2006年06月22日

宮本常一著『忘れられた日本人』芸が身を助けるとは、

本格的な梅雨の雨。
雨の朝の習慣でごろごろと寝転んで本を読んでいて、
こんな記述があって驚いた。
起き上がり飛び上がって、頭が天井につかえるかと思った。
宮本常一著『忘れられた日本人』の世間師(1)の章
岩波文庫、235ページの次の文章である。
語り手が、門司から台湾にいく船に乗る話のなか。
船旅に退屈しなかったことに触れて、

「その頃まで芸人たちは船賃はただであった。そのかわり船の中で芸を見せなければならなかった。昔は、遊芸の徒の放浪は実に多かった。それは船がすべてただ乗りできた上に、木賃宿もたいていはただでとめたからである。だから到って気楽であって、いわゆる食いつめることはなかったし、また多少の遊芸の心得があれば、食いつめたら芸人になればとよかった。だから『芸は身を助ける』と言われた。芸さえ知っておれば飢(かつ)える事もおいてけぼりにされる事もなかった。台湾へ渡る船の中でも、そうした芸人たちが歌ったり踊ったり手妻(手品)をして見せてくれるので退屈どころか、いつキールンへついたかわからぬほどだった。」

船賃と木賃宿が、ただであった。
芸が身を助けるとは、こんな意味だったのか、
芸さえあれば食い詰めることなく放浪できた。
自由往来の気風がずいぶん強い社会なんだんあと感じる。
江戸から明治にかけての民衆と社会のイメージが、なんだか
ガラッと変わってくる。

文中に、この頃とあるのは、前の文章から、日清戦争以後のことである。
語り手は、世間師・増田伊太郎である。
世間師とは、日本の村々にいる、若い時代に奔放な旅をした経験をもつものであり、村人たちから「あれは世間師だ」と言われるような人物である。
大工など農業以外の職で各地に出稼ぎに行く。著者の生まれ住んでいた山口県大島には、このような人が多くて、増田伊太郎は、晩年を見ることのできた近くの人のようだ。
その若い時代の奔放な(かなり無茶苦茶な)旅の聞き書きの文章が、「世間師(1)」である。
世間師そのものも、興味深いキャラクターで解放的で、積極的でつきあってみたいなあという人が多いようだが、今は、旅の芸人のほうにスポットをあてる。

船賃と木賃宿が、ただであった。
厳密には、芸を見せなければいけなかったわけだから
ただとは言えないのだけれど、その分の現金の負担が減るわけだから
ずいぶん、動きやすくなることは、間違いないと思う。
移動手段と宿泊場所の心配が、ほとんどないわけだから
どんなに旅の負担が軽くなるだろうか。
「到って気楽」というのは、本当にそうだと思う。

三味線や笛、踊りや芝居、万歳や猿回しなどの芸能。これらの担い手は、移動の基本的な負担が軽かったのか。
ずいぶんいたと語られているけれどどのくらいいたのだろう。
映画「男はつらいよ」の寅さんに見られるように、やはり祭りなどを中心に各地をまわっていたのだろうか。

絵師という仕事があったそうだ。萩市の菊屋屋敷には、旅の絵師の描いたものといわれる、襖絵や掛け軸が飾れていた。別に豪商だけでなく、地方の庄屋クラスの家も宿泊と食事を保障して、絵を描かせていたようだ。
今、手元にないけれど和算家という人々がいて、旅をしながら数学を教えていたという本を読んだことがある。神社の絵馬の中に和算の問題を仕込んでいたというような話であった。各地の素封家が保護し育てたという記述があったような気がする。地方の商人の算数教育のためであったか。
この人たちは、先の芸人たちとは、違うパターンで旅をしていたのだろうか。
奥の細道の松尾芭蕉のたびは、各地の俳句愛好家・弟子・スポンサーをたどって続けられたようだけれど、芸人たちとは、違うのだろうか、同じなのだろうか。一句詠んだから船賃や宿がただになったというようなことは書いてなかったように思うが、実際はどうだったのだろうか。

話を戻して、
芸人たちには、船賃木賃宿がただという習慣がどうしてできたのだろうか。
「客を楽しませてくれたから、船主なり、宿の主人がそのお礼にただにした」ということが考えられる。その背景には、今のようにテレビもラジオもないから、芸能の楽しみに触れる機会が少なかったから(今は多すぎるようにも感じる)貴重に思い、大事にされた。そのほうが、船にとっても、宿にとっても、客に歓迎されて好都合であった、というようなことが考えられる。
このあたり、時代小説はどう扱っていたかなあ。思い出せない。
また、芸能史は、どう書いているのだろうか。もっと調べてみる必要がありそうだ。なにか大きな疑問の水脈を見つけたような気がする。
「どさまわり」ということばが、芸能界にはあるらしいけれど、そんな軽蔑して見下したような価値観と異なったものが、「芸人は船賃・木賃宿はただ」という中にありそうな気がする。才能や専門技に対する尊敬だ。

宮本常一著『忘れられた日本人』は、とても面白い本だ。民俗学というような学問にはまったく疎くてただこの本しか知らないのだけれど、村の寄り合いの話、夜這いのこと、嫁と姑のこと、女性の位置など、ふ〜ん、そんなこともあったのか、と感心しながら淡々と読んできて、世間師のところで、ホント、びっくりして飛び上がってしまった。
この事実に驚く自分のほうがおかしいのではないかとも考えたけれど、いやいやっぱりそうではない、芸人を大事にする社会には、それを支えるものには
やはり敬意と驚きを示していいのだ、きっと、想像だけでははかりきれないなにかすばらしいものがあるに違いないのだ。もっと調べる価値があるのだ、だから、驚きとは、疑問を見つけた喜びであるのだと思いなおしている。

ところで、この時代に私が生きていたらどうなるだろうか。
旅をするときに船賃・木賃宿代がただでにできるような、芸を持っているだろうか。う〜ん、思いつかないぞ。無芸大食と言って開き直るか。
オカリナとか、横笛とか、ハーモニカとか、アコーディオンとか、
あったか村専属楽士のみなさんにくっついて便乗する以外にないのだろうか。
・・・おう、そうだ、山羊に何か芸を仕込んで、それで旅を続けていこう。
伊達に山羊飼の名刺を配っているんではないからね。
雨が上がったら早速山羊のみんなと相談してみよう。








posted by 村のトイレ屋 at 19:36| 山口 ☔| Comment(2) | TrackBack(2) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
山羊連れてみんなで日光にきてください。
歓待いたします。
ご馳走しますよ〜〜〜〜 ^。^

できれば定期的に。
なんか興行主になりそうだな・・・^^;
Posted by はたかおり at 2006年06月23日 07:24
>はたかおりさんへ、みなさんへ
日光へ行くことはあるかもしれませんが
芸山羊としては、無理です。
6月23日の記事をお読みください。
Posted by へちまや at 2006年06月24日 00:00
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