2009年05月28日

下水道の管渠の交換改修の問題

少し前(4月7日)の読売新聞の記事
下水管1600キロ耐用超す 東京23区内、交換追いつかず
総延長の10分の1
http://home.yomiuri.co.jp/news/20090407hg02.htm
======= 一部コピー======
平均で年間200キロ以上の下水管が耐用年数を迎えるのに対し、交換・改修は平均で年間90キロ分しか進んでいないのが実情。都内では、東京五輪(64年)の前後頃から下水道整備が急速に進み、今後、次々と耐用年数を迎えるため、都下水道局の担当者は「すでに老朽化した分も改修できていないのに、古いのがどんどん増えていく」と悲鳴を上げる。

 下水管の交換・改修が遅れると、その上を走る道路に影響が出る恐れもある。

 23区内で、下水管の損傷が原因で起きた道路陥没は、軽微な陥没も含め、統計が残っている93〜2007年度の15年間に計1万9000件余に上る。毎年約1300件の道路陥没が起きている計算だ。
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1、毎年平均1300件の陥没事故。
大雨のときに、マンホールの鉄の蓋が水圧で飛びあがり車にあたった事故が昨年あった。そのときテレビのニュースでマンホール周辺の改修工事の必要性を指摘していた。
2、改修・交換できている距離90キロ<改修・交換が必要な距離が200キロ。国土交通省の指導は、耐用年数50年。
3、改修交換経費と新規建設布設費用の関係は?
鉄筋コンクリートの劣化と寿命。
新規の建設工事とちがって、下水道を使用しながら工事という条件。
壊しながら行う工事のコスト高。
4、日本の各自治体は、東京都の下水道をモデルに施工してきている。地方の各都市の改修・交換の現状はどうなのだろう。
5、アジアをはじめ「先進国」の援助と技術支援で作られてきた「後進国」の下水道はどうなるか。この先も、莫大な新規工事費とメンテナンス費用を考え、下水道の管の長さを「近代化」「文明化」という価値観を踏襲するかどうか。

私たちは、管渠を必要最小限にすることを提案したい。
必然的にセンター集中方式でなく、地域の小規模分散方式となる。
また、汚水の発生した場所のもっとも近いところで処理する発生源主義に徹すべきであると考える。
まずは、農山村でそうすべきであろうし、都市でもエリアを絞って行う工夫は、いくらでも考えられよう。

人糞尿を資源とみなすか、処理すべき廃棄物とみなすかは別にして、
古来、人糞尿の運搬は人類にとって大きな課題であった。
1、川や水路が、廃棄の運搬路とされた。
2、専用の容器が開発された。
3、日本の専用の桶の発明は、「肥溜めと畑の智恵」を実質的に支えるものであった。江戸時代の川を利用した船便も桶の存在によって加速されたという。
4、下水道以前の尿瓶と道路側溝への投棄は、病気と衛生問題の浮上させ、ヨーロッパの下水道の取組みのきっかけになった。
5、戦時中を挟んで日本では、西武鉄道による「屎尿列車」(黄金列車と呼ばれた)の運行が行われた。
6、戦後、川崎市で開発されたバキュームカーは、汲取り→屎尿処理場への運搬で大きな役割をはたしている。また、合併浄化槽の汚泥引抜きと運搬にはなくてはならない存在だ。まさに「バキュームカーは偉い」のだ。だが、その位置づけは、下水道の補完的役割だ。
どの自治体も、下水道の総延長距離と普及率を自慢しても、バキュームカーの所有台数を誇ったりはしない。大震災では、もっとも役にたつし、頼もしいことは実証されている)


かくて、下水道の普及によって糞尿の運搬問題が解決されたかのように認識されはじめた。下水道さえ通れば、あとはなんとかなるだろうと思われた。
 だが、実際には、ここからが大変な課題へのはじまりとなる。
 前述の読売新聞の記事は、そのはしりである。
 問題は一回転してもとに戻った。
 いや、完全に同じ形でもとに戻ることはできないだろう。そうする必要もない。今や配管をめぐっても一番よりよいものの発明が求められるだろう。



 
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posted by 村のトイレ屋 at 00:02| 山口 ☁| Comment(0) | 自然浄化法-タイと日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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