2011年11月13日

言葉遊び ひじり

聖 とは、ひじり と読む。

日を知るもの からきたそうだ。

草を刈ったり、畑を耕したり、種を蒔いたり、刈り取りをしたり。
そんな適期、良い日を知って、人に教える役割からきたそうだ。

そこから、今使われている「エライ人」「徳の高い人」「徳の高い僧」にどうやって変化していったのだろう。

漢字をみると聖という字は、耳と口の王様だ。
情報を耳で集め、口で人に伝える能力が、ナンバーワンということか。

いや、そういう能力をつかって人の働きをかすめ取り王様になったとも解釈できる。手と足を含んでいないのだから自給自足論からするとなにか不可思議だ。
やっぱああ人間は、手と足を使って汗水垂らすのが、当たり前だろうに。
これは、安藤昌益流の理解につながろう。

では、手と足は、どうなっているかと字を探してみると
捉 という字があった。手と足だけで構成されている。

とらえる
と読むのだ。取り押さえる、獲物をしっかりつかまえる、と辞書にはある。手と足だから、くっついて「はたらく」「たがやす」という意味のほうがいいように思うが、そうではない。狩りの時代の習慣から来たのだろうか。

面白いものだなあ。
と、まあ言葉あそびの息抜きでした。




posted by 村のトイレ屋 at 10:25| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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