2007年10月02日

「自分でつくったら」・・・赤峰さん講演会

●9月29日、萩市であった赤峰勝人さんの講演会に参加した。
会場は、200人の定員がいっぱいだった。
人数が多かっただけでなく、最初からなにか集中しているというか
熱気に満ちているというか、期待している人が多いという感じだった。

●あったか村のある阿武町福賀から5人の農家がきていた。
日頃、地域の人から
「無農薬では食っていけないよ」「農薬で死んだものはいない」等といわれていて、論争するのも疲れるので、まあ人それぞれですからと答えていた。
会場で列に並びながら話したら「これからの新しい動きを知っておかないと」と言っていた。よくわからないが、なんだかうれしくなった。

●司会をされた厚東さんと主催者挨拶をした諸岡さんが、つい先日私たちのあったか村を雨の日に訪問してくれていて、こんな大きな集会を運営する人たちなのかとびっくりした。集会のスタッフの名札は、あったか村加工センターで見てもらった木片の名札から、諸岡さんが注文された。阿武町ではグリーツーリズムのイベントでは、よく使われるのに萩市ではまだなかったそうだ。

●赤峰さんの講演は、とても書ききれない。
それと、独特の大分弁を伝えられない。「〜なあ」と下がる、あのやわらかい、素朴ないい方。本音で語っていると聞こえて、実際飾りッけなしに本音と思った、ついつい引込まれてしまう。

●今、中国製の製品や食品が問題になっている。
広島や岡山に多い「中国」という社名の会社は、売行きが落ちて苦戦を強いられているそうだ。

●赤峰さんはこんな話をされた。(大分弁は、カット)
「日頃、テレビはほとんどみません。
たまたま天気予報をみようとテレビをつけたら、ニュースの時間だった、
しょうがないなあと天気予報を待っていると
中国食品のニュースをやっていました。
そこで盛んに、中国製の食品のボイコットの話をしている、
それを聞いてね、つい、テレビに向かって、
そんななら、自分でつくったら
と言っていました。
最近は、たまにテレビを見るとついつい、テレビの画面に向かって
話しかけてしまう。だいたい、コマーシャルなんか嘘ばっかり。
嘘いうな、またあんたら人だまして金儲けするんか、
と言っていることが多い、
だから、あんまりテレビは見ません。」

会場は、爆笑の渦に包まれた。

●そういえば、赤峰さんが主宰している「なずなの会」のめざすものの中に「食料自給率100%を実現」と書いてあった。
この話を聞きながら、ポンと膝を打つものがあった。
問題は、やはりここなんだ。
中国のことや実際は、間にたっている日本の商社の問題も
あるけれど、結局は、いくら文句を言っても行き着くところは、
自分の口に入れるものは、自分でつくること
「(文句あるなら)自分でつくったら」ということがすべての解答なんだと思う。

●話が終って、質問コーナーに移ったので、
私は、よくわからなかった陰陽の問題を聞いた。
ついでに化学物質過敏症の人たちが集まれる村つくりをすすめていることをひとことしゃべった。
赤峰さんは、アトピー患者の相談もやっていて、
医者に見捨てられた人たちの訪問を受けていて、
その人たちの「食事ノート」を記録していて1万件になったとか。
その原因と結果の分析はとてもすばらしかった。
そんな経験から化学物質過敏症もの問題も「他の何より大変な課題だ、頑張ってください」と言っていた。

●さて、私たちも「自分でつくる」自給自足をめざしているけれど、うまく行っているというには、ほど遠い現状だ。
化学傷害(化学物質過敏症)のことが、きっかけのひとつになって、村つくりがはじまったこともあって、農薬や化学肥料は一切使わない農をめざすことは最初から決めていた。
でも、うまくいくかどうかは、別問題。
多くの試行錯誤を重ねている。
赤峰さんのように、20数年かけたり、
大借金を重ねたりはとうていできないし、してもいないけれど、
「うまくいかないなあ」「難しいなあ」と思うことはしばしばのこと。
個人的にいえば、私の場合、ただ山羊を飼えればそれほど文句も不平もなく、のんびりゆったり、いつの日にか、
「自分でつくれるようになるであろう」と思ってやってきた。
もちろん、これはプロ農家でなかったからそんなことがいえたわけだ。

●この日の講演の昼間、
土曜日でいつもは開いている萩博物館横の屋台が、
雨になりそうなので閉めて、萩市の化学傷害の中村さんとあったか村に行って、トラクターで畑を鋤き込んだ。
放置するところ、
水をためておくところ(冬季湛水)、
山羊羊にまかせるところ、
トラクターで鋤き込んでおくところ、
蕎麦や野菜を作るところと一応決めていて、
この日はこの冬、ムギを植えるところのつもりで、トラクターを走らせた。なにしろ素人なのでひとりで作業をするよりも、
万が一のため二人でやった方が安全なのでちょうどよかった。
(蜂やマムシの問題もある)
そんな作業をやったあとだったので、
赤峰さんの話の中で、畑の草の移り変わりの話には、びっくりした。
スギナにはじまってなずなに至る草の種類の移り変わりだ。
おもにカルシュームの蓄積と消費が関与していることが、
説かれるのだけれど、ショックだったのは、
その記録を私が記憶だけで、
しかも、山羊の食べるもの食べないもので分けていることだけだったことだ。やる人は、やるものだなあ。まあ、日本の篤農家は、すごいものだ。

●夜の懇親会(60人近くの人が集まった)でさらに詳しく聞きたかったが、たまたま目の前の席が赤峰さんで好機だったが、絶えず質問者があって聞きそびれた。でも、これは観察が中心だからやろうと思えば自分でできることであり、人をかき分け押し分けすることでもないと遠慮した。

●「自分でつくったら」というひとこと。
もともと、あったか村は、そのつもりではじめたものだ。家については
自力自前で安心安全なものを地元材を使ってつくる。私の場合は、山羊小屋ですっかり満足して中断している。野菜は、大変だと考え込みながらボチボチやっているところ。とても、自給自足の村が出来上っているなどと大きなことはいえないし、いう気もないが、赤峰さんのような苦闘のあとを少しでもたどって、身につけられるものは身につけたいとも思う。
この日の講演会は、技術の上でもそうだが、気持ちの上での大きな励みと支えを手に入れることができた。なんといっても、拙い蓄積だけど、やってきた畑があることと、好きな試みのできる圃場があることだ。
ありがたい。まあ、ボチボチいきましょう。

●私も、私たちも、今度テレビで中国食品ボイコットのニュースや食品不祥事のニュースに接したとき、少しは大きな声で
「自分でつくったら」と言えるようになりたいものだ。

posted by 村のトイレ屋 at 08:55| 山口 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | あったか村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする