2006年07月06日

有馬実成著「地球寂静」、重源について

有馬実成著「地球寂静」についても、
著者の有馬さんについても、語る人論じる人は多いにちがいない。
100年に一人出るどうかわからぬ天才の仏教者だといっている人に先日お会いした。
愉快な明るい人で、駄洒落を欠かしたしたことのない人だという人にもあった。
「ともに生き、ともに学ぶ」というバックボーンをいきた実践でつくられたきた人なんだなあと多くの人の思い出を聞きながら思う。
同じ山口県にいながら、私はお会いしたことがない。
シャンティ山口に触れて、お名前を聞いたときは既に亡くなっていた。
もう1年早くシャンティ山口のことを考えれば、
お会いしに行っただろうと残念でならない。
今は、本と教えを直接受けた人からのはなしを聞く以外に
学ぶ道はない。

「地球寂静」有馬実成著
 アカデミア出版会(京都市)
 2003年12月第1刷  2700円+税

この本で、私は次の3点をはっきり理解しようと思って読んでいる。
ほとんどの文章が、短くて、いろいろなところへの寄稿であり、体系的に論じたものでないため、あちこちを読みながら、自分で構成しなおす必要がある。
あるいは、何度も読みながら、核心的なことが浮かび上がってくるまでじっと立ち止まって考えることが求められるように思う。
「わかりにくいなあ、もうちょっと説明してくれないかなあ」と思ったりする。

1、「地球市民社会」という考え。
ひとりひとりが自立していること、市民社会の成熟と国際的な視点。
国際理解や国際協力という場合、とても大事な考えだが、
普通にいわれているのと(簡単に理解されがちなものと)かなり異なる
有馬さん的な要素の強い言葉だ。

2、地方からのNGOの活動の大事さ。
東京ー中央にないもの、目に見え手に触れられる、生き生きとした形を伴ったボランティアと活動。シャンティ山口として独立したことにもかかわることだろうけれど、原点にすえる大事な視点と思った。

3、ネットワークの組織化。
第W章の「仏教にボランティアの先駆者とNGO の源流を探る」
ここは、読み応えがある。
とくに重源に付いての記述は、徳地町で何度かその業績を聞かされていながら
深く考えずに、えらい坊さんがいて、今まちおこしに使われているのだなあ漠然とイメージしていた。
草莽の人、ネットワークの人という表現をしている。
実に総合力にすぐれていた人だということはわかります。
あるいは、著者の有馬さんがそのような読み込みから、
ある種の人格をめざして浮かびあがらせようとしていることがわかる。
「別所」を各地につくっていったことが、大きなウエートを占めています。
東大寺再建の総指揮(とくに用材集め)というプロジェクトが、同時に、
民衆的な拠点となって事業をすすめる足がかりにもなったのだと理解されています。そうしたことができた総合的な資質をもった重源像。

う〜ん、何を言っているかわからないですって?
そうでしょうねえ、私自身がつかんでは消え、消えてはつかむ人格像なんですよね。時代的な、また仏教的な基礎知識がないことが原因かも知れないと思ったり、
この辺、もうちょっと書き込んだり話し込んだりするところではないかなあと思ったりしつつ、読んでいる。
読み込みが足りずにすみませんねえ。
読書会をやるんだったら、ここは、みんなでつつく箇所であることは間違いないでしょう。

・・・というわけで、とりあえず紹介と感想を書いて
一石を投げ込んでおきます。一石にもならないかなあ。
また読み込んで理解が進んだと思ったら書きます。
posted by 村のトイレ屋 at 17:05| 山口 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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