2017年05月03日

東京に原発がないことについて

2011年の3・11の事故の前、2010年の秋に『東京原発』の上映会が山口県内数カ所で行われ、私もスタッフとして参加した。
その時以来の疑問がある。
なぜ東京湾に原発がないのか?
その答えは、明らかである。
危険すぎて人口密集地には建てられないのだ。
では、なぜ消費地に遠く離れた地方だったらいいのか?
この答えもすでに出されている。
人口が少なくて被害が少ないからだ。
ここでは人の数が問題になり、それに対応して経済的な損出が計算されている。

さて、ここで不思議なのは、ずっと私の中で疑問なのは、
地域(地方)を代表する政治家は、なぜこの現実を知っていながら原発誘致、推進、建設、稼働と再稼働に賛成し、その担い手になるのか?ということだ。
この場合、政治家とは、衆参議員の国政レベル、県知事を含む首長、町村議、市議、県議などの地域の利害を代表する政治家すべてである。

危険で東京湾には建てられないことが明白な原発・核発電・核汚染源設備が、自分の地元に時限爆弾となっていつ地域を破滅に追い込むかもしれないのに、その可能性はとても高いのに、各種政治家は平気でいることができるのか、ということだ。
今村復興相の「東北でよかった」という発言も、発言したひとも聞いた人も、そのあとに続く言葉は、「次は原発のあるどこの地域でも起こりうるのですよ」という言葉がつづき、それは意識されながら抑え込んだ言葉だと思うのだ。今村氏の地元、佐賀県は玄海原発の再稼働をめぐって論議が行われており、事故は絶対に起こらないとは誰も言っていないのだ。

すべての政治家は、原発は事故が起こりうることを知ってる。
大都市圏の政治家は、原発を誘致しようとは絶対にしない。
にもかかわらず、地方の政治家は地元で原発を建て再稼働しようとする。
このギャップはなになのか?

「利権構造があって自分もそこから逃げられないから」というような答えは私にも用意できるが、
率直に言って、それだけではどうも説明できない。
その利権が自分の足元を崩壊させる大事故の原因になるとすれば、いくらアホな政治家でもその利権には手を染めないだろう。劣化著しい政治家とはいえ、それくらいの判断はできるだろう。「金より命」という倫理からすれば原発なんてとんでもないが、その金ですら原発は土台から台無しにしてしまうのだ。
それが、政治家をやるとわからなくなるのだろうか。
不思議でならない。

東京でダメなものが地方で自分の地元ではいいという地方政治家の判断の根拠を是非知りたい。



posted by 村のトイレ屋 at 09:15| 山口 ☁| Comment(0) | 上関原発白紙撤回。避難移住者支援。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする