2006年04月25日

山下亨著「トイレが大変」中山間地、配管の問題

山下亨著「トイレが大変」を読みながら、少数意見であるかもしれませんが、やはり書いておこうと思ってメモします。中山間地の水処理のあり方です。
マンホールトイレが、一時、災害時トイレの決定打あるかのように期待されたことがあります。「トイレが大変」では、その検証と工夫が書かれています。
マンホールトイレとは、
平時では、天安門広場でイベントのときに使われているものです。マンホールの蓋をはぐって、下水道に糞尿を合流させる、そのためにマンホールの上に組立てトイレをおけば、立派に公衆トイレになるものです。
災害時にこの方法を用いればよいということで、新潟県中越大震災で配置され、その検証が本書に掲載されています。

「マンホールが隆起していた」(写真が、掲載されています)
「すぐに下水道管自体も、てんこ盛りになった」(水が流れなくてすぐにつまってしまった)
「マンホールの蓋をあける方法が、わからなかった」
等の問題点・改善法が指摘されています。

新潟の震災では、中山間地の災害が焦点になりました。本で指摘されていないことですが、中山間地の配管、集落排水や流域下水道の損壊被害を考えると都市型の下水道配管方式は、中山間地では、これ以上増やさない方向を真剣に検討すべきではないのかと思います。
都市型の配管の集中は、今の技術水準ではやむをえない側面があります。その脆弱性はつとに指摘され、阪神淡路大震災以降、耐震性の向上にめざして開発がすすめれていることは、よく知られています。

中山間地に都市型方式を推進する必要があるのでしょうか。
集落と集落を結び、一ヶ所の集中処理センターに運ぶ。中継ポンプを何ヶ所も設置しなければならない。そのひとつひとつが、災害に対する「弱いポイント」になり
震災に対してひとたまりもありません。復旧工事も時間がかかります。
管渠は、できるだけ短く。リスクは少なく。復旧は迅速に。
災害時の安全安心な生活を考えると「のび過ぎた配管」はいかに不合理かがわかります。もともと、この問題は、合併浄化槽や自己完結型汚水処理システムから、発生源処理を原則とする」として、提唱されていたことです。農村山村にはそれにふさわしい水処理システム、まさに「適時適材適所の考え方」が必要です。

あらためて災害時の中山間地の水処理のあり方として検討する必要があると考えます。本書は、(新潟の項は)その好個な材料です。まさか、マンホールトイレのために配管を長くするわけでないですからね。

posted by 村のトイレ屋 at 08:29| 山口 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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