2017年05月20日

「目は臆病、手は鬼。さあ、やっぺし」

毎日新聞の経済観測、御手洗瑞子さんのコラム。
https://mainichi.jp/articles/20170519/ddm/008/070/064000c
〜〜〜引用〜〜〜
東日本大震災後、この地域では、将来のめどが立たない不安や、親しい人を失った悲しみを抱えて暮らす人がたくさんいた。そんなとき、料理でも編み物でも庭仕事でも、手を動かす作業に没頭することで心を落ち着かせている人は少なくなかった。手を動かすことがときに人の心を救うことを経験的に知っていたのかもしれない。それを思うと「目は臆病、手は鬼」という格言は、大変な状況にある人に「さあ、手を動かそう。そうしているうちに元気になるよ」と励ます意味もあるのではないかと感じる。
〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

御手洗さんは、気仙沼ユニットの創立、経営者である。
2011年の4月頃から数回通った気仙沼、陸前高田を思い出した。
みなさん、どうされているだろうか。
「「目は臆病、手は鬼。さあ、やっぺし」ということばと一緒に思い出した。

この話を哲学好きの友人に話すと

「目に入ってくる、そして見えるものは、雑多な現象。表層だね、
そして、手というのは、実践。
その間に、実は元気になるもと、本質の認識があるんだよ。
その本質的な認識に至る道は、実践を通して得られるもの。
深い言葉だね、わけもわからず難関に挑む人間の健気さと勇敢さを表しているねぇ」

とのたまわった。
ああ、こういう議論好きには言わないほうがよかったかなあ、と思ったが後の祭りだ。

私の場合は、仕事で、トラックいっぱいの土壌を移動する作業のときにこの言葉を実感したことがある。重機を使えなくてスコップと手押しの一輪車だけが道具だった。
本当に、直前にはビビったなあ。
でも、手足使ってやっているうちに終わってしまった。
そのときの達成感は、今でも残っている・・・今、その体力があるかどうかは別問題だが。

相次ぐ原発の再稼働、上関の公有水面埋め立てと本体工事のためのボーリング調査、福島や東日本ではますます保養の必要が高まっている、なんにも解決していないのに被ばくの実態を抑え隠し続ける政府、東電、自治体。原発と放射線防御の課題だけでも山積している。加えて、昨日の共謀罪、衆議院法務委員会の強行採決、戦争準備のための治安・監獄社会、憲法9条を骨抜きに自衛隊を国防軍にするための憲法改悪、その張本人が山口県選出。教育勅語の礼賛者。森友、加計学園問題。若い人が、活動に参加できない。若者の雇用問題。・・・
ちょっと指を折って見るだけでもすぐに10や20はなってしまう。

ひやぁ〜、目が臆病になって、体も心もすくみそう。

でもまあ、こういうときにこそ、
手を鬼にして、ひとつひとつをやっていこう。

脇から、声あり、
「あんねえ、まず掃除よ。それから台所のものをちゃんと洗って、
あれこれ考えるのは、その後ね」

「はい、はい」







posted by 村のトイレ屋 at 11:22| 山口 | Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

植物観察会

4月のあったか村、里山ブックカフェは植物観察会だった。
講師は、山口大学・山口県立大学講師の安渓貴子さん(植物生態学)

専門家の存在を本当にありがたいと思うのは、こんな講習会でゆっくり勉強でき、知らない世界へ入っていくときだ。
幸い、参加者が10人と少なくて、スタッフ的な裏方仕事がなくて、私たちもじっくり、ひとつひとつの草花についてレクチャーと質問を行うことが出来た。
私の1番の収穫は、オドリコソウ ヒメオドリコソウ の群生を見つけたこと。(あったか村に在来種と外来種が並んで存在していることを知ったこと)

雑草という草はない、という言葉は知りつつ、
実際は、人の食べる草のほんの一部と
山羊の食べる草と食べない草のほんの一部しか知らなかったのに、
新たに草の名前が増えた。

5月は、自然農がテーマです。


あったか村 植物観察会の報告と写真
http://www.haginet.ne.jp/users/attakamura/

posted by 村のトイレ屋 at 06:16| 山口 ☁| Comment(0) | あったか村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

安倍支持をめぐって

ある地域交流センターでの、集まりで、

「あのねぇ〜、今どき、安倍総理を支持しない人がいるんですって?変な人ねぇ」
   
「あのねぇ〜、今どき、安倍総理をまだ支持している人がいるんだって?変な人ねぇ」

同じ建物の中の、別の集まりで出た声だったとのことです。

ちなみに、山口県での話です。



posted by 村のトイレ屋 at 21:12| 山口 ☁| Comment(0) | おしゃべり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月03日

東京に原発がないことについて

2011年の3・11の事故の前、2010年の秋に『東京原発』の上映会が山口県内数カ所で行われ、私もスタッフとして参加した。
その時以来の疑問がある。
なぜ東京湾に原発がないのか?
その答えは、明らかである。
危険すぎて人口密集地には建てられないのだ。
では、なぜ消費地に遠く離れた地方だったらいいのか?
この答えもすでに出されている。
人口が少なくて被害が少ないからだ。
ここでは人の数が問題になり、それに対応して経済的な損出が計算されている。

さて、ここで不思議なのは、ずっと私の中で疑問なのは、
地域(地方)を代表する政治家は、なぜこの現実を知っていながら原発誘致、推進、建設、稼働と再稼働に賛成し、その担い手になるのか?ということだ。
この場合、政治家とは、衆参議員の国政レベル、県知事を含む首長、町村議、市議、県議などの地域の利害を代表する政治家すべてである。

危険で東京湾には建てられないことが明白な原発・核発電・核汚染源設備が、自分の地元に時限爆弾となっていつ地域を破滅に追い込むかもしれないのに、その可能性はとても高いのに、各種政治家は平気でいることができるのか、ということだ。
今村復興相の「東北でよかった」という発言も、発言したひとも聞いた人も、そのあとに続く言葉は、「次は原発のあるどこの地域でも起こりうるのですよ」という言葉がつづき、それは意識されながら抑え込んだ言葉だと思うのだ。今村氏の地元、佐賀県は玄海原発の再稼働をめぐって論議が行われており、事故は絶対に起こらないとは誰も言っていないのだ。

すべての政治家は、原発は事故が起こりうることを知ってる。
大都市圏の政治家は、原発を誘致しようとは絶対にしない。
にもかかわらず、地方の政治家は地元で原発を建て再稼働しようとする。
このギャップはなになのか?

「利権構造があって自分もそこから逃げられないから」というような答えは私にも用意できるが、
率直に言って、それだけではどうも説明できない。
その利権が自分の足元を崩壊させる大事故の原因になるとすれば、いくらアホな政治家でもその利権には手を染めないだろう。劣化著しい政治家とはいえ、それくらいの判断はできるだろう。「金より命」という倫理からすれば原発なんてとんでもないが、その金ですら原発は土台から台無しにしてしまうのだ。
それが、政治家をやるとわからなくなるのだろうか。
不思議でならない。

東京でダメなものが地方で自分の地元ではいいという地方政治家の判断の根拠を是非知りたい。



posted by 村のトイレ屋 at 09:15| 山口 ☁| Comment(0) | 上関原発白紙撤回。避難移住者支援。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする