2006年08月20日

本:吉村昭著「関東大震災}

本のメモ。
吉村昭著「関東大震災}(文春文庫)
 災害(震災)と汚水処理、トイレ
 242頁から244頁にかけての記述
 当時は、汲取り。
 その処理がまったくできなくなって糞尿が、都心に溢れた様子が描写されてい  る。9月1日地震発生、10月中旬にようやく解決とある。
いくつか引用しておく。
「避難民は、大火災の発生後、安全と思われる場所に集まって難を逃れた。が、それらの避難所には便所がなく、公衆便所の数ヶ所設けられた上野公園などでも、それらはたちまち使用不能になった。
 人々は、やむなく野天で用を足す。男も女も生死の境をさ迷ってきただけに羞恥心もなく、随所で排泄した。そのためそれらの避難所は糞尿に隙間なくおおわれてしまった。」
「糞尿の汲取りは、請負作業者以外に付近の農村の者たちが肥料として集めていた。が、まず請負業者に雇われていた作業員が汲取り作業から離れてしまった。
 作業員は、高収入であることに魅力を感じて汲取り作業に従っていたが、東京都の募った死体処理作業の日当五円、三食つきという待遇に、汲取り作業を放棄してしまったのである。また、肥料として糞尿を求めていた付近の農民たちも、朝鮮人来襲の風説におびえて自警団を組織し、汲取り作業に従うものは皆無だった。」

「各家々の糞尿貯蔵槽は充満し、それが外部にもあふれるようになった。異臭は、各町々に漂い、人々は夜間をえらんで戸外で排泄することが多かった。」

対策と取られた措置は、
1、近隣の県への援助依頼。汲取り器具の調達依頼。
2、避難場所に共有便所の設置。専門作業員の派遣など。

死体の処理が、大きな課題としてあったことがわかる。
また、根も葉もない朝鮮人襲撃というデマが、影響を与えていたことも読み取れる。当時の東京は、河川運搬に依存してそれが漂流物が橋げたにかかったりして途絶していたことも書かれている。

この本は、この糞尿処理の箇所だけでなく、全体が、実証的で実によく調べられて書かれている。主人公は、とくに設定されていない。しいていえば、「震災に直面した大都市」が主人公である。都市の物語だ。いろいろな場面で、震災に直面した個々の人々が、具体的に描かれている。根本的には大都市の危うさだ。

災害時の家財道具運搬ー持ち出しが、火災の促進になったことが書かれている。
朝鮮人襲撃というデマの発生、波及、なぜそんなデタラメが人々の心理を襲ったのか、踏み込んで調べている。大杉栄らの虐殺の実態に迫る箇所は、実にリアルだ。
歴史的な経験として、知っているかどうかは、大きな違いになるだろうと思った。
著者の「具体的に調べる」執念はすばらしいと思った。





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posted by 村のトイレ屋 at 22:26| 山口 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 水処理倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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