2006年08月26日

明日は、三省忌の集まり、遺言を読みます

山尾三省さんの遺言は、何度よんでも、胸にしみます。
明日、白川山で三省忌の集まり、
屋久島に行きたかったけれど、行けないので
ひとりで読みます。
「神田川の水と全国の川の水をを飲めるようにしたい」


最初は、この遺言を聞いたとき、驚き、とまどいました。
今は落ち着いて読めます。
環境自治体会議・屋久島会議でこの遺言を紹介
したら
ある人は、インパクトを強めるための
詩人特有のレトリックだから
そのまま受けとるものではないよ、と言ってくれましたが
私は、詩人でも文学者でもなくて、
一人の水処理業者なので
そのままに受けとめて、考え込んでいました。
そして、今は、不可能ではないと思っています。

川を放流先・排水路と考えることをやめればいいのです。
飲んだり、泳いだりするところと考え、そういうものとして
川とつきあえばいいのです。
それをやめてしまったところに、
飲めない水が流れる(薬品入りの処理水を流し込む)川、
子どもが安心して泳げない川にしてしまった原因があるのです。
技術的には、無放流方式・土壌還元をはじめ、他にも
工夫はできます。根本思想が据えられていないだけです。
そこに問題があるのです。
人間と自然との関係が、水処理の中で正しく設定されていないのです。

「文明のはじめに戻る」とは、そういう意味だと、今は、思っています。
 原発に代表されるエネルギー装置を取り外す
 憲法9条を世界の平和憲法にする
という第2、第3の遺言も、
一番目のことと別々のことではなくて、
人間と自然のあり方を考えた上での言葉だと理解できます。
そうした全体像の中に、水処理と川の関係をとらえること。
これで視野が広がります。

出来るだけ早く屋久島に行って、
白川山で、集落のみなさんに私の考えを伝えたいと思っています。


参考
山尾三省さんの遺言
私の最初の感想(水処理通信97号)

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posted by 村のトイレ屋 at 07:45| 山口 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 水処理倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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遺言2006
Excerpt: おとん、おかんへ。今まで育ててくれてありがとう。途中、めちゃくちゃ心配かけてしまったことが何度もありましたね。息子が成長する過程で必要なステップであったのだと理解してくれたら助かります。死にたいと真剣..
Weblog: それならのんびり果報を待つとしますか。
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