2006年08月23日

羽太雄平著「峠越え」(角川文庫)

小説を読んで、まだ読んでない人におもしろさを説明をするのは難しい。(結構手間がかかる)
読んだもので互いに感想を語りあうのは、気楽で楽しい。
ほう、と思ったところをメモしておくと あとで役にたつ。思い出して二度楽しめる。
というわけで、以下は、自分用のメモです。

キャラクターの対比が、とてもおもしろい。
主人公(榎戸与一郎)に、サブ主人公というか、対立役というべき(主人公の次によく出てきて個性にもアクがあって好きだ)奥山左十郎が、次のようにいう。

引用です。(190〜191頁)
---------
「気をつけろと言ったのは、貴様を斬るのはこのおれだと決めているからだ。い ずれ貴様は、おれの剣によって命を落とすことになる。おれは勝つと決めたら絶 対に勝つぞ。たとえば背後から襲ってもな」
「さあ、それはどうでしょうか」
と言って、にこっと笑った。
「ほう、おれに勝てるつもりか」
「いや、そんな自信はありません。しかし、奥山さんは背後から襲うなんてなことは決してしないでしょう。この一点には大いに自信がありますな」
 左十郎は、むむ、とうめき、ぺっと土間に唾を吐きすてた。
「おれは、貴様のそうした、いつも頭上に青空をいただくような態度が気に入らぬ。まったく反吐がでるような言い方だ。ま、いいさ。人は雨に打たれ、闇の中を這いまわることがあると、いずれおもい知ることになろう」
左十郎は、いささかのゆるみも見せずに立ち去った。それを与一郎は、なかば茫然と、そしていささかの感動を覚えながら見送った。
------引用終り-----

前半のハイライトで、舞台でもかけられば大向こうから声のかかるところだろうなあと思った。なんか、いい場面ですね。
そしてこの
「いつも頭上に青空をいただくような態度」
とは、どんな態度なんだろうと考えてしまう。
 いつものほほ〜んとしている
 のんびりしていてあくせくしないで鷹揚な態度
 明るく人をひきつける
 苦労知らず
 育ちがよくてボンボン然としている
 細かなことは考えも知りもしないが、なんとかやっていくキャラクター。
・・・などのことがらが想像できる。
そして、それを「気にいらぬ」「反吐が出る」という左十郎の性格もあらわしている。このふたりの陰陽の絡み合いが、なんといってもおもしろい。

なにかの経営の本で
 「(頭をおさえつけるのではなくて)青天井を開放して思い切って、好きなようにやらせ、まかせる、まかせた以上はゴチャゴチャ口出ししない。そうすると人は、能力を100%発揮するものだ」と書いてあったのを思い出した。
「青空」「青天井」・・・「峠越え」の主人公をあらわすキーワードだ。
しかし、昔、子供のころに読んだ山手樹一郎の若殿(侍)シリーズのような、あまりにもの単純さ無邪気さ、人任せではおもしろくないのだ。翳もいるのだ。

もう一人、対抗的なキャラクターではないけれど包容力のある人格として、主人公の父親の家老職・榎戸弥次郎衛門もおもしろい人物だ。私の好きなディック・フランシスの競馬シリーズでは、競馬場の経営者や退役軍人や裕福な馬主などで、主人公のバックに控えていて、安心感がある上に、全体が引き締まってくる人物が必ずといっていいほどいる。それに相当する役回りだ。
こんなことを終わりの方で言っている。
(代々の家老職をつぐ話になって)
-------- 引用です 301〜302頁------
「なれる。榎戸の名をみくびらぬことだ」
弥次郎衛門は、断言し、常にはない諭すような口調でつづけた。
「たとえ家老になるとも忘れるでない。君主に仕えること。国のために働くこと。家中領民のためになること」
 なにやら教訓めいた言葉である。与一郎には、またかというおもいがある。
「この三つは別々の峠なのだ。どれを選んでもつらく長い道だが、榎戸を継ぐ者はいずれかを選び、それをのぼらねばならない。それも一度ではないぞ。ことあるごとに長くつらい道をたどり、峠に立たねばならぬのだ」
 ふと夜明けの黒川峠をおもいだしてしまう。膝からくずれ落ちそうな疲労とともに振りむいた城下は、おぼろげに朝もやの中に沈んでいた。だが脳裏には、蛇行する宗園寺川やわずかな光りにかがやく太守の白壁が、まるでいまみているかのように鮮明に浮かんだ。
 いつのまにか与一郎は、食い入るように弥次郎衛門を見つめていた。
 「しかし、忘れるな。三つの峠を同時に越える道など決してあるわけではない」
-------引用終り----

三つというのは、安定した数字だ。
五つは多すぎて覚えにくい。ふたつは、なんとなくグラグラしている。よっつはまとまり過ぎているように感じる。
三つがとてもしっくりくる。当時は、君主、国(藩)、家臣と領民があげられている。家老職だからそうなのだろうと思う。サラリーマンや公務員ならどんな三つの「峠」をあげるのだろう。

話がとんでしまって、こんなところで、そんなことを言わなくてもいいのではないでしょうか、といわれだろうけれど、あったか村の理念も三つをあげている。人の健康(化学傷害など)、地域の健康(活性化という言葉は使いたくないので)、地球環境の健康である。とても、覚えやすい。個人のレベル、地域のレベル、地球のレベルとそれぞれかなり次元のちがうものを、かなり強引に一括している。ほとんどのことを包んでいる。大きな風呂敷である。柔軟に包める。わかりやすいのがいい。そして指針になる。

話が、脇道にそれてしまったが、この峠についての指摘は、「峠越え」という題名に関連していることはいうまでもない。この場面は、クライマックスの「峠の一仕事」を終えて言われる。やあ、峠の場面は、ホント手に汗握りました。
解説をちらっと読んだところでは、原題は「父子峠」であったという。この父と子の会話の箇所は、大事なところだとわかる。ところが、最後の1行の理解が、どうとっていくのか、むつかしい。立ち止まって考え込む。

「しかし、忘れるな。三つの峠を同時に越える道など決してあるわけではない」という1行だ。
読書会でも行えば(周南市の魚屋のおじさんは、本好きで読書会を行っているそうだ。)必ず誰かが議論の口火を切るに違いない。
1、この言葉通りに理解して、ひとつだけに集中するように。他は切り捨てることは、やむをえない。
2、反語であって、実は、三つとも実現するように努力せよと言っていると解釈する。(強引か)
3、三つのバランスをとるように。・・・実は、与一郎は、このあと家老職をついで、この三つに翻弄されることになるのではなかろうか。そしてこの物語は、次を読まなくてはどうにもおさまらないようになっていくにちがいないのである。実際、与一郎は家老になったものの君主(殿)との関係、城内家臣との関係、領民への自身の方針など何一つ解決していないのだ。言うときますが、この小説は、普通の意味では終っていないのだ。

映画やテレビのドラマになってもおもしろいものになるだろうなあと思う。
配役を考えながら読んだが、奥山左十郎と父家老は、かなりの大物をもってきたい。御厩方の麓長八と弟の弥三郎は、若手の実力俳優をあてたい・・・と勝手に遊びながら読み終わった。
(補)厠(トイレ)についての記述はない。ただ、主人公が、屋敷の塀に立ち小便をする場面がある。そのあとに触れて、尾行者の衣類が汚れるという場面がある。





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posted by 村のトイレ屋 at 20:29| 山口 ☀| Comment(3) | TrackBack(7) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
へちまやさん、どうもありがとうございます^^;
Posted by はたかおり at 2006年08月24日 08:22
今は亡き母が昔、貸し本屋をやっていて
店番をしながら時代小説を乱読していた時期があります。
また読みますね。
Posted by へちまや at 2006年08月24日 10:42
歴史小説中毒
http://shohyou.cool.ne.jp/index.html
書評、江戸時代のところで高い評価を受けています。
「人物描写に高い技術」と書かれています。
人物がくっきり浮かび上がってくるので
おもしろいのは、そういうことだったのですね。


Posted by へちまや at 2006年08月26日 10:25
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