2006年06月23日

山羊は存在が芸なのだ、そうです

>はたかおりさんへ
(一日分のブログとしては、短すぎ
コメントの返信としては、長すぎる
中途半端ですが、忠実にメモしておきます。)

昨日の旅の芸人の話、
日清戦争直後の頃まで日本社会では、
旅の芸人は、船賃・木賃宿がただという事実。
芸は身を助ける、とはこのこと。
世間師の語った内容を山羊に話して相談しました。
「ねえ、そういうわけだから、君らも何か芸を身につけようよ」と。
回答は、そっけない、しかし、真実をつくものでした。
以下は、湯来幸子の回答です。


「山羊について、犬や猿と同じだと混同してもらっては困ります」
「あれらあ〜の本姓は、人間と付き合うために
 芸を覚えたりする必要があったかもしれない」
「人間が仕込んだともいえるが、あれら〜が望んで覚えたともいえる」
「どっちかということについては、私たちにはどうでもいいことです」
「山羊は、草を食べる、除草する。乳を提供する、これで人間との関係は相当対等なものになっているはずですね」
「そればかりでなくて、私が、母の湯来祥子から聞いた話では
 山羊とは、存在そのものが芸なんだから、なにか人に気に入られるようなことをする必要はないし、してはならない。好きなように飛んだりはねたりするだけで、それが芸なんだ、じっとして遠くを見ているそれも芸なんだ、すべてがすばらしいのだ、それ自体が美でもあるのだ、だから素直な人間の子供たちも寄ってくるのだ、そう聞いたし、みんなその気持ちでいるので、芸を覚えるなんて品のないことはできない」
「山羊の誇りは捨てたくない」
「芸人として旅をする気はないが、是非一緒に旅行したいならせめて自前の運搬手段を手に入れてから同行を考えてほしい」
「あしからず、・・・雨が上がってので草を食べるので・・・失礼・・・」

というものでした。
山羊ファンのみなさんは、どう思われますか?





posted by 村のトイレ屋 at 23:53| 山口 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 山羊・羊とチーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
湯来幸子さんへ

あらそーですか。
いいのよ。どうせあなたたちはお馬鹿さんだから、犬や猫のようにはいかないわね。
芸など期待していないのよ、最初から。できるはずがないわよね。お馬鹿さんだもんね〜。


へちまやさんへ

やぎは、首につないだロープを引っ張れば、必ず抵抗します。でもロープをはなして冷たく先に行ってしまえば、必ずついてくる。
いま、おたくのやぎちゃんのプライドをちょっとくすぐってきました。
ついてくるかなあ? ^^;
ま、だめなら最後の手段、うちのななちゃんに、お手紙書かせます。でもその前に、まずななを仕込まなくては・・・・。
う〜〜〜ん、長い道のりになりそうだなあ。

Posted by はたかおり at 2006年06月24日 08:06
うちは、夏は自由放牧なのでロープの感触を
忘れているんですよね。
ななちゃんの手紙待ってます。
ななちゃん、お稽古ごとするかなあ。

今日も幸子たちと話しましたけれど、
「山羊は、天然芸だから練習なんていらないの」と
やはり言っていましたよ。
たしかにジーと見てて、あきないし
のん〜びりしてきますもんね。
まあ、ボクも芸なしで世間を渡ることを
考えようかなあ。
Posted by へちまや at 2006年06月24日 23:23
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