2017年07月27日

木枯らし紋次郎

木枯らし紋次郎が帰って来るそうだ。

http://blog.goo.ne.jp/nonukes2013/e/da2d055fd6a87f79f46f0ef7336ae77f

中敦夫朗読劇 宇部公演

芝居ならではの説得力に期待しよう。

posted by 村のトイレ屋 at 11:53| 山口 ☁| Comment(0) | 上関原発白紙撤回。避難移住者支援。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月26日

包丁と砥石(下司さんを追悼して)

下司寛さんが7月19日に亡くなった。
22日に周南であった葬儀に参列した。

2013年の夏ぐらいからよく会うようになった。
今年4回目になる上関原発を建てさせない県民集会の準備を毎年一緒に行った。
原水禁の岡本博之さんとともに、事務局次長という役割だったので打合せも結構あり、雑談などもするようになった。

下司さんは、選挙運動のときには事務所に包丁を持って行くという話を聞いた。
もちろん、刃傷沙汰のためではなくて、料理のためだ。
葬儀のときにも、どなたかがこの話をしていて、台所に入って、その日買ってきた魚をたちまち3枚におろしてみんなにふるまったそうだ。土佐の高知の生まれの人には多いそうだ。

選挙は、コンビニ弁当でなく手作りの料理が一番が持論。
これは私も、佐賀県知事選や周防大島の田中さんの県議選の手伝いで、本当に実感した。
男女の関係なく適宜チームをつくり、面倒でも、食事は自前のものを用意し、食堂で候補者を迎えるのがいいと思った。そう思った私は、下司さんのように包丁を振るうほどの腕はないので、砥石で包丁を研ぐくことに専念した。作業の合間合間に包丁を研ぐのである。
周防大島では、重宝されて、事務所に出入りする主婦が包丁をもってきて研がせてくれたこともあった。

下司さんに、この話をしながら、互いの料理のレパートリーを比べあったが、全然話にならないくらい格段の差があった。数の少ない私は、味噌汁も奥が深いよ、と突っ張ったが、ふふっと笑っていた。
「それはそうと、ぜひ、あったか村に連れってほしい。山の中の電気のない小屋で泊まるのもいいよね」と言われていたことを今、思い出した。七輪の炭と竈の薪の料理を何か考えようと計画していたのだ。
それは、永遠に叶わぬことになってしまった。

なぜだか波長がよくあった。
同じ世代ということもあるだろう。
論議をふっかけてもじわ〜と受け止めてくれるところが私にはありがたかった。
私は、夏には強くて暑くても体は大丈夫だけれど、今年の夏は、夏の入り口でいきなり大きな支えを失い打撃を受け、悲しみと喪失感で全然元気が出ない。年をとると体の痛みや疲れが遅れて出るが、心の傷もそうなのだろうか。だんだん、悲しく憂鬱になる。戦争や核による被曝、人々の犠牲の上になりたつ原発。世の中を変えたい。それを願う道半ばで倒れた多くの人々も去来する。それが悲しさを誘うのだろうか。そうならば、若い草地さんの追悼文に励まされながら、意志を引き継ぐことに気持ちを向けていかねば。

これから包丁を研ぐ度に下司さんのことを考えるだろう。
あの世で会うときには、料理のレパートリーを少しは増やして、ちょっとは自慢したいものだ。
もちろん、愚の骨頂、上関原発計画などは白紙に戻り、原発に頼らない社会をつくり出す見通しがくっきりたっていることも報告したいものだ。

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 草地大作さんから追悼の言葉が寄せられましたので掲載します。
 草地さんは、2013年から2015年にかけて、上関原発を建てさせない山口県民連絡会の事務局長として、下司さんとともに県民集会の成功に取り組んできました。


  上関原発を建てさせない。
  下司さんの意志をともに引き継ぎましょう。

                           草地 大作
皆さん、大変ご無沙汰いたしております。
愛知県名古屋市の草地大作です。
 下司寛さんの突然の訃報に接し、言葉を失っています。
 山口を離れても 上関原発のこと、皆さんの粘り強い運動、上関原発を建てさせない山口県民大集会が継続していること、とても 喜ばしく受け止めてきました。
 このたびの、下司さんの訃報を受け取り、これまでのご無沙汰をお詫びしつつどうしても一言お悔やみの言葉を述べたく思います。
 下司さんとは、上関原発を建てさせない山口県民連絡会が結成 される以前に、原発ゼロの会やまぐちが立ち上がった頃から行動を共にしてきました。全県的で統一的取り組みをという願いを実現するため、一度仕切り直しをした方が良い、と提案したわたしの声を、下司さんは否定することなく聞いてくださり、「では一緒に、自治労県本部に出かけましょう。そこで共に行動するための話し合いを しましょう」と提案してくださいました。

 あの話し合いがなされたのが 2013年9月だったでしょうか。あそこから、上関原発を建てさせない 山口県民大集会は動き出しました。下司さんの懐の広さ、包容力、 そういったものが、全県的な上関原発を建てさせない活動への 扉を開く大きな力だったことを思い返しています。

 被曝72年の記念日を前に、過労がたたったのでしょうか。本当に たくさんの方々が、悲しんでいらっしゃることと思います。わたしも その一人です。どうか、下司さんの魂が今、平安でありますように。
 上関原発を建てさせない山口県民大集会にとっても、重要な働き人の 喪失は大きな痛みとなろうかと思います。でも、どうかこんな時こそ、皆が持てる力を寄せ合い、下司さんの遺志を受け継いでいただきたいと 勝手ながら思っています。離れた場所にいる人間が何を言っているか、と 思われるであろうことを承知の上で、今、エールをお送りします。

 上関原発は絶対に建てさせてはならないとの思いを、名古屋の地で 共有しつつ、わたしもできる協力をこれからもさせていただきます。
 心から、下司さんのご冥福をお祈りしつつ、共にその遺志を受け継ぎ、 上関原発を建てさせないための活動を継続していきましょう。

 皆さんの悲しみの上にも慰めがありますように。 (2017年7月20日) 

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posted by 村のトイレ屋 at 23:50| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

生活の海を守るのか、お金で売りわすのか。

いのち・未来うべのブログに
寄稿しました。

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新松浦漁協の海上デモで思うこと
   〜生活の海を守るのか、海を金で売り渡すのか〜

 7月15日午前、長崎県の新松浦漁協のみなさんは、漁船など66隻に220人が乗って、玄海原発前で抗議の海上デモを行い、陸でも抗議の申し入れを行いました。以下報道記事です。

  
鷹島地区活性化協議会代表の渡辺勝美さん(62)はテーブルを囲む若手漁師約15人を見やり「島の子供たちのためにやること。じっと眺めて再稼働させるのではなく、生活がかかっていることを伝えなければ」と決意を語りました。 (毎日新聞7月13日)
 志水正司組合長は海上デモに合わせて陸路で玄海原発に向かい、九電に抗議文を提出。隣接する展示施設「玄海エネルギーパーク」で「玄海原発に万が一、事故が起き、高濃度の放射性物質の飛散、高濃度の放射能汚染水の流出があれば、風評被害を受けての不買等で新松浦漁協は壊滅的な被害を受けることは必定」と抗議文を読み上げ、九電の担当者に手渡した。朝日新聞7月15日)


 会員の岡本正彰さんと私は、4月13日佐賀県議会へ玄海原発の再稼働反対を訴えに行ったときに、足を延ばして長崎県鷹島にある新松浦漁協を訪ねました。鷹島は、玄海町側から橋一本でつながっているだけで避難計画は立てようもないところでした。
 また漁協の本店は、鷹島の漁場の現場に近い加工場と一緒にありました。
 本店の壁には、「再稼働絶対反対」と書いてありました。

 私たちは、漁協が海と漁民のみなさんの生活に密着していること、だからこそ生活の海を守ることに真剣であることを深く感じました。 ひるがえって、山口県ではどうでしょうか。
 山口県漁協の本店は、下関市にあり、大きなビルを構えています。
 本店のホームページには、上関原発についての見解も、福島の原発事故でどれほど海が汚染されたのかについての情報もありません。
 何も書いていないことは、原発に中立的な立場ということなのでしょうか?
 とんでもありません。
 上関原発推進のために県下の漁協に原発受入を指導し、瀬戸内海を金で売り渡す漁業補償金を受取り、あまつさえ、目の前3・8キロが計画地で35年に渡って原発反対を貫いている祝島漁協(現、祝島支店)に対してさまざまな分断策を弄して無理やり補償金を受け取らせようとしています。本店役員は、まるで中国電力の代理人、原発推進の旗振り役です。日本海側で田万川町(現、萩市)萩市三見、豊北町(現、下関市)の計画を中止させた漁民の声、漁協の心はどこへ消えたのでしょうか。 福島の原発事故の収束はいまだ何も進んでいません。
 新しく就任した川村隆・東電会長が「トリチュームを福島沖に放流する」と言って、福島県漁協、原子力規制委員会からさえ、強い抗議を受けているのが現状です。一度、事故を起こせば解決策はなく海は放射能で殺されてしまうのです。

 海は、みんなのものです。長崎県の新松浦漁協のみなさんに続きましょう。 瀬戸内海を死の海にする上関原発計画を止めさせましょう。(2017/07/20 安藤 公門) 
posted by 村のトイレ屋 at 12:11| 山口 ☀| Comment(0) | 上関原発白紙撤回。避難移住者支援。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

原発を止めたまち・萩


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From: ando-maipenrai@nifty.com To: ando-maipenrai ando-maipenrai@nifty.com 日付: 日曜日, 16 7月 2017, 00:06午前 +09:00
件名: 原発を止めたまち・萩


田万川、三見を抱える萩市。
どちらも原発を拒否し建設を止めた地域だ。
今日は原発の視点で取材するため萩市を訪問。
今日初めて会った、ある人の言葉。
「原発を止めた地域の誇りですか。父が聞いたらどんなに喜ぶか。父は原発を止めたいと言って生活の全てを活動に投げうちました。福島の事故のあとでは、みんなが感謝しました。わたしも、原発を止めた力をよみがえらせ上関原発を止めたいですね」
人は、安倍政権のもとで山口県民は、うちひしがれて暮らしていると想像するだろうか。だから、最近の支持率低下で活気づいていると推測するだろうか。あながち、一蹴するわけではないが、やや皮相と思う。県内の各所に底流のように存在する人間の尊厳を大事にする人々は、静かに己れを持して、戦争への流れをとめるために、原発事故の愚かさを繰り返さぬために、なすべことを日々積み重ねている。
周防大島、下関、宇部〜萩のミニ取材旅行で一番感じたのは、その基盤の確かさだ。祝島の人々は例外ではないということだ。
>Android版Mail.Ruアプリから送信
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2017年07月09日

20年前にできていた名曲。西岡恭蔵 Good by 自衛隊 Hello 災害救助隊

昨日の私のブログに別の友人から
紹介がありました。
ありがたいことです。
1995年の阪神淡路大震災をきっかけに
西岡恭蔵さんが、 Good by 自衛隊 Hello 災害救助隊
をつくっていました。
名曲と思います。

国防色をオレンジ色にしたらすばらしいだろうとも言っています。

ベースは基本的人権、めざすは幸福(権)ベースです。
すでに原発についても触れています。

この歌が、日本中の巷で、席巻されるといいと思います。






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2017年07月08日

災害救助隊と自衛隊の災害出動

東京新聞にこんな記事があることをフェースブックで知人が書いていた。
常日頃から疑問に思っていたそうだ。
私も同感だ。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2017070702000127.html
九州豪雨で自衛隊奮闘 なぜ「災害救助」主任務じゃない?
2017年7月7日
 九州北部を襲った記録的な大雨の被害が広がっている。福岡、大分県の要請で自衛隊員らも救助活動に奔走している。孤立した集落に向かう姿には感謝しかない。実際、度重なる災害現場での奮闘が自衛隊への信頼を高めてきた。改憲を目指す安倍晋三首相が真っ先に挙げたのも「災害救助」への貢献だった。だが、自衛隊の主任務を定めた自衛隊法三条には明記されていない。国民の期待とずれていないか。


自衛隊は憲法違反の存在だ。
憲法前文・9条を素直に読めばそれ以外に読めない。
安倍改憲の説明で、9条に3項を付け加える理由が、自衛隊の違憲状態をなくすということだった。
堂々と自衛隊が違憲とと言ったのは、正直でいいように思うが、これを戦争の出来る自衛隊・軍隊にすることには絶対反対だ。憲法9条を変更することには、絶対反対だ。

違憲状態の自衛隊を国民がなぜ認めているのか?
その大半の理由は、災害救助のときの貢献にある。
濃いグリーンの軍服や車両は嫌だが、災害現場にいち早く駆けつけ危険な救出作業や復旧作業にあたってくれる自衛隊の存在は、ありがたい。そう思っているから自衛隊解体という叫びは国民にはうけない。
自衛隊へ就職する若者も、軍隊に入隊する・人殺しに行くというより、
いざというとき、人々に頼りにされている集団であることの誇りが支えになっていると思う。

ことがらをはっきりさせるべきときにきていると思う。
日本は災害大国の地理的条件の中にある。
地震、火山、斜面の多さと急激な水量。
治山治水は、歴代の為政者の最大の課題だ。
自衛隊の論議とは、別に災害対策の省庁と専門の災害救助隊をつくるべきだ。
主任務と規定されていない自衛隊に任せたり、
災害時には過酷な作業と犠牲を押し付けられる自治体職員や一部ボランティアの運営にまかせていい段階はもう終わっている。

(私は、防災士の資格をとって地域防災会に参加しているが、「自助・共助・公助」という言い方の中にある国・政府の逃げ腰に違和感をいつも覚えている。まず、政府が抜本的なところで災害に対処することに予算も人も割かなくてどうする。「自分の命は自分で守る」=自助という表現にペテンを潜ませていないか)

はっきり、災害救助庁と救助隊を設置すべきだ。
これには、なにも憲法をいじる必要は全然ない。

災害任務を除外された自衛隊は、国民の評判を失い、存在感がなくなるのでは・・・
そういう心配は、むしろ歓迎すべきであって、そういうことなら自然に消滅してくれてもいっこうにかまわない。いわゆる軍事的な防衛力云々については、私は非武装論者だ。憲法9条原理主義だ。
そのことについては、ここに詳しく書いているので時間のある人は読んでほしい。

憲法9条のこころ、芯の芯
http://atta-an.seesaa.net/article/29597299.html

posted by 村のトイレ屋 at 09:34| 山口 🌁| Comment(0) | 政治を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月04日

開きなおり

あらあら、あらまあ、
この期に及んで、都議選の結果は
安倍不信任
だったのに、まるでなかったかのように
開き直っている。
改憲の提案日程変えず、と。

「叱咤」なんかではない。
求めるいるのは、退陣。

毎日新聞 単独インタビュー
https://mainichi.jp/articles/20170704/k00/00m/010/139000c

都議選の全国化を!
受け皿は、もちろんちがったもので!


posted by 村のトイレ屋 at 09:40| 山口 ☁| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月02日

【岩国基地】始めるにおそすぎることはない。6月30日山口県議会。

野球に熱中していた頃、聞いた話だ。
試合に負けて、相手チームが優勝。
相手監督が胴上げをされているシーン。
そのとき、その場面を全身で体に刻み込み
悔しさを総身に浴びて次のバネにしろ、とある監督が言ったそうだ。

6月30日午前、岩国基地をめぐる山口県議会、
知事が自民党議員の質問に答えて、あっさり移転容認を表明した。
自民党・公明党からの拍手。
野党からの野次。
傍聴席は、あまりもの茶番劇に声もない。

私は、この席にいた。
ニュースで見たり聞いたりするのとは違う悔しさと絶望感。
どう表現していいかわからない。
まだ言葉にならない。
こんなことで、いいはずがない。
直後の新聞社のインタビューで
「知事が責任をもって安心を確保するために引き続き努力する」と語っていた。
「この言葉は絶対に忘れさせてはいけない」という趣旨のことを答えた。
でも、事故が起きて死者や被害者がでたら、そのとき県知事はどうするのか。
何もできやしないのだ。
戦争への道に加担した決断は消えやしないのだ。

これが野球のゲームセットならまだまだ何らかの余地はある。
戦争と平和の問題は、どうなのか。
全身に悔しさを浴びて、それをバネに跳返すことが可能なのだろうか。
でも、不可能だとしたらどうなる?

はじめるのにおそすぎることはないという金言を刻む他にはないのだ。
野球の応援とちがって、外野席やテレビの前で悔しがるのでなくなくて、
やろうと思えば、自分が、多くの人が当事者として動けるのだ。
多くの人の声や力を集めることが、ことのはじまりになる。


参照 毎日新聞山口版
空母艦載機移転 知事「重たい判断」 反対派「出来レースだ」 /山口
https://mainichi.jp/articles/20170701/ddl/k35/010/547000c
一部引用
〜〜〜〜
県庁前で住民ら集会
 村岡嗣政知事の艦載機移転受け入れ表明を、県議会傍聴席で厳しい表情で聴いた反対派の住民らは、正午過ぎから県庁前で反対集会を開いた。

 集会は県革新懇と県労連が呼びかけ、労組関係者ら約60人が参加し、県労連の藤永佳久議長は「艦載機の移駐で、岩国は東アジア最大の出撃基地になる。米軍関係者が増え、騒音や犯罪、事故も心配だ。軍事攻撃の標的になる」と訴えた。

 集会には県議会の4会派の議員も駆け付け「札束で顔をたたいて市を従わせた国を『信用する』として移転を受け入れた知事の判断はおかしい」「『岩国基地の今以上の基地機能強化は認められない』など県が示した条件は、何ひとつクリアできていない」などと批判した。その後、県庁玄関前まで行進して「移転は許さない」などと声を上げた。

 また、議場で答弁を聞いた宇部市の安藤公門(きみと)さん(69)は「とんでもない発言だ。今後、岩国基地で事故が起きれば、原因は何であれ、全部知事に責任を取ってもらわなければならない」と強い口調で話した。
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posted by 村のトイレ屋 at 06:43| 山口 ☀| Comment(0) | 反戦・平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

田ノ浦で抗議

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posted by 村のトイレ屋 at 18:36| 山口 ☁| Comment(0) | 日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ボーリング調査中止を。田ノ浦で。

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原発本体につながる調査をやめよ。
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posted by 村のトイレ屋 at 11:38| 山口 ☁| Comment(0) | 日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする