2006年06月12日

玄米4合と茅(萱)ぶきの小屋

宮沢賢治の詩、雨ニモ負ケズを読み直していたら
(たまたま手にとったのが、宮沢賢治の本だった)
こんな節がはじめにある。
 欲ハナク
 決シテイカラズ
 イツモシズカニワラッテイル
 1日ニ玄米4合ト
 味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ
 アラユルコトヲジブンカンジョウニ入レズニ
 ヨクミキキシワカリ
 ソシテワスレズ
 野原ノ松ノ林ノ陰ノ
 小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
 東ニ病気ノコドモアレバ
 行ッテ看病シテヤリ
 (以下は略)

今度読み直してみて、
1日に玄米4合は多すぎるのではないだろうか、
と思ったが当時としては当たり前であったかのかもしれない。
それにしてもよく食べるなあと感じる。
玄米だったら、今の私は、2合くらいで十分だ。
玄米と野菜と味噌の食生活が、描かれている。

ここに茅ぶきの屋根が出てくることにはじめて気づいた。
私の茅ぶき小屋への憧憬は、この詩で養われたのだろうか。
いやそこまで意識して読み込んでいたとは思えない。
原っぱに、松の林があって、そこに茅ぶきの屋根が見える。
そこで、男が一人ごそごそしている。
衣類は、小ぎれいにしているとしておこう。
この詩で、茅ぶきの屋根の存在が、こんなに大きいとは思わなかった。
有名な、東奔西走を繰りかえす足場は、この小屋だ。

デクノボウと呼ばれてお節介を焼き、
誉められもせず、苦にもされないという、
独特の存在のあり方ヘの願望は、茅ぶき屋根の小さな小屋に住むのが
丁度満たされるのかもしれない。たしかに似合っているようだ。

私の希望としては、そういう小屋を自分で葺いて
小屋でただジッとしているのが、いいように思う。
雨の日には本を読むか友達を呼んで碁を打つか、
晴れの日には、野菜をつくり、山羊と遊んでいる。
自分のことも勘定に入れて、しかし決して欲張らず
あるだけでやっていく。そんなスタイルか。

7月の茅ぶき講習会(萩市弥富)が、楽しみだ。


posted by 村のトイレ屋 at 22:46| 山口 | Comment(2) | TrackBack(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そう、玄米4合は多すぎると思う。

あはは、自分のことも勘定にいれないとね、やっぱり。
わたしが子どもだったら、へちまやさんの理想みたいなおじさんが、遠い親戚や、ちょっと離れた町内にいると、いいのになあと思います。
ときどき恐る恐るそこへ行って、やぎと遊び、何かを教わって帰ってくる。
そんな感じ。
Posted by はたかおり at 2006年06月13日 13:40
やはり4合は、多すぎますよね。
20〜30歳代を想定しているなら
ありうるかとも考えています。

肉類が少ない分、多く摂っていたのか、
とも思ったりしています。

いまどきは「変なおじさん」にされると
子供も親に止められて
遊びに来ないかもしれませんね。

Posted by へちまや at 2006年06月13日 20:18
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