その娘で昨年2月23日に生まれた雌・のん子が
死亡しました。昨夕死んでいるのを見つけました。
放牧場の通路に約10mの間隔を置いて横たわっていました。
腹が膨張していました。糞に異常はありませんでした。
最後に見たのは、28日です。2頭とも変わった様子はなく
元気にしていました。
昨夕すぐに連絡し、今朝、山口県北部家畜保健衛生所から、
死体を引き取りにきました。
「スクレピーの検査を行う、他の原因追及は、腐敗が激しくできないだろう」
とのことでした。
原因は、
1、2頭ほとんど並んでいること、腹の膨張から
餌のオカラの食べすぎかと思いましたが、オカラは腐敗しやすいため
28日に少量しか与えていない、
腹の膨張は、死後数時間すればガスで膨れることから
鼓張症と断定しにくい。
2、毒物・毒草を食べた可能性。
(放牧場は木や草が豊富で考えにくいが調査する必要がある)
3、体力が弱っていた。(2頭同時に同じ場所に並ぶだろうか・・・)
などが他に考えられますが、今の段階では特定できる材料はありません。
他の2頭の山羊は元気です。
羊2頭にも異常はありません。
幸子は、口蓋に障害がありました。
2003年、広島県湯来町で山羊をにいただけるという情報を得て、
見に行ったとき雌3頭がいました。母の祥子と幸子、福子です。
山羊を中心に飼っていたご主人が倒れて奥さん一人では面倒をみるのが
困難になってきていたのでした。
鉄パイプで囲ってきれいな運動場が作られていました。
持ち主は、幸子に障害があるためばらばらに離さず
3頭一緒に引き取ってもらいたいと希望しておられました。
その旨言うとほとんどの人が引き取りに難色を示していたそうです。
私たちの場合は、仲間や妻に相談するまでもなく、「それこそ3頭一緒に」
言うことになり、2003年9月26日、私が軽トラで運びました。
当初、幸子は冬を無事に越せるだろうかと心配しましたが、
恐れることもなく雪の冬も元気に越し、2回の出産を経験しました。
そのうちの1頭がのん子です。
母の祥子がなくなり、姉妹の福子が他へもらわれていくと
山羊や羊の移動は、幸子がリーダーになって方向や場所を決めて
いました。幸子の行くところへみんなが移動するのです。
山羊の目は、人をひきつけます。
じっと見ていると引き込まれていきます。
幸子はとくにそうでした。
聡明な深い知恵の淵、と私は感じていました。
多くのことを語り合った山羊でした。
じ〜として深く物思いに沈み、哲学を語れる山羊でした。
最近では、山羊とは存在そのものが芸、自然芸天然芸であると
主張していました。
山羊とはなにか、猿や犬との違いを、
人間との関係で見つけたと言っていました。
のん子は、のんたの会ののん子ということから名づけられました。
車のボンネット乗りが得意でした。
飼養した人、訪問した人の心に数多くのエピソードを残しています。
餌をやるとき、舌と歯で人の手を噛むその噛みかたが
微妙にのん子流なのでした。また、その走る姿の美しさは、確かに「天然芸」そのものでした。すばっしこいというだけでなく、流麗なのです。
「口のあるものに死はつきもの」といわれます。
山羊を飼うと決めたときに死を迎えることを覚悟しなさいとも言われます。
でもそれは、何も特別のことではなくて、
人間だって、母の胎内で生を受けたそのときに
「死に向かって生きていく」ことを約束付けられています。
幸子ならさしずめ時間のサイクルとサイズが違うだけだよということでしょう。地上に生まれた生命、それぞれがその生を全うするだけのことなのよ、
と語りかけてくることでしょう。
今は、その言葉をただかみしめています。
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とても悲しい。
へちまやさんに通訳してもらって、お話したのに・・・。
原因がわかったら、また教えてください。