にして事故が襲いかかっても、それも選んだ道だからと逍遥として災厄を甘受する。

もう一つは、事故の起こることは目に見えているのだから、それを止めるために全力を尽くす。絶対に止める覚悟と実行を軸に人生を再編成する。


話は、変わるが、高齢者は(後期も前期も)こと原発の問題では、今まで若い人に任せて、き過ぎたのではなかろうか。
老人の座り込みは、あまりきかない。
祝島の人たちは、年齢に関係なくみなさん、奮起している。
でも、まちなかの高齢者が、若者を押しのけてハンストをやったということも聞かない。
何か高みにたって、若者の取り組みを見ているような感じだ。

もう若者にこれ以上任せておけない、という声をそろそろあげてもいいのではないか。せめて発言を増やし、意見を述べ、疑問を出し、見識あるところを示してもいいのではないか。



環境サロンを開き、3・11以後の暮らしをテーマに選んだとき、サロンの運営がどうなるか、わかっていなかった。やってわかることが世の中には多い。4回やってわかったことは、ざっくばらんな意見の交換は、平たく言えば、井戸端会議は、とても頭を柔軟にし、気持ちを開放的にするということだ。

そんなことからすると、「東電福島原発事故の全体像」などいう顰め面のタイトルにせずに「いったいぜんたい、フクシマとはなんなのか、なにがおこったのか」と床屋談義風にしておけばよかったかなあ、と思う。

また、「放射能についての基礎、人類と共存出来るのかどうかを考察する」などとせず、「ベクレルってなに?シーベルってなに?人間は大丈夫なのか?を考える」とでもしておけばよかったかもしれない。来月は、もう少し早めに案内を出して、そのあたりの問題も解決していこうと思う。

ともあれ、今月もサロンを開けたことに感謝し、来月も開けることを願って、メモ風報告としたい。



posted by 村のトイレ屋 at 22:25| 山口 ☔| Comment(0) | 上関原発白紙撤回。避難移住者支援。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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