2011年11月09日

草刈り・蕎麦刈り:無念無想流?

小野湖の水を守る会、水源地農園きずな。
蕎麦の収穫、日程を遅くしていたけれど、早めに刈った方がいいという助言があって、今日、午後急遽、柴川さんとスタッフ二人で行なった。明日から雨がつづくこともある。

今年のやり方は、鎌で刈るのではなくて、刈払機でやや高めに刈る方法だ。柴川さんが教えてくれた。これだと早いのと土を茎につけないので後で選別のときに苦労が少ない。

むつかしいのは、回転する歯の上にに刈った蕎麦の茎をのせて、うまく揃えて地面におくことだ。最初は、うまくいかないし整然とはならない。けれど、作業を続けているうちに、没入してエンジンの音も回りの音も聞こえなくなり、集中して、「無念無想の境地」に達する・・・ような気がしてくる。似たような感触は、ランニングを黙々としているときとか、座禅をしているときのようだ。

違うのは、ただ走ったり、座っていたりしているだけでなく、こっちは、気分の静かな高揚とちゃんと蕎麦が刈り取られていることだ。どうだ、この達成感、といえることだ。

蕎麦が終わって、まだ疲れていず気分ものっていたので、雑木林の下の法面(のりめん)も刈った。茅の茂みが前から気になっていたのだ。こっちも無念無想流でやり抜く。

これでなんだか悟りをひらいたような境地に達したかと思ったが、帰りに、たわわに実る里の柿が、家の庭にあって、食べられずに放置されているのが、やはり昨日と同じく今日も目について、わが無念無想流は、すぐに現実世界に戻ってしまった。本当に食べなくっていいのかなあ、あの柿たちはどうなるのだ?

予定を変更して溜まってしまった仕事も大急ぎで片付けよう。
草刈り無念無想流の流儀流派を確立するのは、また今度だ。



posted by 村のトイレ屋 at 18:29| 山口 ☁| Comment(0) | 小野湖・産業廃棄物処分場問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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