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10月18日の森の中のコンサートに来た人から
バス停について、バスの利用者についての質問を受けました。
「あのう、あそこの峠のバス停、才の神というのですか
あれは、どなたが使っているのですか。
乗り降りする人がいるのでしょうか
みれば、民家は遠いし、あっちの飯谷というバス停のほうが
近いと思うのですが・・・
宇生賀の盆地にですか、私が、あったか村とまちがって行った大きな集落は、ず〜と先だし、ちょっと歩いていけるような距離ではないと思うのですが・・・
いえ、別に、ここにバス停があって悪いとか、
もっと効率的に運行したらどうかとか、
バスはもう時代遅れだとか、言っているんではないのですよ、
公共交通機関にもっと頑張ってもらって
自家用車が減ってほしいと思っているんですが
でも、誰がつかうのかなあ、とちょっとした好奇心なんですが
というより、昔あったバス停を減らすより増やしてもらいたい、
民家が増えて、バスにのる子ども達が増えてほしい、と思って言っているのですが・・・」
この質問は、昨年も受けました。
昨年は、学生が興味をもって聞いてきました。
実をいうと
私は、あったか村に行くたびに才の神様のお参りしているので
自分の車から降りて、バス停の標識を見ているのですが
そんな疑問を、聞かれるまでは一度も考えませんでした。
あるからあるんだろう・・・バス停は、乗り降りも問題だが
ある一定の距離にあって、地名表示の役割をしているのであって
存在することに意味がある・・・とそこまでも考えていなくて
ただ、あるものはあるのだ、という疑問以前の固くなった思考だったのでした。
・・・さて、問われてみれば、そうだなあ。
降りるひとも、乗る人も
いや、バスが留まっているのも、みていないなあ。
そんなことがあったので、今年も質問されることを想定して
実は、1年かけて調べていたのでした。
飯谷集落の数人の方にも聞いています。
他に、福田(福賀の中の一番大きな集落:役場支所あり、農協、郵便局あり)にも行ってきいてきました。
また、某運転手さんにも、インタビューをしてきました。
その結果をお知らせしますね。
1、人は、乗り降りしていない。(予想通り)
2、動物たち(タヌキ、キツネ、野ネズミ、クマ)も利用していない。但し、一度、クマらしきものが道を横切って、乗せてくれと行ったようだが、運転手は、無視して走り去った(「そのときの心境は語りたくないので、業務日誌にもあえて記入しなった」)
3、(以下は、ある日の私の目撃)バスを利用しているのは、実は才の神様でした。ある朝、じ〜とバス停にたっていて、バスがくると別にとまることも要求したりせず、す〜とバスに入り込み、左側の座席に座っていました。で、夕方草刈りを終えて「そうだもうかえってくるかもしれない」と思って行ってみると、5時半過ぎのバスから、降りて(正確には出て、何喰わぬ顔をして、例の小さな祠にお戻りになりました。
数回みましたが、時間の定期性をつかんでいません。
また、どこへ出かけて何をしているのか、
道祖神が、まちに何の用事があるのか、
まさか新型インフルエンザのワクチンを医療施設に仕入れに行っているわけではないでしょうが・・・集落の防疫機能をはたすという道祖神の役割からすれば、ありえないことではないでしょうが、
私の技芸百般の神様なので、なにしろ私は、あったか村公認の不器用な人間なので、この神様に頼って、工芸、音楽、絵、囲碁、その他腕をあげる以外にないので、めったやたらと声をかけないようにしているのです。
どうしても、もっと詳しく知りたい人は、
あったか村に住み込んで、才の神の動向調査を行なってください。
そうすれば、バス停「才の神」はどうして存在しているのか
誰がどのように利用しているのか、
その完璧な答えを得ることができるでしょう。
加えて、才の神の助勢を得て、あなたの才能は思わぬ開花をとげるでしょう。
バス停「才の神」へは、始発:萩市バスセンター、宇生賀行きで乗ることができます。
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