2007年10月18日

トイレってなんだろう?


Kさんへ。
今日もトイレがテーマです。

いま、考えている最中なのでまとめておきたいのです。
トイレって極めて人間的なものですよね。
他の動物には、ない・・・とされています。
本当だろうか、例外があるかもしれません。
少なくとも山羊羊にはないようです。

とりあえず、他の動物にはなくて人間独特なものという常識の線で
考えていきます。
「人間とはなにか」
「考える葦である」以来の人類の思考に
「トイレをもつ動物である」と定義して、一項目加えてもいいかも
しれません。

それは、さておき、
第一に、トイレとは、排泄行為という単純な動物的肉体的な行為で
あるにもかかわらず、とても精神的なものです。この面からの考察
が、あります。
私がよく引用する玉置半兵衛著「あんなあよおききや」で提唱され
ている「トイレは生き物たち(植物・動物)達への感謝の場、葬式
の場」という規定は、そのもっともよいあらわれだと思います。
私は、この教えを信奉しております。
他に、「トイレの神様は、もっとも美人で実力のある神様」という
言い伝えもあります。
禅宗では、トイレ担当は、住職につぐひとが担当します。
道元の著書のトイレの位置の高さ、作法の事細かさは、この面から
しか理解できないと思います。

第二に、人間の社会生活からの考察です。ひとことで言えば、トイ
レは、基本的人権の大事な構成要素です。
人間の尊厳にかかわる問題です。
ひととしての一番基礎的な権利を保障するものが、トイレです。
福祉居住権という言葉があるそうですが、その面からもトイレを抜
きにできません。バリアフリー、ユニバーサルデザインは、ここか
ら考察をはじめる必要があります。
また、「世界のトイレ」を考える場合、衛生環境ということは、基
本中の基本です。トイレを使えない人々が、一説では26億以上に
上るという問題は、まずはひとつでも多くのトイレをつくることに
帰着します。先進国型水処理水処理システムをつくればすむことで
はない、と知ったのは、タイ北部の農村へ行った一番の成果です。

第三に、自然との関係です。地球環境とその一部である人間とのつ
ながりの節目がトイレです。
手は、口に物を運ぶために、口は食べ物を体内にとり込むために、
そして肛門は、吸収したあとの排泄物を外部に出すために働きます。
これだけみると、人間もずいぶん単純なものに見えますが、それは
ともかく、移動する動物である人間は、一定の場所で排泄して、排
泄物を大地に戻します。
この過程は、物質の循環とみることができます。トイレは、その結
節にあって、自然と人間を結んでいるわけですね。
で、水処理の仕事は、この間に介在して、自然と人とを結びつける
わけですが、ところがどっこい、結びつけるつもりが、実際は、分
離して、むしろ循環の流れの系外に放り出しているというのが、実
際ではないか。近代下水道は、大きな間違いをしてないか。
土から生まれたものは、土に戻そう。
もとの循環の環につなげよう、というのが、自然浄化法です。

・・・とまあ、こんなことを考えています。
舌足らずこと説明不足は、また書きますね。

トイレから世界を見る、というのも、おもしろいですよ。
「見る」というより「見えてくる」と言った方がいいかもしれませ
ん。もう少し考えますので、またつきあって下さい。


では、また。



なにかの足しになりましたか。
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posted by 村のトイレ屋 at 13:46| 山口 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 水処理倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする