2010年11月19日

糞尿の資源といえば人は驚くが、石油だって、

石油が、地面から吹いたり、湧いているのをみて
人は、今の石油文明を想像しただろうか。

嫌な匂いのする水やなあ、と思って
避けていたはずだ。

糞尿の場合は、ほとんど最初から肥料として意識されていた。
というのは、土に戻せる排泄物だったからだ。
農耕の最初には、糞尿の利用がある。
商品にまで高めたのは、日本の江戸時代の都市ー農村の物質循環構造である。肥溜めと畑の技である。食料として野菜になり、再び土に戻った。

木材(木炭)、石炭、を押しのけて、何故、石油資源の独り勝ちになったのか。ここをじっくり考える必要がある。

もう一つ考えなければいけないのは、石油文明がつくりだした社会のあり方である。石油社会を引き継いでそのままの形で、次の主要資源が、石油のかわりをすることができないということだ。

社会と技術と資源の組合せを柔軟に、一度既製の観念を解体してつくり直さなければならないだろう。

だが、ここで大事なことは、石油文明がつくりだしたものだかたと言ってすでにあるさまざまなことがらを、捨ててしまわないことだ。
人類の蓄積物として活かすことが大事だ。科学的な成果を使うという立場だ。それを捨て去って原始的な手法に戻してしまうということではない。

糞尿は、もともと多くの場面で資源として活用されていた。肥料しか思い浮かばないのは、その歴史が忘れられていたからだ。その発掘と再認識も大切な課題になる。

糞尿は、人が生きてゆくかぎり無限に生産される資源だ。次の循環につなげることができれば、立派な「更新可能資源」となる。それを廃棄物として、多くの燃料、動力、水の資源を使って、廃棄することがいかに馬鹿げたことか。「世界が無駄にしている人間と動物の排泄する肥料をそのまま、水に投じることなく土地に施せば、世界を養うに足りであろう」(ビクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル5』,佐藤朔訳 新潮文庫 126ページ)

「ピークオイルは、2006年であった」は、1970年代の石油ショック以上に、このビクトル・ユゴーの言葉を蘇らせるにちがいない。そして、私たちは、彼の時代以上に下水道の運命とさまざまな工夫と問題点を知っているのだ。糞尿を社会の外に排除するのではなくて、その付き合い方を見直し、社会の中に取り込んでゆくこと、そういう時代が、やってくるに違いない。

シャンティ山口が、タイ北部農山村の5つの村で始めたことは、そういう意味をもっている。その視点から実践的な歩みをとくに社会的な側面に注目してとらえなおしてみたい。


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posted by 村のトイレ屋 at 09:30| 山口 ☀| Comment(2) | 自然浄化法-タイと日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
化石燃料に頼ったエネルギーが、もう既に過去のものになりつつあるというイメージを、みんなが共有できたら良いですね。
Posted by 息子 at 2010年11月19日 11:42
コメントありがとうございます。

脱石油の準備を早めに行うことが、個人でも、社会でも必要だと思います。

まあ、僕は「糞尿資源化」から迫って行こうと思っています。単純に考えると土に戻せないものは作らないというのが近道だと思っています。

では、また。
Posted by へちまや at 2010年11月19日 19:22
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