2006年03月30日

「排水は自分の田んぼに」(田布施の大下さん)

山口県田布施町の自然菓子工房 欧舌(おおした)の大下さんのエッセイにこんな一節がありました。

「うちの家では、排水は自分の田んぼに流れ込むようにあえてした。
自分が変なものを流せば、自分の口に入るようにしたのだ。
僕もときどき、これぐらいいっか、流しちゃえと思うこともあるが、やっぱり思いとどまる。
すぐに自分の口に戻るのが目に見えるからだ。」(エッセイ「排水口の向こう側」)


「排水を川に流したくない」
「流さずにすめば、どんなに気持ちが落ち着くだろう」
大下さんのように思っている方は、ずいぶんいらっしゃいます。
私の場合も、町に住んでいるときは下水道のお世話になっています。
処理センターから海へと放流されています。
無放流方式のものになればどんなにいいだろうと思います。

「考え過ぎだ」「神経質になり過ぎ」
「合併浄化槽や下水道にまかせておけば問題ないよ」
という意見ももちろんあります。
でも、処理能力はよくて(BODで)9割であとは流されます。

私が無放流方式にひかれる理由は、肥溜めの原理(動力を使わない)と
畑の役割:土壌に還元していくという方法を自然と思うからです。
日本の農村のあり方として、もっとも自然なオーソドックスなものと感じました。
システム的に確立されれば、これほどいいものはないでしょう。
さらに技術を磨き上げ、広めたいと思う理由です。

なお、大下さんは、アフリカの生活でつかんだシンプルな生き方を
自然農や無添加の菓子工房にいかしています。
「世界に学ぶ」「世界に通用するものをつくる」というと
つい欧米を意識しますが、アフリカ・ケニアの農村でつかんだ価値観を生まれ故郷でいかしていく。こんな若い世代が出てきていることに心動かされます。
団塊の世代の定年後の生き方が云々されていますが、案外、この世代に学ぶことが手応えがあるかもしれないと感じました。
エッセイの一読をおすすめします。

posted by 村のトイレ屋 at 08:34| 山口 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 自然浄化法-タイと日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わたしが以前借りていた家は、浄化槽なしで、排水がいきなり目の前の川に流れていました。そのこと自体はよくないことですが、逆に川が汚くなったら自分のせいなわけで、良い教訓になりました。
いまの家はちゃんと合併浄化槽つけてますが、石鹸などに気をつかうのは、今も同じです。
Posted by はたかおり at 2006年03月30日 20:25
そうですね、合併浄化槽でいくつかの問題は解決するでしょうね。
でも、それだけでは満足できないというのが、もう一歩踏み込んだ「排水の処理水も流したくない」という考えです。
このあたりのことは、村のトイレ屋の10行コラムに書きました。よかったら覗いてください。
http://www1.neweb.ne.jp/wb/tss-west/
Posted by 安藤 at 2006年04月13日 23:41
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